逸漣 / 第4話

第4話 柔らかな午後、いつもの商店街

 秋の陽が柔らかく差し込む午後、百合子と麗奈は商店街へ買い物に向かった。  まだ同居して半月。互いの歩幅はまだぎこちなく、それでいて少しずつ距離は縮まりつつあった。   「麗奈、この通りには、父ともよく来ていましたのよ」   百合子は父の話を出してしまったことに、少しバツの悪さを感じたが、店の軒先に目を奪われて……心は昔に戻っていった。  幼い頃は、父親にとても可愛がられていた。貧しく小さな家で身を寄せ合うように暮らしていた。  戦争が始まる頃から父親の会社は忙しくなり、家に戻らない日々が続いて……思い出はそこで止まっていた。 「田舎の小さな市場とは違いますけれど…なんだか、懐かしくて落ち着きますわ」   麗奈は父の話題に触れることもなく、商店街の雰囲気を楽しみ、微かな笑みを浮かべていた。百合子は少しだけ呼吸が楽になり、強張った肩をふっと下ろした。    大都会での華やかな生活も経験してきたはずの麗奈も、この商店街の素朴な温かさを楽しんでいるように見えた。  八百屋の奥から威勢のいい声が響く。 「お嬢さん、良い大根が入ったよ!」  店先にはざるに盛られた色とりどりの野菜や果物。魚屋では氷の上で青魚やイカなどがキラキラと光り、店主の元気な笑い声が弾けていた。  麗奈は目を輝かせて真剣に見極め、夕餉の献立を考えていた。 「秋刀魚もいいわね。それなら八百屋に戻って、大根も欲しいわ」   夕餉は秋刀魚に決まったようだ。  二尾、丸々と太ったものを見繕ってもらい、魚屋の店主と麗奈は微笑みあっていた。  もう少し歩くと、駄菓子屋の軒先には風鈴が爽やかな音色を響かせ、氷と赤文字で書かれた布がヒラヒラと旗めいていた。  小さなお菓子や玩具がぎっしり詰まったガラスケースを眺める麗奈の瞳がきらりと輝く。  「わぁ」と小さな感嘆の声を上げ、ふわりと髪を指で耳にかけ、じっくりと覗き込んだ。その仕草は健康的な色香を放っていた。  ビー玉を眺めてみたり、プラスチックの指輪をはめてみたり、無邪気な仕草が完璧すぎる麗奈に意外性を生み出し……百合子を惹きつけていた。  麗奈は大きな瞳を輝かせて、百合子にねだった。  「この糸のついた飴を食べたいわ」  二人で袋から出た紐を一本ずつ選び、同時にスーッと引くと、苺の形の赤い小さな飴が二個持ち上がった。 「みかんの飴が良かったわ、あれだけ大きいのよね」  子供のように拗ねた表情を浮かべる麗奈と一緒に食べる飴は、喉がひりつくほど甘かった。    商店街を抜けると、小さな川沿いに出た。  水面に午後の光が揺れ、雑踏とは違う穏やかさがそこにはあった。  自転車のベルや通行人の笑い声が、遠くにやさしく響く。 「麗奈、こうして歩くのも悪くありませんわね」  「ええ…商店街、楽しいですわ。沢山お店があって献立にも困りませんし、何より元気な雰囲気が好きです」  まだまだぎこちなく、並んで歩く距離も少し遠い。水辺の爽やかな涼風が吹き抜け、行きよりも足取りは軽く感じた。  自然にそっと視線が重なり、余韻を残して離れていった。 「私、この街が好きですわ。百合子さん」   眩しい麗奈の笑顔が水面の輝きと相まって、百合子の目を釘付けにした。    心臓を鷲掴みにされるような感覚―― 「そ、そう……気に入ってくれて良かったわ」  ――ほのかに親密な温度を感じる、午後の穏やかなひとときだった。

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