逸漣 / 第33話

第17話 乙女の暮らし手帖(2)

 初心者の麗奈に合わせて、作りやすい台形スカートを作ることになった。ベテランの和子さんと陽子さんは、裏地のついたロングスカート。  ミノリさんと麗奈は、基本の台形スカートを作ることにした。ミノリさんも最近通い始めたと聞くと、先程までの緊張が少しずつほぐれて、麗奈の指先の冷えが解けていった。  二人組に分かれて、ウエスト、ヒップなどを採寸していく。 「麗奈さん、細ーい!」 ミノリさんが声を上げると、和子さんと陽子さんの視線が麗奈に集中する。 「ちゃんとご飯は食べてるのかい」  母親のように心配する和子さんが眼鏡をクイっと上げた。 「羨ましい、子供産んでから体型が戻らないのよねぇ」と頬に手を当て、憂い顔の陽子さん。  ミノリさんは自分のウエストと比べて、式までに痩せなくちゃと呟いていた。  採寸が終わると、基本の型紙をマチ子先生が書いてくださる。説明しながらサラサラと淀みなく四人分を書き上げた。  ──いつか私もこんなふうに出来るかしら──  ついつい基本技術よりも、フリルやリボンの乙女の世界に麗奈の心が旅立ってしまっていた。  二種類の生地が反物で出てきて、麗奈は葡萄色の生地を選んだ。ミノリさんは濃紺。どちらもシックで品の良いスカートになりそうねと微笑みあった。  ロングスカートのお二人は、その場で追加料金を支払っていた。  生地を型紙通りに裁断し終わる頃、「少し休憩しましょう」と、マチ子先生は湯気ののぼる温かいほうじ茶と、海苔のついたお煎餅を振る舞った。  すると皆、新入りの麗奈が気になるようで、お茶にも手をつける間もなく、バババッと麗奈を囲み、矢継ぎ早に質問をした。 「あなた、ご結婚は?あたしが紹介すると成婚するって評判よ」 先陣を切ったのは和子さん。 陽子さんも、興味津々で、 「あの絵描きのお嬢さんの女中をされているんでしょ。どういう経緯?」 ミノリさんも控えめだが質問した。 「あの……恋人はいらっしゃるの?」    麗奈は三人の勢いに面食らいながらも、出来るだけ嘘を付かず、誠実に答えた。 「恋人は戦争で亡くなりましたの。それからはどうにか……百合子さんに救われた身ですわ」  戦後の苦労を根掘り葉掘り聞くには、流石に初対面の今日は早すぎると、マチ子先生が咳払いをした。  そこからはお茶を啜り、バリバリと煎餅を齧りながら、商店街の魚はいまなら鰤が美味しいとか、白菜が安かったとかそんな話に変わっていって、麗奈は胸を撫で下ろした。  ミノリさんが麗奈の方を向き、少女のような無垢な笑顔を浮かべ、 「私は自分のウエディングドレスを縫いたいの。夏までに間に合うかしら」 麗奈も微笑んで、 「まだ一月よ、間に合いますよ。よろしければお手伝いさせていただきたいわ」 すると、和子さんも陽子さんも手伝うと言い出して、普段の教室の課題と、ウエディングドレス製作を並行して半年かけて作る事になった。  ミノリさんは皆の優しさが胸いっぱいに詰まり、長い睫毛を綺麗な雫で輝かせながら、ぺこりと頭を下げた。  一呼吸おいて、詰まる喉から柔らかく声を出す。 「みなさん、ありがとうございます。母が作ってくれるはずが、亡くなってしまって。父と天国の母に見てもらいたいんです」  マチ子先生の手が、ミノリさんの背中を優しく摩り、 「うんうん、素敵なドレスを見てもらいましょうね」  マチ子先生の頬にも涙が伝っていた。    ――ウエディングドレスかぁ。麗奈は自分には関係ないと思っていたけれど、ほんの少し、袖を通してみたい気持ちがこみ上げた。  百合子のドレス姿も思い浮かべると、なんだか小さな力がふわりと湧いてくるのを感じた。  ──ミノリさんを応援しながら、私もウエディングドレスを作れる様になりたい──  麗奈は初めて抱いた夢を誇らしく思い、休憩もそこそこに、今日の課題の台形スカートをどんどん作っていく。しつけ縫いまで終わったところで、終了時間を迎えた。  来週はウエディングドレスの生地を買いに行き、その後台形スカートを仕上げる予定になった。  マチ子先生がメモを配り、大きな生地の専門店で待ち合わせることになった。  麗奈は月謝袋の説明を受けた。月に三千円、材料費込。  ──百合子さん、びっくりするかしら─ 「ウエディングドレスの生地代は、月謝には含まれませんからね」  マチ子先生の声に皆笑う。  朗らかな雰囲気に少しずつ自分が馴染んで行くようで、麗奈の指先がさらに温かくなり、ピンク色をしていた。  血流の良い右手を窓の光にかざして見ていると、ミノリさんが不思議そうに尋ねる。 「麗奈さんの手、綺麗ね」  過去の苦労も、日頃の家事もこなしてきた麗奈の右手が褒められ、恥ずかしくも誇らしい気持ちがくすぐったかった。 「……ありがとうございます」    微笑みの絶えない、ナカムラマチ子洋裁教室。「また来週、ごきげんよう」と皆、散り散りに帰って行った。    門を出ると、百合子が待っていた。 「お疲れ様、迎えに来たわ」  二人で一緒に夕日に照らされながら帰路につく。  今日の話を少しずつ話すと、百合子は微笑み、 「良かった、楽しかったのね」  と、麗奈の手を握った。   誇らしい気持ちの右手に、またひとつ温かな熱が加わった。

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