逸漣 / 第38話

第22話 ミノリさんのドレス

 ナカムラマチ子洋裁教室に通い始めて、三週目あたりから、布の山が机や床に散らばり、教室は彩り豊かな布の香りで満たされていた。  週に一度の長い授業も、陽子さんや和子さんの笑い声と共に、手も休む事なく、気がつけばあっという間に時間が過ぎる。三月の陽だまりの中、ミノリさんのドレスは、やっと各パーツの調整を終える段階に差し掛かっていた。  型紙の線を何度も確かめ、裁断した布をボディにピンで留めて形を確認する作業は、まだ慎重で緊張感がある。  しかし、肩やウエストのラインが徐々に見えてくると、ドレスは生き物のように存在感を帯び、ミノリさんの表情にも嬉しそうな期待が滲んだ。  麗奈は静かにその様子を見守りつつ、縫い目の乱れや布の流れを整えていく。針と糸が布を滑る音、チョキッとはさみの金属の冴える音、ボディに当てた絹の柔らかな感触……教室は細やかな作業音が楽しげに満ちていた。 「ここをもう少し引き締めてみてはいかがでしょう」  麗奈がそっと提案すると、ミノリさんは小さく頷き、指先で布をつまむ。形が少しずつ理想に近づくたび、二人の間に静かな喜びが広がった。  教室の窓から差し込む午後の光は、布の色を柔らかく照らし、ドレスのシルエットをほんのりと浮かび上がらせる。 「綺麗……」  ミノリさんの感嘆の声に、皆のやる気が高まっていく。 「これから、もっと頑張っていくわよ」  マチ子先生のパンパンと叩く手の音に背中を押され、作業スピードが上がる。  仮縫いを経て形が固まり、細かい調整や最終的な仕上げに向けて心が躍る段階──次の授業で本縫いに進む期待感で胸がいっぱいになる。  麗奈はミノリさんのドレスを作ることで、麗奈と百合子のドレスを作る勉強をするつもりだった。  しかし今はひと針ひと針、ミノリさんの幸せを祈り、想いを込めて縫い付けていく。  最後は憧れのミシンが仕上げてくれる。それを思うと仮縫いにも力が入る。  ──早くドレスに針を落とすミシンが見たい──  麗奈は自分たちのドレスを縫う、その夢の一歩までをすでに想像していた。  ミノリさんの横顔を見ると、充実と幸福が柔らかく滲んでいる。 「ミノリさん、とっても綺麗」 「え?……ふふ、麗奈さんもね」  二人は微笑んで、針を動かしていく。  こういう作業は無心になれて、心地良い。  火鉢の上のヤカンが湯気を上げている。  春風が吹き抜ける、三月の陽は暮れていく。 「じゃあ、皆さんごきげんよう。また来週ね」 「マチ子先生、ありがとうございました。皆さんごきげんよう」  ミノリさんと麗奈は途中まで帰り道が同じ。たわいも無い話をして、麗奈は夕餉の買物のため商店街へ寄ると言って別れた。    大切な人達との時間、夢を持てる事。  今の麗奈には、週に一度の楽しみがある。  ──それってとっても幸せよ。

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