逸漣 / 第14話

第10話 映画と巻き髪

 前日の夜から、麗奈はそわそわとしていた。 「明日は絶対、二人で可愛くして行きたいの」と、麗奈は鏡台の前でカーラーを巻いた髪を崩さぬよう、ふわりとシルクのナイトキャップをかぶっていた。  麗奈のその仕草があまりに愛らしくて、百合子は思わず笑みを零す。 「ふふ…まるで眠れる森の美女ね」 「もう、百合子さんったら……」  くすぐったそうに笑う麗奈。キャップの端をそっと押さえる指先まで、夢のように光を帯びてきらめいていた。 「さあ、百合子さんのお髪も巻いて差し上げますわ。こちらへどうぞ」  鏡台の前に腰を下ろすと、麗奈は優しく櫛を通し、百合子の髪を整える。  麗奈の細い指が髪に触れるたび、微かな影が顔に揺れ、百合子にゾクリとするような感覚が背筋に走る。  ──女同士の仕度が、こんなにも胸をくすぐるものだったかしら──  百合子は少し戸惑いながらも、もう少し味わっていたいなどと思っていた。    翌朝、カーテン越しの光が部屋を淡く染め、百合子と麗奈は、それぞれお気に入りの装いに着替えていく。  百合子はウエストをきゅっと締めた赤いワンピース。  麗奈は濃紺のフレアスカートに白いブラウス、ワイン色のカーディガンを合わせ、耳には小さな真珠の耳飾り。  仕上げに、百合子は花の飾りのヘアピンを、麗奈はカチューシャをつけて、外巻きに整えた。 「とっても似合うわ、麗奈」 「百合子さんも……本当に素敵です」  百合子が鏡の前で女優になりきって足を交差させる格好をすると、麗奈が真似して寄り添い、対の格好をとる。  二人の影が鏡や壁に淡く映り、光が揺れるたびに指先や髪先がきらりと輝く。  笑い合う麗奈の表情も、光と影の中でさらに愛らしく照らされ、百合子の頬が少し熱くなった。  街並みを並んで歩きながら、麗奈の手のひらが百合子の腕に触れた。温もりと手触りが静かに伝わってくる。  百合子の胸はときめき、足取りを軽くする。慣れないヒールも気にならないほどに。  ◇  暗がりの劇場。  銀幕に映るオードリーの姿に、麗奈は小さく息を呑んだ。  その瞬間、百合子の指が、彼女の指輪にそっと触れてしまった。  二人はスクリーンを見つめたまま。しかし指先は離れず、百合子の指先は指輪を撫でていた。  息づかいと鼓動が、まるで同じリズムで揺れていた。  上映が終わると、二人は並んで喫茶店へ向かった。  窓際の席で映画のチラシを見ながら、映画のオードリーの仕草を真似して笑い合う。 「帽子のシーン、とっても可愛らしかったわね」 「わかりますわ……私もあんなふうに歩けたらなぁ」  紅茶の湯気が二人の間をふわりと漂い、麗奈の外巻きの髪は光を受けてカールを美しく際立ち、横顔の陰影が柔らかく揺らめいた。  思わず言葉が零れる。 「麗奈、本当に似合っているわ。次に出かける時も、巻いてくださる?」 「……はい。百合子さんのお|髪《ぐし》も、また私が巻きますね」  麗奈の指がそっと百合子の髪を掬い、外向きに跳ねさせたカールを直す。  頬を軽く掠めただけで、百合子は静かに熱を帯びるのを感じて目を逸らした。  ◇  帰り道、街灯の下で麗奈がくるりと回った。  フレアスカートがふわりと広がり、巻き髪が夜風に踊る。 「映画の中みたいかしら?」  無邪気に笑う麗奈の姿が眩しくて、百合子は思わず拍手をした。  二人の影が並んで伸び、寄り添うように重なってゆく。  全てをフィルムに焼き付けるように、百合子はその日の光景を胸に刻んだ──

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