逸漣 / 第21話

第12話 透明な色に染まる

 毎月二十八日は神社の境内で催しがあり、十一月は骨董市だった。  紅葉に染まる境内の玉砂利の上に、古びた木箱や布を広げた店がずらりと並んでいる。  明治時代の印判皿は、白磁の地に藍の模様がわずかに滲み、指先にしっとりとした冷たさを伝える。  大正時代のガラスの水差しは、陽の光を受けて淡い翡翠色に揺れ、厚みの揃わぬ縁が口もとでかすかに波打つ。  古書から立ち上る匂いは、乾いた紙と線香が混じったような独特の香り——  晩秋の光が柔らかく差し込む境内は、まるで時間がゆっくり流れるように、二人を景色に馴染ませていった。  麗奈は小首をかしげ、手に取ったステンドグラスに日の光を通してじっと覗き込む。 「綺麗…これ、欲しいな……」  頬を紅潮させ興奮する少女のような麗奈の声に、百合子は自然と手を差し伸べた。  麗奈の指先がガラスを微かに揺らす——光を愛おしむ瞳が輝く。 「じゃあ、そちらを頂きましょうね…」  わぁ、と花が開くような麗奈の笑顔に、百合子も思わず笑んだ。  やったぁと、百合子の腕に絡んで甘える麗奈。時々見せる無邪気な麗奈に、百合子の閉ざされていた心の扉は少しずつ開いていく。  ◇  夕食を済ます頃には、窓は夕闇を映していた。  アトリエで香り蝋燭を灯すと、四方に広がる灯りが色とりどりの宝石のように煌めいた。  炎が蝋を溶かすたび、金木犀の香りがふわり、肌を包む。 「ねえ、麗奈。ヌードモデルになって」  百合子の瞳の強い光に抗えず、麗奈はゴクリと息を呑んだ。    椅子に座り、ポーズをとる麗奈。  顔、肩、胸には——薄いブルーやロイヤルブルー、イエロー、グリーンの光が肌に沿い、境界線をそっと形作る。  大きな鏡に映る麗奈の身体──濃密な光と色彩に染まった肌、胸の膨らみ、肩の曲線、微かな震え。  麗奈の呼吸が少しずつ早くなっていく。鏡の中の胸も、呼吸の度に上下に揺れていた。  ステンドグラスの灯りは、蝋燭の炎が揺れれば陰影を揺らし、麗奈の肌の曲線をやわらかく撫でる。  百合子の視線は、普段の淑女とは別人の芸術家の眼差しで麗奈を見つめ、宝石でも愛でるように扱う──初めての温度と感触が、麗奈の心まで翻弄する。  鏡に映る自分──  恥ずかしさと焦がれが混ざり合い、麗奈の胸を締め付ける。  筆を置き、百合子は指先で光の境目をなぞった。  肌と光が一体になる瞬間、二人だけの世界が静かに、しかし確かに息づいている。  呼吸の度に色のラインが揺れ、それに応じて指先も丁寧に呼応する。  麗奈は芸術の邪魔をしないように、身体の震えも……声も殺し、感触を遮断し……瞳をそっと閉じて、彫刻になる。  その瞬間麗奈は、柔らかな光の曲線と身体の立体が、百合子アート作品となった。

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