南江行瀬 / 第7話

リセット

 カイセイに話があると呼ばれて部屋に行く。  元々のカイセイとは違う雰囲気の部屋。アクションゲームのグッズに、散らばった着替え。例えるなら、反抗期真っ只中の男子部屋?よく分かんないけど。  ボクは床に座って、カイセイはベッドに腰掛けてる。何を言われるかは大体分かってる。それを本人の口から聞くのが好き。 「……リオ、やり直しって、どこまで戻れる?」  ほら来た。一度味を占めた人間は、こうして何度もやり直そうとする。小さな成功体験でも、それを甘い蜜として認識すれば、それに依存する。  恐る恐る聞いてきたカイセイ。俯いていて顔はよく見えないけど、きっと不安なのかな。 「どこまでっていうより、『どこで後悔したか』だね。何にもない時に戻ったって、やり直しのしようがないだろう」 「その後悔って、どんな基準があるの?」 「基準?カイセイが『後悔してる』って思えば、そこに戻ってやり直せるよ」  カイセイの顔が上がる。嬉しそうな歪んだ笑顔。この顔を見るのは楽しい。  過去に依存してる。これからの事を見ようとしてない。過去を正せば、未来も安心だと思い込んでいる。実に単純で愚かな思考だ。 「じ、じゃあ……」  カイセイが口を開く。懇願なのか、期待なのかは分からない。ただ、『戻りたい』という意思は感じる。 「もし、生まれたこと自体を後悔してるって言ったら、どこまで戻る……?」  おっと。その疑問は想定外だ。 でもまあ思考は予想できる。所謂、『強くてニューゲーム』ってやつかな。人間社会の娯楽によくある物語だ。浅はかな考えは嫌いじゃない。 「う〜ん。生まれたことをなかった事にする。もしくは、生まれた瞬間まで戻る。どちらかになるね」 「な、なかった事にする……って……?」 「そのままの意味だよ。キミは、『カイセイ』として生まれなかった事になる。率直に言えば、今のキミが消える」  面白いよね。人の生まれなんて、少し歯車がズレるだけで全然違うものになる。カイセイとしてじゃない。今は存在しない誰かの人生になる。 「生まれた瞬間ってのは……?」 「そのままの意味さ。キミが生まれて、産声をあげた瞬間に戻る」  カイセイは口を結んで考え込む。ボクとしては、どっちを選んでも面白いからいいけど。  『やり直し』に依存する人間は少なくない。誰だって失敗は嫌なことだろう。 「…………」 「そんなに悩むこと?今まですぐにやり直すって決めててじゃない」 「だっ、て……。戻った時の記憶の量を考えると……」 「まあ、そうだろうね。でもさ、それを耐えさえすれば、理想の人生になるかもしれないよ」  カイセイの瞳が揺れる。悩んでいる。葛藤してる。理性と欲望が対立している。 いや、その欲望に理由をつけようとしているのかもしれない。 「一人ぼっちの寂しい人生、痛くて息苦しい人生、息はしやすいけど中途半端な人生。色んな人生を体験したね」  当の本人が、それぞれの人生にどう思ったのかは知らない。どれも人間味が強くて面白かったけど、納得いかない事もあったんだろう。  興味、期待、それとほんの少しの恐怖。色んな感情が入り混じったカイセイの瞳。もう一押しかな……。 「じゃあ簡単な質問に変えるね」 ──キミは、人生をやり直(リセット)したい?── ***  リオの雰囲気が変わった。さっきまでは学生服姿でニコニコしていたけど、今は笑顔を消して、曙色の瞳がしっかりと俺を捉えている。まるで、獲物を仕留めようとする獣のような瞳だ。学生服姿は変わっていないのに、別人みたいだ。 「孤独な人生は嫌、息苦しい人生は嫌、中途半端な人生は嫌。全部嫌になってるよね」  正面に居るはずなのに、耳元から聞こえるリオの声。思考を侵食するように、じわじわと迫ってくる。 「嫌なことはやり直したいよね。全部上手くいく方が楽だもんね。失敗なんてしたくないよね」  脳に直接響くリオの声。思わず耳を塞いで下を向く。それでも声は聞こえてくる。興味と恐怖が入り混じる。決断を急かされない分、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。 「そんなに難しく考えなくていいんじゃない?だって、全部が気に入らないんでしょ?」  頬を大きな手で包まれる。ゆっくりと上を向かされれば、黒いローブ姿のリオと目が合った。細長い瞳孔が、射抜くように俺を見つめる。 「ゲームと同じだよ。やり直せばいい。後悔してる所から、何度でも……何度でも……」  違う……。現実はゲームなんかじゃない。でも、今までもやり直してきた……。ゲームみたいに……、戻って、やり直して……。  …………そうか。ゲームと同じなんだ。なら、簡単にやり直せる。後悔したところをやり直せば、きっと上手くいく。 「どうする?どこからやり直す?」  リオの期待しているような瞳。無邪気な笑顔を浮かべて、俺の言葉を待っている。  孤独が嫌だ。なら、友人が出来る道を探せばいい。息苦しいのは嫌だ。なら、楽な道を探せばいい。中途半端は嫌だ。なら、はっきりした道を探せばいい。  孤独は嫌だった。息苦しいのも嫌だった。また失敗するのも嫌だった。もう失敗したくない。なら、それなら……。 「……生まれた瞬間から、"全部"やり直したい」 「……ふふっ、いーよ。"全部"……ね。それじゃあ、おやすみ」  意識が薄れていく。身体の感覚がなくなる。ふわりと暖かい何かに包まれているように感じる。 遠ざかる意識のどこからか、リオの声が聞こえた。 「リセットされた人生を楽しんでね。カイセイ」 ─── ── ─  目が覚めた。暖かい何かに包まれていて心地いい。ぼやけた視界、上手く動かない手足。生まれたばかりの時に戻れたようだ。  あとは今までみたいな失敗をしないように生きて……。あれ……。 「(……ここまで戻って、何をすればいいんだ……?)」  こんな赤子じゃ、なにも出来ない。首も座っていないこの時期は、ただ寝ていることしか出来ない。 「(それに、いつ夢から覚めるんだ……?)」  今までは、後悔している事をやり直すと目が覚めていた。でも今はどうだ?生まれた瞬間に戻ってたとして、今は何なんだ……? 「(あ、おーい。聞こえてる?)」 「(リオ……?どこにいる?)」 「(一応目の前にいるよ。赤子だから目は見えないし声も出せないでしょ。だからテレパシーみたいに話しかけてるんだ。それよりどう?全部やり直した感想は)」 「(え……?)」 ***  戸惑ってる戸惑ってる。やっと見られた。やっぱりこの瞬間の顔って大好き。 「(どういう事……?やり直したって、現実に戻ってないのに)」 「(何言ってるの?今がその現実だよ)」  後悔した時に戻る。つまり、セーブポイントに戻ってコンテニューする。今まではいくつものセーブデータがあるカイセイの人生の中で、コンテニューを繰り返していたに過ぎない。 「(ここまでは分かった?)」 「(うん、まあ……)」 「(よかった。説明を続けるね)」  夢でセーブポイントに戻った後は、イベントやストーリーを全部すっ飛ばして現実に帰ってた。元のカイセイのデータがあるから出来た事だね。 でも、カイセイ言ったもんね。 ──生まれた瞬間から、"全部"やり直したい── 「(ってね。"続きから"じゃなくて、"最初から"を選んだ。キミの今までの人生という名のセーブデータが消えても不思議じゃないでしょ)」  カイセイが目を見開く。じわじわと潤んでいくその瞳。ようやく理解したみたいだ。  今までの人生を"なかった事に(リセット)"して、この現実を"生きる(プレイする)"事になったってことを。 「(記憶はちゃんと残してあげてるんだから、それを頼りに一から進めなよ)」 「(まって……違う……ッ、俺は、こんなつもりじゃ……)」 「(キミが決めた"道(ルート)"でしょ。攻略頑張ってね)」  見えてないだろうけどひらりと手を振って姿を消す。その瞬間、赤ん坊が泣き出した。  慌てて抱き上げる母親。それでも赤ん坊は泣き止まない。耳を劈くような泣き声が遠くまで響く。  生まれて間もないというのに、絶望したような泣き声は、とても心地がいい。 「あ〜、面白かった!」  遠くから聞こえてくる泣き声が、光に変わる。それを手元の分厚い本で挟む。  今回も楽しかったけど、また面白いものが見れるといいなぁ。 「次はどんなデータで遊べるかな〜」
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