逸漣 / 第7話

第7話 湯の揺れ

 午後になると、二人は湯気立つ銭湯へ向かった。  脱衣場で、麗奈はタオルを肩にかけ、軽やかに歩いていく。その背中や首筋にふわりと光が差し、纏めた髪が柔らかく揺れる。肩の曲線、腰のくびれが顕になっていた。  百合子は少し離れた鏡の前に座り、麗奈の仕草を横目に眺めていた。  泡立てた石鹸で髪を洗うたび、首筋や腕がしなやかに動く。豊かな胸に湯が流れ、華奢な腕で髪を上に纏め、そのとき少し反る背中から腰への曲線のたおやかさ――その一挙手一投足を目が追ってしまう。  身体を清め終えると、二人は湯船に飛沫を上げぬよう、ゆっくりと浸かる。湯面がゆるやかに揺れ、光と影が肌の上を流れていく。 「……私、こうして思い切り寛げるの、久しぶりですわ」  湯気の中で微笑む麗奈の瞳には、自由を味わう喜びと、のびやかな強さが宿っていた。  百合子はその瞳を見つめながら、指先で湯の水面を軽く撫でる。水面の反射が二人の頬を淡く照らし、距離が自然に近づくのを感じた。湯の揺れと鼓動が重なり合っていくようだった。 「ねえ、麗奈。あなたは、こうして自由に振る舞うのがお好きなの?」 「ええ……自由、ですか……」  麗奈は湯を手のひらでかき回しながら、しばし考え込んでいるようだ。 「こうして大きなお風呂で手足を伸ばしていると、心が軽くなりますわ。でも、本当に自由になったことは、一度もないんですの」  百合子は少し目を細めた。 「そうね……確かに今はメイドをしていただいてますものね。でも、麗奈は自分の信じるままに生きる方だと思いますわ」  麗奈は少し照れたように笑い、湯を撫でながら顔を上げた。 「そう言っていただけると嬉しいです。でも、私はまだまだ……」  百合子は湯船にもたれて手をつくと、かすかに触れた麗奈の指先が、百合子の指先を迎えるように撫でた。  柔らかな温もりが、百合子の胸の奥にある、まだ言葉にならない想いを揺らしていた。  ◇    銭湯を出ると、日暮れが早まる秋の街に冷たい風が吹き、身体から上がる湯気を飛ばしていく。乾ききらぬ髪を押さえながら歩くと、角の向こうから朗らかな声が聞こえてきた。 「石焼きー芋!焼きたてほっかほか、いかがですかー!」  湯上がりの余韻と甘い香りが混ざる中、二人は肩を寄せ、笑いながら小さな幸福を嚙みしめた。 「わぁ、ホクホク!甘いんですのね、美味しい」  小さく手で顔を覆いながら笑う百合子の肩に身体を寄せて、にこりと微笑む麗奈。 「焼き芋初めてなのですか?私は大好きですよ」  二人で「ふふふ」と声を重ね、齧るたびに小さく笑いが弾ける。  街に漂う昭和の秋の香りを吸い込みながら、ほかほかの芋を頬張り、家路をたどったのだった。

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