逸漣 / 第48話

第27話 結婚式の招待状

 七月の最初の月曜日、 蝉の声がまだ遠く、湿った土の匂いがする午後。  ナカムラマチ子洋裁教室では、ミノリさんのウェディングドレスの最終確認が行われていた。  麗奈は汗でドレスが汚れぬよう、団扇でミノリさんを扇いでいた。扇風機も部屋の隅にはあるものの、じわりと暑い。  ミノリさんが実際にドレスを着用し、確認する。腰回りの密着感、腕周り、袖の長さ、ヒールのある靴を履いた時の裾の感じ。  マチ子先生が丹念にチェックして、修正の指示をすると、ベテランの和子さん、主婦の陽子さんと麗奈が手縫いで直していく。  ミノリさんの肌に刺さらぬよう、慎重に針を刺す。縫い目が見えぬように丁寧に。  呼吸が浅くなり空気が少し重くなるが、完成間近の緊張感が、かえって皆の意識を手元に集中させていた。   チクチクと小さな音しかしない、静かな時間。ほんの少しの修正がミノリさんの身体の線を拾い、品良く華やかに、少し艶やかにした。  マチ子先生は、ミノリさんの肩にポンと手を添え、ドレスの完成を告げた。 「間に合いましたね、ミノリさん。おめでとう」  その声に皆が「やったー」と飛び上がった。 「皆さん、本当にありがとうございます。あの……皆さんも式に参列してくださいますか?」  ミノリさんの言葉に、ワッと盛り上がる。和子さんはこの半年のドレス制作で、ミノリさんを娘のように可愛く思っていたようで、「私も良いのかい?」と、メガネを外して目頭を押さえていた。   「もちろんです。マチ子先生をはじめ、和子さんも陽子さんも麗奈さんも……こんなにお世話になって、仲良くしてくださって。是非とも招待させてください」  一人一人に丁寧に封筒を手渡すミノリさん。  麗奈は初めて結婚式に誘われ、少し躊躇う。もう普通の世界に溶け込んでいると許可を貰えた気がして、招待状をそっと抱きしめるように胸に当てた。  白い封筒には、扇の形をした金色の封が貼られ、「寿」と書かれていた。そっと開けると、招待状には駅前に出来たばかりの白いホテルと書いてあった。  麗奈はそれだけでまた、フワリと夢の世界へ心だけ旅立ってしまう。  ──ミノリさん、素敵な結婚式だろうな。いいなぁ。 麗奈とミノリさんはドレスを汚さないように、そっと抱き合う。  喜びと祝いの声が歌うように広がっていった。  ◇    教室が終わると、陽子さんと和子さんは夕食の支度のため急いで帰って行った。  ミノリさんは正座をして、ドレスを丁寧に畳み風呂敷で包むと、 「今日、仏壇のお母さんに見せなきゃ……」  と言って、風呂敷をポンポンと叩いた。  麗奈は、荷物を片付ける手を止め、 「お母様、きっと喜んでくださるわ。ドレス……とっても似合ってましたもの」 「ありがとう、麗奈さん」  マチ子先生もミノリさんに声をかけた。 「お父様も、お寂しいかもしれないけれど、ミノリさんが幸せになってくれたら一安心よね」  夏の夕暮れ、オレンジに染まる教室で、三人は手を取り「幸せになってね」と、交代で彼女を抱きしめた。

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