南江行瀬 / 第1話

プロローグ

 何でも屋『caprice―カプリス― 』  あらゆる依頼を引き受けてくれる店。お金さえ払えば、どんなに難しい依頼でも確実にやり遂げると噂されている。  そしてその噂を聞きつけた一人の男が、店のドアを叩いた。 「いらっしゃいませ。ご依頼ですね」  男を出迎えたのは中性的で小柄な青年。その人の案内の元、応接室へ入る。 「すぐに社長が参りますので、もう少々お待ちください」  お茶を置かれて少しすれば、大柄な男性がやってきた。 「ご来店ありがとうございます。私は成瀬と申します。こちらは白峰です。早速ですが、ご依頼内容をお聞かせ願えますか」  男の正面に座る成瀬。その後ろに、控えるようにして白峰が立っている。時折、成瀬に耳打ちをしているが、それ以外に目立った行動はない。 「……妻を、殺して欲しい」  依頼人の男から発せられた言葉に、先程まで穏やかな笑みを浮かべていた成瀬の表情が変わり、ゆっくりと目を細めた。 「……理由を伺っても?」 「……浮気だ。あいつ、何年も前からずっと浮気してやがった!!」 「それは酷いですね」  依頼人が妻の愚痴のようなものを話している間、成瀬は適当な相槌をうちながら、後ろに控える白峰から何やら資料のようなものを受け取っていた。 「おかしいとは思ってたんだ……。帰りの時間がいつもと違ったり、部屋の電気はずっと消えてるし、置き配もしなくなった」 「ほぅ?」 「俺があげたプレゼントも全部捨てられるし、この前なんて、勝手に鍵まで変えやがった!!」  依頼人の愚痴は止まらない。帰り道を変えているだの、乗る電車の時間を変えただの、よく分からない事まで言い出した。 「最近また俺に黙って引越しやがったんだ……。俺がどれだけ話をしようとしても、全然話してくれない!!俺の事をまったく見てくれない!!……それなら、それならいっそのこと、殺してやろう……って」 「理由は分かりました。ですが、殺しの依頼となるとかなりお値段が張りますが、大丈夫でしょうか」 「あぁ……、俺の持ち金全部と、金融機関から借りれるだけ借りてきた」  そう言うと、テーブルの上にいくつもの札束を重ねていく。それが十を数えた所で男の手は止まった。 「これが俺の全財産だ」 「ふむ。確かにこれだけあれば、料金は十分ですね。白峰、契約書を」  成瀬は後ろに控える白峰に声をかけ、契約書の準備を頼む。白峰が離れたのを見送った成瀬は、男と向き合う。 「さて、お客様。当店をご利用するという事は、もちろん約束事もご存知ですよね」 「約束事……?」  男はなんの事か分からない様子で眉を顰める。 「一つ、結果に文句を言わない。一つ、料金は必ず先払い。一つ、絶対に嘘をつかない。これら三つを依頼時に守って頂く必要があります」  成瀬から表情が抜け落ちてくる。男の顔に冷や汗が流れる。この場をすぐにでも離れたいのに、足が竦んで動かない。  丁度その時、応接間へ白峰が現れる。その手には、幾つかの資料が握られている。 「まあ今はそれよりも、少々確認したい事がありまして。白峰」  成瀬がそう言えば白峰は、持ってきた資料や写真をテーブルの上に並べていく。 「面白い事に、別件で調べていた件と貴方の情報が一致しましてね」 「……それがどうしたんだ」 「お客様、こちらの女性に見覚えございませんか」  成瀬は一枚の女性の写真を男に見せた。その写真を見た男はこいつが浮気をしている妻だと断言した。 「こいつだよ!こいつが浮気してる最低な妻だ!!」 「おや、でも不思議ですねぇ。彼女も当店のお客様なのですが……、配偶者はいない。と申しておりました」  わざとらしく笑う成瀬。男は訳が分からないとでも言うように、うわごとを繰り返している。 「貴方、彼女の夫ではないでしょう。でなければ、彼女から依頼が来るはずありませんからね」 「デタラメだ!!妻は嘘をついている!!俺と彼女はれっきとした夫婦だ!!」 「そんな事、とっくに調べているに決まってるでしょう」  並べられた資料のうち一枚を、男の目の前に突きつける。その資料で、彼女に婚姻歴が一つもない事が分かる。 「彼女の戸籍を確認しましたが、結婚したという記録はありませんでした。なぜでしょうか?」 「ち、違う!!何かの間違いだ!!俺は彼女の夫だ!!」 「彼女からの依頼は単純明快。 ある迷惑な人物……まあ、ストーカーの殺害です」 「ストーカー?違う!!俺はあいつを守ってたんだ!!俺はあいつの事なら何でも知ってる!!俺以上にあいつを理解してる人間なんていない!!」 「おや、誰も貴方がストーカーだなんて言ってないですよ」 「っ……!!」  しまったとでも言うように、男の顔が歪んだ。拳を固く握り、必死に何かを考えているようだ。しかし、その思考を邪魔するかのように、成瀬は言葉を続ける。 「お客様。当店の約束事を覚えていらっしゃいますか?」 「は?」 「一つ、結果に文句を言わない。一つ、料金は必ず先払い。一つ、絶対に嘘をつかない。お客様は、嘘をついていましたね」  にこりと成瀬が笑う。不気味な笑顔だ。それとは対照的に、白峰は全く表情を変えない。 「ストーカーの癖に夫婦だと嘘をつき、挙句の果てに殺そうとする……。実に面白い。……白峰」  成瀬が呼べば、後ろに控えていた白峰は、一歩前へ出ると銃口を男に向ける。  「貴方が嘘をつかずに依頼すれば、貴方の欲求も飲んだかもしれないのに……」 「ま、待て!!金なら払っただろう!?頼む!殺さないでくれ!!」 「ご安心ください。貴方を殺すことは、別件で既に成立しています。楽に殺して差し上げますよ」  白峰の冷たく鋭い視線が男を射抜く。恐怖で動けない男性は、涙を流しながら懇願する。 「た、頼む!殺さないでくれ!!彼女にはもう会わない!付きまといもやめる!だから!」  惨めな姿で頼み込む男に、成瀬は思わず笑みが零れる。そして、扉の向こうの気配に気がつくと、ニコリと笑って男に言葉を放った。 「落ち着いてください。外の空気でも吸ってはどうです?」  成瀬がそう言うや否や、男は扉に向かって走り出す。恐らく逃げるつもりだろう。しかし、成瀬も白峰も、焦る様子は微塵も見せない。扉の向こうに居る仲間に気付いているからだ。  男がドアを開けた瞬間、扉の向こうから銃声が響いた。その鉛玉は、男の眉間を貫通した。 「タイミング完璧だな。黒原」 「どーもー。白峰もよく撃たなかったな」 「指示がなかったので」  眉間から血を流している男の遺体の前で、平然と会話をする3人。傍から見れば異常だ。でも、この3人にとっては珍しい事ではない。 「掃除をしますので、お二人は自室へお戻りください」 「おー、いつもありがとうな」  応接間を出た成瀬は、黒原と共に居住スペースへ足を向ける。その途中、黒原は持っていた資料に目を通しながら笑いを零した。 「にしてもこの客の標的が、客として来るとは……世間は狭いっすね」 「とんでもない勘違い野郎だって言ってたし、最初に話してた時から何となく予想はしてたけどな」 「にしてもヤバ過ぎっすよ。ストーカーしてる相手を妻だと思い込んで、その挙句には浮気だーって騒いで殺しを依頼するとか……」  怖い怖い、とわざとらしく震えてみせる黒原。そんな様子を、成瀬は楽しそうに見ている。 「あの女の人、かなり参ってましたよね。結構な額積んでましたし」 「そんだけヤバいやつだったんだろ」  黒原は酷くやつれた様子の女性客を思い出す。ストーカーはもういない訳だし、少しでも安心出来ればと思う。 「でもまあ、よかったんじゃねぇの?」 「え?なんでっすか?」 「だって、想い人に殺されたようなもんじゃん?あいつにとっちゃ、願ったり叶ったりだろ」 「………」  マジかこいつ……と言いたげな顔をする黒原。それとは対照的に、成瀬はニヤニヤと笑っている。  この組織は、何でも屋として名が通っている。文字通り、依頼料さえ払って貰えればなんだってやる。 「じゃ、俺は客に依頼完了の連絡してくるから、お前は溜め込んでる書類でも整理してろ」 「ゔっ……なんで溜め込んでんのバレてんすか……」 「俺だからな」 「答えになってねぇっすよ」  去っていく成瀬の背中を見送る。黒原がここで働くようになって数年が経つが、成瀬の事についてはよく知らない。ずっとそばに居る白峰でさえ、そこまで詳しくは知らないと言っていた事を思い出す。 「っと……、そんな事より書類やっとかねぇと……。白峰にまた絞られちまう」  以前のことを思い出したのか、身震いしてしまう黒原。そそくさと部屋へ向かい書類に取り掛かる事を決めた。

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