水無瀬 弥生 / 第25話

第14章:白亜の祝宴

クリスタルのグラスが触れ合い、澄んだ高い音が広いサロンに響き渡った。その音は、この空間の完璧な調和を象徴していた――外界の雑音を一切通さない、選ばれた者たちだけの聖域の音。 眼下に広がるのは、韓国南部の山嶺を削り出して造られた私設の聖地である。秋の冷涼な空気に洗われたモミの木々が密生し、その中央に鎮座する白亜の殿堂は、午後の陽光を浴びて神聖なまでに眩しく輝いていた。外界の喧騒や、日本で激化する解散命令の狂乱、マスコミの醜悪な怒号など、ここには微塵も届かない。ここは風の音と、鳥の羽ばたきと、選ばれた者たちの吐息だけが存在する、完璧に閉ざされた聖域――「地上の天国」であった。 最上階のサロンを包む静寂は、重厚で冷たく、そしてどこまでも甘やかだった。 革張りのソファに深く身を沈めているのは、80歳を迎えたマザー・ハンである。刑務所での収監生活を経たはずのその肌は、艶やかな白い光沢を保ち、深刻な皺の奥には静かな、しかし絶対に揺らぐことのない、選民の自負が宿っていた。 その傍らに立つのは、息子のハン・ジフン。海外の名門大学で培ったスマートな立ち振る舞いと、寸分の隙もない高級スーツ。彼は母のような泥臭い宗教的威厳ではなく、冷徹な国際ビジネスの計算に基づき、教団を完全にアップデートしていた。暗号資産、国際暗黒金融、偽装ファンド。かつて亡き父・ハン・デソンが狂気と血濡れの神学で築き上げた『《《聖血復元| せいけつふくげん》》全書』の教理を、彼はデジタル時代の洗練された「集金システム」へと書き換えたのだった。 「日本の資産凍結手続きなど、ただの遅すぎるおままごとですな」 グラスを掲げたのは、対外工作機関の幹部であり、現在は海外投資ファンドの最高幹部という顔を持つ男だった。洗練された英語と朝鮮語を交え、穏やかに微笑む。その瞳の奥には、歴史的敵対国家である日本の財産と人間を「いくらでも搾取してよい資源」としか見なしていない、徹底した冷血が宿っていた。 「愚かな羊どもは自ら毛を刈取られ、肉を差し出し、骨まで砕いて我々の祭壇に捧げてくれる。彼らが自責の念と救いの飢えに苦しめば苦しむほど、我が機関の口座には、無制限の資金が流れ込む。これほど美しい循環はありません」 「まったくです」パクは満足げに深く頷いた。 「今回の日本法人の解散によって、過去の違法な集金履歴はすべて法的に遮断された。そして我々は今、暗号資産と国際ファンドという、どの国の国家権力も手を出せない『完全なる地上の天国』を手に入れたのだ」 彼らにとって末端信者の破滅など、路傍の虫が潰れた程度の出来事に過ぎない。いや、彼女たちが苦しみ、すべてを捧げて死んでくれたからこそ、この白亜のサロンで交わされる極上のワインが旨いのだ。 ジフンはグラスを掲げ、夜景に向かって静かに微笑んだ。 「乾杯しましょう、パク代表。教団の解散と……我らの永遠なる繁栄に」 「乾杯」 夜はまだ浅い。 そして、この白亜のサロンで祝杯を上げる者たちの耳には、どこかで息を引き取る音が、決して届くことはない。
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