南江行瀬 / 第6話
傍観
「ありゃ、気絶しちゃった」
まあ無理もないか。かなり濃い数年間の記憶を一気に流したんだもん。並の人間が耐えられるわけないか。
それより、上手く記憶が入り込むように、カイセイを深い所まで落としておこう。学校を休まれちゃ、面白いものが見れないから、遅刻しないギリギリまでね。
「入れた記憶は寝てる間に刷り込まれるはずだし、起きた時の反応が楽しみだなぁ」
眉を顰めて眠るカイセイ。根っこは優しい人間なのに、どこか自分勝手なところもある。人間は面白い。目に見える性格が全てじゃない。
見ていて飽きない。観察するには最適な生き物だ。
「"前"の人間は壊れちゃったからなぁ〜。カイセイは"他"と比べても丈夫だし、もう少し楽しめそう」
人間観察はボクの趣味だ。その中で特に気になった人間を、特に注意深く観察する。
人間が昆虫を取って、それを飼うのと似ているのかもしれない。
「ぅ……」
「あ、起きた?おはよー」
「ッ……、頭痛い……」
「そーだよね。でも準備しないと遅刻するよ?」
深い眠りから覚めたカイセイは、少しフラつきながらも学校へ行く準備をする。そんな中でも片手間にスマホを弄っている。
ちょっと覗いてみれば、数人のグループチャット。この世界線での友達だろう。
「(現実に順応するのが早いな……。混乱すると思ったのに、つまんない)」
準備を終えて家を出ていくカイセイ。ボクも一応中学生ってことになってるから、形だけの登校をする。家から離れれば、ボクは中学生の理生じゃなくなる。
くるりと宙返りをすれば、姿が変わる。
「やっぱり観察には蝶が便利だよね」
青空に溶け込むような羽を羽ばたかせて、カイセイの学校まで飛んでいく。
今回のやり直しで、カイセイはかなり変わったと思う。前はいじめられっ子だったけど、今は悪友と呼ばれる人達とつるんでいる。
「いいなぁ、これだから観察は辞められない……」
一度他人を見捨てたことで、今は少し荒れた青春を送ってる。カイセイ自身がどう思ってるかは知らないけど、これもまた人生ってやつ?
まあでも、優しさはどっかいっちゃったみたいだけどね。
「あ、なんか面白いこと起きそう!」
カイセイがいるのは階段の踊り場。そこでは一人を取り囲むようにして数人が立ってる。カイセイは少し離れたところでスマホを弄ってるみたい。
ここからじゃ分かんないし、カイセイのところに行こう。
青い羽を揺らしながら、ボクは階段の踊り場へ降り立った。
***
この世界の俺は、少し荒れてるグループにいる。喧嘩をしてる訳ではないし、犯罪もしていない。ちょっとだけ不真面目なグループだ。ここに居れば、狙われることはない。
同じグループの奴らが誰かを囲んでる。何をしてるかは知らない。俺はただ、誰か来ないか見張るように言われてるだけだ。
「(まあ、息はしやすい気がする)」
前の現実は苦しかった。皆が敵だった。味方は誰もいなかった。でも今はこいつらが居る。味方って訳でもないけど、敵でもない。
「……、ねえ、先生来てる」
「お、マジ?んじゃ行こーぜ」
遠くに見えた先生の影の存在を伝えれば、グループはそそくさとこの場を去る。俺もそれに便乗して去る。踊り場に残るのは蹲っている一人の男子生徒。一瞬、小学生の頃のクラスメイトと重なった。
「(なにしてたんだろ)」
気になるけど聞かない。関わらなくていいなら関わらないでいたい。無駄なことに足を突っ込みたくない。
「(早く帰ってゲームしたい……)」
元の現実でもゲームは好きだった。その時はのんびりとしたRPGをよくやっていた。
でも今好きなのはオンライン対戦ゲーム。勝てなくなったらデータを作り直して、初心者帯からやり直す。そうすれば相手はまだ弱いから、簡単に勝てる。
そうすれば全部がイージーモード。武器の特性も全部分かってるから、簡単に勝てる。
「(…………リセットか……)」
リオはやり直しと言っていた。でも、その制約とかは聞いてない。俺の人生は、どこまで遡ってやり直しができるんだろうか。
ふと窓の外を見れば、不気味なほど綺麗な一匹の蝶が、ひらひらと舞っていた。
「(あの蝶、前にも見たような……)」
その蝶は、青空に溶け込むような羽をしている。どこかへ飛んでいくでもなく、窓の外で同じ場所でずっと羽ばたいている。まるで、俺をじっと見つめているかのようだ。
───
──
─
家に帰った俺は、リビングでゲームをする。今のランクはCランクで、ちょうど中間くらい。
程々に負けるし、それなりに勝てる。そしてランクが上がっていくにつれて負けが増える。
「リセットしよう」
勝てなくなったらリセットしてやり直す。そうすれば実力が下のやつとマッチングするから、簡単に勝てる。格下相手だとしても、勝てるのは気持ちがいい。
「これで暫くは勝てる」
今俺が体験してる夢での過去のやり直し。
後悔している事があれば、そこまで戻ってやり直せる。リオはそう言っていた。
それってつまり、小説とかでよくある「強くてニューゲーム」ができるってことだ。
リオがいれば、何度でもやり直せるなら、そのうち正解に辿り着ける。
「またやり直せば、この現実も変えられる……」
前より息はしやすいけど、良いとも言えない。何が正解なのか分からないけど、それなら分かるまでやり直せばいい。
「ゲームと同じかもしれない」
テレビ画面に写っている初期装備を纏った俺のアバター。リセットしたのは何回目だろう。リセットの度に連勝する。負けるようになったらまたリセットして勝てるようにする。
「……リオならきっと、またやり直しをさせてくれる」
もう一度、もう一度だけやり直そう。今度こそ上手くやるんだ。次は上手くやれる。上手くやって、正解の人生にするんだ。
「頼んでみよう」
そう呟いた時、窓の外に青い蝶が見えた。ヒラヒラと綺麗な羽を羽ばたかせながら、まるでこっちを見ているかのように留まっていた。