逸漣 / 第51話
第30話 テレビがやってくる
麗奈はミノリさんと仲良くなり、ミノリさんのお宅に遊びに行く事も増えた。
どうやら、ミノリさんのお家には「白黒テレビ」があるそうだ。うちにはラジオが一台あり、百合子はいつも絵を描くだけなので、欲しいと思ったことは一度もなかった。
麗奈はミノリさんの家に行った日の夕食中に、必ずテレビの話を嬉しそうにする。
「水谷さよ子」という女性歌手がお気に入りで、麗奈は「ラララーあなたと秘密の花園へー」と振り付けまで覚え、手をそよがせて歌う。
あまりに目を輝かせるので、二人で商店街の「青木電気店」へテレビを見に行くことにした。
九月だというのに残暑は続いていた。麗奈は暑さも気にせずにはしゃいで軽やかに歩く。
──そんなに嬉しいのなら、早く買ってあげたら良かったわと百合子は思った。
青木電気店には、以前から電球を替えてもらったり、故障を直してもらったりとお世話になっていた。ラジオもこの店で買い求めた。
「おや、百合子さんこんにちは」
「こんにちは、テレビを見たいのですが」
木製家具のような大きなテレビは展示品のみで、届き次第設置に来てくれるとのこと。目録を見ながら、中程のテレビを指差した。
「麗奈、これはどうかしら」
「三万円もしますわ……百合子さん、いいんですか?」
「予想通りの値段ですわ」
と百合子は微笑み、前金の一万円を納めた。
「百合子さん、毎度ありがとうございました」
青木のおじさんに手を振りつつ、家路につくと、麗奈は行きよりも嬉しそうに「水谷さよ子」の歌を歌いながら腕を絡ませてきた。
「百合子さん……ありがとうございます」
──これはまた高いモノを買ってあげたくなる、まったく危険な女ですわ……などと、百合子は満更でもないニヤケ顔をしていた。
一週間後の午後、青木のおじさんと息子さんが来て、テレビの取り付けをしてくれた。
夕方近く、落ち着いた光が差し込む居間。風がレースのカーテンを揺らしていた。
豪華すぎず、控えめで上品なその佇まいの木枠の家具調テレビの上には小さな花瓶が置かれ、秋の花が活けられ、紫の花びらが光とカーテンの影を映していた。
麗奈の入れた温かいほうじ茶が香ばしい香りを漂わせ、二人の初めての鑑賞会が始まった。ボタンを押すと少し乾いた音がスピーカーを通り、ジジジと鳴った。ガチャッとチャンネルを回す重い音。
白黒の世界に、可愛らしい歌声が響いた。
「百合子さん、これが水谷さよ子ですわ!」
濃い色に白の水玉フレアワンピースを着た少女が、内巻きの髪を揺らして歌っていた。
ラララーあなたと秘密の花園へ
風を感じて、ルルル
かけて行きーますー♪
まだ、手もつなげないー
秘密の恋ですー♪
麗奈は振り付けも合わせて一緒に歌う。百合子も画面の動きを見よう見まねで手を小さく揺らし、時折画面にかぶせるように手を伸ばす。光が反射して白黒の影を落とすたび、二人でくすくす笑った。
「百合子さんも覚えて、一緒に歌いたいわ」
「えぇ?ワタクシ音痴だし、踊れないわよ」
簡単よ、と見本を見せる麗奈。ぎこちなさに少し顔を赤らめながら、手をそっと動かす百合子。満開の花のような笑顔の麗奈と、困った表情の百合子。なんだか可笑しくて、心がふんわり温かくなった。
二人はその後のニュースを見ながらソファにもたれ、麗奈の縫ったクッションを抱きしめたり、百合子は麗奈の膝に頭を乗せて横たわったり。二人は身体を寄せ合う口実を見つけ、しばらく言葉を交わさずに寄り添っていた。
はじめは麗奈のテレビ好きに呆れていた百合子だが、白黒の動画は創造に適度な刺激を与えた。画面に色はなくても、想像力が総天然色のように色彩を加える。光の中に風までも感じた。躍動感ある少女から受け取る生命力が、絵に息吹を与えてくれるようだった。
1960年代初頭、少し贅沢品かと思っていたが、麗奈の弾ける笑顔を見ると買って良かったと、何度も頷いてしまう百合子なのだった。