逸漣 / 第6話

第6話 優しい指先

 午後からは雨の予報で、湿った空気が光を薄くぼかすように透過し、アトリエにはほの薄い陰影を作っていた。柔らかな影を落とした麗奈の横顔は、どこか儚げだった。    長い睫毛にできる陰を丁寧に描く。その影を観察していると……ふと、麗奈と視線が絡み合い、百合子の喉がキュッと締まり、息を飲み込んだ。 「麗奈。少し休憩を取りましょう」  百合子は立ち上がり、麗奈が腰掛けた椅子の後ろに回った。 「麗奈、動かないのも疲れるでしょう。肩を揉みますわよ」  百合子の声は、麗奈への感謝と照れを帯びていた。  ──麗奈は父の愛人だというのに……しかし、売れない画家のワタクシにとって、麗奈のような美しいモデルが居てくれるなんて……夢のよう──  百合子はとても舞い上がっていた。 「はい……百合子さん」  百合子が麗奈の肩にそっと手を置くと、薄い肩、華奢な二の腕に驚いた。  百合子の手のひらの温度が麗奈の肩にじんわりと伝わり、とく……とく……と、血が巡るのを指先で感じた。    百合子の指先が凝りを解くように柔らかく揉んでいくと、麗奈の肌は粟立ち、小さく震えた。 「いつも、ありがとう……麗奈のようなミューズがいてくださるなんて、画家冥利に尽きるわ」 「ミューズだなんて、そんな……」  麗奈の頬が紅を帯び、視線を伏せた。傾けた顔がまた、絵になる…… 「百合子さん、ありがとうございます。もう交代いたしましょう」  麗奈の華奢で柔らかな手が、百合子の肩を摩る。細く長い指先は驚くほど繊細で、指圧がまるで撫でるように優しく、ぞくりと電流のような震えが背中に伝わった。 「……百合子さんも凝ってらっしゃいますね」  麗奈の声は甘く、少し照れた響きを含んで、百合子の耳孔をくすぐった。  麗奈の指先が百合子の肩から腕へ、さらに手のひらまで疲れを流すように滑り、両手で包み込む。微かな二人の呼吸が重なり、一体感が生まれた。 「麗奈……すごく柔らかい手ね……」  午後の柔らかな光の中で、手と手の触れ合いは言葉を必要とせず、ただ静かに、指先が一本一本丁寧にほぐされていく。  ぬくもりが百合子の神経を伝い、ぞくりと頭皮に鳥肌が立つ。  そして、まだ知らない感覚が身体に滲んでいく。  罪悪感が甘美な感情へと変わっていき、百合子は皮膚が柔らかく波に揺れるのを感じていた。  麗奈の手のひらが百合子の指先から肩までをポンポンと軽く叩いていくと、マッサージは終わりを告げた。  ──百合子は麗奈の手が離れるまで、じっと指先の表情を眺めていた。    温もりが残る手のひらが、離れがたいと言っているのに、まだ言葉で伝えられるほどは……百合子と麗奈の仲は深まっていない。  風で窓に紅葉が一枚だけ張り付き、秋が深まっていっているのを感じながら、百合子は麗奈の指先から外の景色に視線を移した。

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