水無瀬 弥生 / 第27話

第16章:永遠の光

翌日。 漆黒のガルフストリームは雲の絨毯を突き抜け、どこまでも青い、光に満ちた空へと突き進んでいく。 眼下には、厚く広がる雲海が広がっている。それは地上のすべてを覆い隠し、彼らがその上にいることの特権を、視覚的に証明していた。雲の下では雨が降り、風が吹き、誰かが泣いているかもしれない。だがそれらはすべて、この高度では意味を失う。彼らは物理的にも精神的にも「上」にいる。 操縦士が振り返り、事務的な口調で報告した。 「まもなくドバイの教団専用滑走路へ着陸します。新たな『事業拠点』の準備は完了しております。すべてのスタッフが、到着を待機しております」 その声には、感情は一切含まれていなかった。それは、この旅が日常的な移動の1つであることを示していた。彼らにとって、国境を越え、法域を越えることは、朝の通勤と同じくらい当たり前のことだった。 ジフンはうなずいた。彼の手元のタブレットには、新たに設立された複数の国際ファンドと、そこに移転された資産の総額が表示されている。すべては彼らの手中にある。法律の網も、捜査の手も、正義と呼ばれる虚構も一切届かない場所に。 数字は嘘をつかない。彼らの資産は確かにそこにあった。 彼の指先がタブレットの画面をなぞる。そこには、日本での「事業」の総括も表示されていた。末端信者からの吸上げ総額、解散命令により新たな名前で登録した宗教法人、新しい拠点への移転完了率。すべてが完璧な数字として並んでいる。その中に綾という名前はなかった。彼女がきっかけで教団は解散した、だが、本部のある韓国では問題なく活動できる。彼女の貢献は、小数点以下の端数として処理されていた。 マザー・ハンは窓の外の光を見つめながら、静かに呟いた。彼女の声は風の音にも負けない、不思議なほどの明瞭さを保っていた。 「真の天国とは、法の上に立つ者だけが築けるものなのです。弱者が作る倫理は、ただの足枷に過ぎない。彼らは自分たちの足枷を誇りに思っている。だがその足枷が、彼らを地面に縛りつけていることに、彼らは気づかない」 彼女の言葉は、彼女が半世紀以上にわたって語り続けてきた、教理の集大成だった。それは彼女が信じている「真実」であり、同時に彼女が自らを正当化するための、最終的な論理でもあった。彼女はこの言葉を信じている。だからこそ、彼女は何の迷いもなく、この光の中へと進むことができる。 「ええ、お母様。私たちはその足枷を脱ぎ捨てた。そして永遠に――」 ジフンは手元のミニバーから、クリスタルのグラスを取り出した。そこにはワインではなく、冷たいミネラルウォーターが注がれている。だがその所作は、何かを祝う儀式のように優雅だった。彼はそのグラスを窓の外の光に向かって掲げた。その手の中には、彼らが奪い取ったすべてが凝縮されていた。目に見えないけれど、確かにそこにある、無数の命と涙と絶望の結晶。 「私たちの地上の天国はこれからも続く。たとえ下の者たちがどれほど叫ぼうと、どれほど追おうと、彼らは決してこの高さに届かない。彼らは、自分たちの足枷を外すことさえできないのだから」 窓の外では陽光が雲を照らし、どこまでも広がる金色の世界が広がっていた。それはあまりにも美しく、あまりにも神聖で、まるで彼らを祝福するかのようだった。 ガルフストリームは、その眩しい光の中へと消えていった。 地上では、誰かが空を見上げているかもしれない。彼らはあの白い点が何なのかを知らない。知る必要もない。彼らは自分たちの日常に戻る。仕事に行き、家族と食事をし、テレビを見て、眠る。彼らは、自分たちの上を通過していったものが、自分たちの人生を搾取し、豊かに生きていることを、永遠に知らない。 この物語は終わらない。 なぜなら、悪は永遠に続くから。 彼らは今日もどこかでグラスを掲げ、微笑み、新たな「《《綾| あや》》」を待っている。そして、その「《《綾| あや》》」は必ず現れる。孤独な人間は、どこにでもいるから。 それがこの世界の、変わらない真実だった。
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