南江行瀬 / 第2話

掃除

「掃除の依頼っすか?」 「あぁ。白峰に頼もうと思ったんだが、今は陽乃と別の依頼に出てるんだ」  ある日の昼下がり。スマホを弄っていた黒原に、成瀬は一枚の資料を渡した。  片付けたくても時間が無く、放置していたら大変なことになったから掃除をして欲しい。というシンプルな内容が書かれている。  依頼人は五十代男性。なぜか最近は家に近付いていないらしい。 「かなり散らかってるとは言ってたが、規模が分かんねぇ。でも、近所から苦情が来てるって話だ。一度お前が行って、様子を見てきてくれ」 「了解っす」  表の仕事に当たる掃除の依頼。事務所でつなぎに着替え、道具を積み込んだ車で現地へ向かう。  事務所から少し離れた閑静な住宅街。その中のとある一軒家が、依頼のあった家である。 「……まぁじで言ってんのコレ…………。こりゃ苦情も来るか…………」  思わず声が出る。目の前の依頼のあった家は、ゴミが溜まり、地面が全く見えない。玄関までの動線はあるが、人ひとりがなんとか歩けるスペースしかない。 「部屋ん中見るの怖いんだけどぉ……」  腰の高さ程まで積み上がった黒いゴミ袋。カラスが荒らしたのか、所々破けた箇所からは、正体の分からない液状のものが垂れており、生暖かい風に乗って、鼻の奥を突き刺すような悪臭が漂っている。 「えぇっと……家の鍵は貰ってるから、勝手に入っていいんだよな」  資料と共に渡されていた茶封筒に入っていた鍵。それを使って玄関の鍵を開ける。カチャリという音を確認し、ゆっくりと扉を開く。 「おわっ!?」  扉を開けると同時に、ゴミ袋の雪崩が起きて外に飛び出してきた。なんとか避けることができたが、中から漂う悪臭からは逃れられない。 「マスクの意味ねぇじゃん……」  悪臭対策にマスクをしていたが、それをも貫通する酷い臭い。開けた扉から中を確認すれば、文字通り、足の踏み場もない惨状だった。 「…………応援呼ぼ」  ひとりでは到底片付けられないと直感した黒原は、すぐに成瀬へ連絡を入れた。 ─── ── ─ 「ははっ、こりゃひでぇ…………」 「俺も同じような反応しました……」 「この状況じゃ、中に何があるか分かんねぇな」  到着した成瀬はそう言った。ゴミだらけのこの家は二階建て。玄関は足の踏み場もなく、奥の様子もよく見えない。外から見える二階の窓は空いている様で、カーテンがゆらゆらと揺れている。 「よし、やるぞ黒原」  成瀬は頭まで覆う特殊清掃用の防護服を身につけて、気合いを入れるようにそう言った。つなぎにマスクと軍手のみの黒原とは対照的な格好だ。 「はいっす!てかテツさん、なんか完全防備じゃないっすか?」 「だって、こんなゴミ屋敷、絶対虫いっぱいいんじゃん……」 「……あぁ」  この成瀬。虫がこの世で一番苦手である。  しかし、これは仕事。いくら嫌いな虫が出るからと、全てを部下に任せる訳にはいかない。そう思ってはいるが、内心はものすごく嫌がっている。 「それより、中を調べねぇとな」 「声震えてるっすよ」 「……先に行け」 「へーい」  ズカズカとゴミの上を歩く黒原。成瀬は若干腰が引けているが、ゆっくりと進んでいる。  家の中も酷い有様だ。足の踏み場がないのはもちろんの事、壁や柱が腐りかけている部分もある。 「……なんでここまで放って置いたんすかね?」 「さあな。人の考えなんて分かんねぇよ」  一階はどの部屋もゴミで溢れており、二階へ続く階段までゴミが積み重なっている。しかし、上の方はゴミが少ないように見える。 「上はまだマシそうっすよ」 「そうか。生活スペースの可能性はあるが……」 「見てくるっす!」  黒原がゴミの上を歩いて二階へと登っていく。  二階は多少足の踏み場はあるようで、一階よりは楽に進める。各部屋もそこまでゴミは溜まっておらず、成瀬の言う通り、二階が主な生活スペースなのだろう。 「とはいえ、ゴミだらけなのは変わんねぇか」  辛うじて残っている動線。それを辿って行けば、ひとつの部屋に辿り着いた。そこは、外から見て窓が空いていた部屋だ。 「臭ぇな……」  ある程度スペースが空いている部屋の前。臭いはこの部屋が一番強い。虫が他の所よりも多く飛んでいる。  嫌な予感がした黒原は、部屋のドアを開けた。 「…………マジかよ」  部屋の中には沢山のゴミ袋が積まれており、その間から、腐敗が進んでいる脚らしきものが見える。ハエが飛び、足には白い虫が集っている。  それを見て思い出す。依頼内容は掃除だ。ゴミ屋敷のゴミ処理とは言われていない。 「あぁ、そういう事か……」  黒原はこの現状を成瀬に伝えるべく、一度下に降りる。  一階に戻れば、腰が引けている成瀬が殺虫剤を両手に持ち、壁に止まっている虫と対峙している場面と出くわした。 「……何やってんすか」 「見て分かんねぇか?臨戦態勢だ」 「はあ……。それより、二階に遺体がありました」 「……は?」 ─── ── ─ 「で、戻ってきた訳ですか」 「あぁ」  予想外の事態が起きた為、成瀬と黒原は一度カプリスへ戻ってきていた。ゴミ屋敷の様子、中で遺体を発見した事を全員に伝える。 「人の死体は見慣れてっけど、腐ったもんは初めて見た」 「虫もめっちゃいた。俺もう行きたくない」 「まあ、テツさんもこんなだし、他の人に応援を頼みたいってのもある」  成瀬の虫嫌いは、組織内でも有名だ。武器を持っていれば、間違いなく過剰攻撃をする程には虫嫌いだ。 「そんな事より、二人ともシャワー浴びてきてちょうだい。酷い臭いよ」 「ほんとほんと!めっちゃ臭い!」 「生ゴミみたいな匂いしますよ」 「本当に酷い現場だったんですね……」  各々が好き放題言う中、成瀬と黒原はシャワールームへと消えていった。 「で、あの二人は遺体があったって言ってたわよね」 「依頼内容は掃除。依頼主が遺体の存在を知らない可能性もありますね」 「第三者の可能性も視野に入れる必要があるわね……」 「でもでも!依頼主が知ってた可能性もあるよね?」  真波と白峰の話に割り込んできた柊。その発言に少し興味を持った真波が、笑みを深めた。 「どうしてそう思うの?」 「んえ?だって、依頼内容は掃除でしょ?遺体も片して欲しいって意味もあったんじゃない?」 「……なるほどね」  そんな話をしている三人の話を、気まずそうに聞いている結木。14歳の彼にとっては、重すぎる話題だ。しかし気になってしまうのが、年頃の少年心である。 「あの……どうしてゴミ屋敷に遺体があったんでしょう」 「簡単な話だよ」  白峰は結木の胸ポケットに刺されたペンを取ると、近くにあったペン立ての中に紛れ込ませた。 「木を隠すなら森の中って言うでしょ。ペンを隠すならペン立て。臭いが酷い遺体を隠すなら、同じく臭いが酷いゴミの中だよ」 「えっと、じゃあ、その遺体の臭いを誤魔化す為に、ゴミ屋敷に隠したってことですか?」 「いや、逆の可能性もある」  白峰はまるで世間話をするかのような雰囲気で話を続ける。ポケットから飴玉を取り出すと、テーブルの上に置いた。 「遺体をゴミ屋敷に隠したんじゃなくて、遺体を隠す為にゴミ屋敷にしたかもしれない」 「……?一緒じゃないんですか?」 「微妙に違う。例えば、一つの飴玉を隠すとする。飴玉を他のお菓子と混ぜて隠すのが一つ目の可能性。そして、飴玉の周りに他のお菓子をばら撒く、二つ目の可能性」  実際にやって見せた白峰は、ばら撒いたお菓子を口に運ぶ。それにつられて他のみんなもお菓子を食べている所に、成瀬と黒原が戻ってくる。 「何してんだ?」 「実践演習の後片付けです」 「どこから出したんだその量……」  呆れながらも成瀬はそれ以上は何も言わない。濡れた髪の毛を拭きながら、今後の動きについて話をする。 「白峰、依頼人への連絡を頼んでいいか?」 「はい。分かりました」 「それと柊、最近裏社会で流行ってる遺棄場サイトについて調べてくれ」 「ん?よく分かんないけどあいあいさー!」 「どういうことです?」 「なーんか似たような手口を聞いた事あるような気がするんだ」  何が分かった様子の成瀬。こういう時に調べ物を頼むのは、大抵が答え合わせのためである。 ─── ── ─ 「遺体ですか……」  遺体の確認や周辺調査を進めていた為、数日後に依頼人はカプリスへとやってきた。成瀬の話を聞いて驚くかと思ったが、意外にも反応はあっさりとしていた。 「驚かないんですね」 「これでも驚いております……。まさか遺体だなんて……」 「ところで、あの家は貴方のご自宅ですか?」 「いえ、あれは母の実家でして。母が亡くなり、手入れも出来ずにいたら、いつの間にやらあの有り様で……」  嘘をついている様子はない。恐らくこの依頼人は、遺体とは無関係だろう。 「それで、今回の依頼の話になるのですが」 「はい……?」 「遺体の処理はどういたしましょう?我々の引き受けた依頼はゴミの掃除ですので」  成瀬がそう言えば、依頼人は悩む素振りを見せた。その様子を見た成瀬は、近くに控えていた黒原に目配せをする。 「では、心苦しいのですが、その遺体も全て片付けて頂けると……」 「全て……ははっ、なるほど……全てなぁ」  何かが分かった成瀬は、思わず笑いが零れる。その近くでは黒原がインカムで誰かに連絡を入れている。 「あんた、あの家の惨状を知っていたな」 「なっ、知りませんよ!」 「そもそも、放置していただけでゴミ屋敷になる事がおかしい」  丁度その時、部屋のドアがノックされる。成瀬が許可をすれば、柊が幾つもの資料を机の上に置いた。 「言われてたの調べといたよ!色んな場所があったけど、その内の一つにあの家もあった!」 「やっぱりな」 「サイトの運営も、この人で間違いないよ!」 「なっ、なぜ……」 「うちの情報網を舐めないで頂きたい」  またドアがノックされる。次に入ってきたのは白峰だ。手に持っているのは数枚の人物写真。それらをテーブルに広げた。 「こいつらに見覚えありますね」 「こんな奴らなんて知らん!!」 「嘘はよくないですよ。裏は取れています。簡単でしたよ。夜中に張り込んだだけであっさり捕まえられたんですから」 「なっ……」 「こいつらが吐いた。あんたにこの場所を提供してもらったってな」  依頼人は顔を顰めた。逃げ場がなくなってきている。成瀬お得意の追い込み漁だ。 「金儲けの為にわざとゴミ屋敷を作り、近所の苦情からバレるのを恐れたあんたは、俺らに依頼した。俺らなら、ゴミのついでに遺体も処理すると思ったか?」  成瀬の声が低くなる。この場の空気が冷たくなる。そんな空気に圧倒されたのか、依頼人は息を飲む。 「俺らはそんな単純な組織じゃねぇんだよ」 ─── ── ─    その後、カプリスが圧を掛けたことで依頼人や殺人犯らは自ら警察へ出頭。遺棄されていた遺体は別件の被害者で、犯人達は遺棄場所としてあの家を利用していた。  カプリスは、全く関与していない事になっており、警察の取り調べは免れた。 「にしても、今回の件は複雑でしたね」 「依頼人が直接の犯人じゃなくて、協力者側ってな。なかなか無いパターンだぜ」 「でも鉄也、なんでそこまでしたの?そんな正義感持ってる訳じゃないのに」  真波の素朴な疑問に、白峰や黒原も頷く。  実際のところ、依頼料の上乗せで掃除として遺体を処理しても問題はなかった。しかし、成瀬はそれを許さず、自ら出頭するようにと圧をかけた。もちろん、カプリスの事は黙っている約束でだ。 「…………実の母親の家を、あんなにして許せなかった」  成瀬の言葉に全員が黙る。  あの家自体は、自治体が動いて綺麗にされるそう。しかし、遺体があった以上、取り壊される可能性が高いだろう。 「家族を大事に出来ないやつは嫌いだ」  成瀬の小さなつぶやきが、静かに部屋に消えていった。

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