逸漣 / 第58話

第33話 メリークリスマス

 麗奈は、編み目の大きさが変わらないように、力加減に気をつけながら、一目一目丁寧に、リズム良く編み上げていく。二列の縄編みの模様が浮き出るマフラー。  百合子にはレンガ色、麗奈のは濃紺。  お揃いで出掛けるのも素敵だし、時々交換しても可愛らしい。  寒さで頬を紅潮させる百合子の肌に、レンガ色が良く映えるだろうと麗奈は想像する。  すると、編み棒の進みが早くなる。  ──あ、いけない。調子に乗ると目の大きさが詰まるのよね。    麗奈はきりの良いところまで解き、編み直していく。  面倒になんて思わない。そんな時間もまた、思い出を編むように麗奈にとって愛おしい時間なのだった。  ◇  百合子はアトリエに籠り、せっせと真新しいスケッチブックに水彩画を描いていく。  思い出を一つ一つ筆に乗せ、紙に染み込ませた水に広がる色彩。  麗奈との日々が、百合子のフィルターを通して、色鮮やかに蘇る。  でも、百合子が本当に描きたいのは、初めて出会った日の秋雨に濡れた、喪服の麗奈……。雨の日、ベッドに潜り込んで来て百合子に甘える麗奈。  それは二人の秘め事であり、雨は麗奈にとっては辛い事を思い出すきっかけなのだから、とても描けはしない。  とはいえ、麗奈の横顔や美しい背中を芸術に昇華させて、一頁だけそっと忍ばせた。    ◇  クリスマスイブの夜、麗奈は鶏肉を焼いて山椒をかけたものと、ハムとレタスのサンドイッチ、シチューときゅうりのぬか漬けを食卓ではなく、ソファの前の低いテーブルに並べた。 「今日は、テレビでも見ながら楽しみましょう」  そう言って麗奈はワインボトルと華奢な脚のグラスを顔の横に並べ、ニコッと歯を見せて無邪気に微笑んだ。  百合子も手を打って喜ぶ。  ソファに凭れて、お行儀悪く、一口鶏肉を齧り、ワインを飲む。  麗奈は「あーん」と言って、きゅうりのぬか漬けを百合子の口に放り込んだ。  和洋折衷なテーブルがなんだか気負いがなく、落ち着いた気持ちになる。 「これがクリスマスなのね」  麗奈は百合子の言葉に微笑み、 「本格的な祝い方は分からないですが、我が家流ですわ」  二人で笑い合い、また乾杯をした。 「百合子さん、そろそろプレゼントをお渡ししても宜しいですか」  麗奈は、裁縫部屋から風呂敷包みを持ってきた。スルリと解くと中にはレンガ色と濃紺のマフラーが現れた。  麗奈は百合子の首に優しくレンガ色の方を巻き、自身には濃紺の方を巻いた。 「お揃いなのね、温かいわ」 「時々、交換しましょうね」  二人はあのワンピースには濃紺が似合う、あのコートならレンガ色を合わせたいなどと組み合わせを考えながら、縄編みの均一な幅でうねる模様を撫でる。麗奈の生真面目さが滲み出て、温かみが増した気がした。 「愛情深い贈り物をありがとう、麗奈……」 「どういたしまして」  百合子は麗奈を軽く抱きしめ、高鳴る胸の熱を伝えた。 「麗奈、今度はワタクシからのプレゼントを受け取ってくださる?」  ソファの横に隠しておいた、真新しい表紙。そこには「With love, for Reina.」の文字。 「百合子さん、これは……?」 「麗奈へ愛を込めて」  麗奈は百合子の目を見つめ、ほんの少しだけ肩を震わせた。  そして、右側の綿のリボンを解くと、水彩画で描かれた絵が現れた。 「蕎麦を食べる二人」。麗奈がこの家に引っ越して来た日の光景。湯気も柔らかく水彩の特徴を活かして描いてある。    次は「メイド服を着てクルリと回る麗奈」、「焼き芋を食べる二人」、「映画を見に行った二人とオードリー」、「ステンドグラスにかざした手」、「ミシンをかける麗奈の後ろ姿」。  「水谷さよ子を二人で挟んで歌い踊る漫画風イラスト」に麗奈は微笑んで、「秘密の花園」の一節を口ずさんだ。 「なんて可愛らしいのかしら」  麗奈は目を細め、指先で慈しむようにイラストを撫でる。  また頁をめくると「ソファに寄り添い白黒テレビを見る二人」、「ベッドで寄り添って眠る二人のイラスト」……  最後は白いバラやピンクのバラ、百合、霞草、色々な花で出来た四角い囲み。真ん中は白紙になっていた。 「百合子さん、ここはメッセージの書き忘れですか?」 「いいえ。麗奈が作ってくれたドレスを着て、写真を撮りたいの。一枚そこに貼りましょう」  麗奈はうっとりとその花の絵を指先でなぞり、 「百合子さん、こんなに心のこもったプレゼント……頂いたことありませんわ」  その最後の頁をめくると、裏表紙の内側に「Our life in love goes on.」と書いてあった。 「百合子さん、これは?」 「これはね、これからも愛の生活は続く……よ。麗奈」  麗奈はスケッチブックを抱きしめ、瞳を強く閉じた。  麗奈にどんな想いが駆け巡っているのか、百合子には分からないけれど、微笑んで見つめていた。    麗奈は、瞼をカーディガンで押さえながら、「ケーキを持ってきますわ」と言って台所へ行った。  麗奈は電灯を消し、蝋燭の炎が揺れるケーキをテーブルに置いた。  明かりは暖炉と蝋燭が揺らめくのみ。 「ハッピーバースデー……じゃないわよね」  百合子の言葉に麗奈は笑い、 「メリークリスマース」と言って、一緒に吹き消すよう、手で合図をした。  二人でフーッと吹くと、蝋燭の炎が消えた。二人で拍手をして、わぁと喜んだあと、麗奈は白黒テレビを付けた。  洋画劇場が途中から始まり、何の映画か分からないけれど、英語の響きが音楽よりもロマンチックに聞こえた。  麗奈がフォークでケーキをひと掬いし、百合子の口元へ運ぶ。  いつもなら一人分に切り分けて、紅茶でも入れるはずだが、だらしなく食事するのが今日のマナーな気がした。  百合子は口を開け、ケーキをいただくと生クリームが蕩け、スポンジケーキの柔らかな歯ざわりが消えていった。 「麗奈……」  百合子はマナーに則って、指先でクリームを掬い、「あーん」と麗奈の口元へ差し出した。  麗奈は遠慮がちな小さな口を開け、指先を迎えると、薄い舌でクリームを丁寧に舐め取った。  指先が熱く、ねっとりとした感触に溶けてしまいそうだった。 「百合子さん……素敵な夜ですね」  ワインで口直しすると、二人は指先でケーキをつまみ取り、お互いに差し出した。  テレビの白い明かりが点滅したように麗奈を照らし、トロリとした瞳に光が映ってまるで星空を集めたみたいに美しく輝いていた。    ワインと甘い香りの混ざる吐息を交わしながら、このだらしなく甘美な宴は夜更けまで続いた──
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