南江行瀬 / 第5話

迷子

 ある日、結木は白峰のお使いで商店街まで来ていた。頼まれた物は食品。安売りをしているからと、お使いを頼まれた。白峰は仕事のため買いに行けないのだ。 「えっと……。キャベツ、ひき肉、コンソメ……今日はロールキャベツかな」  夕飯の予想をしながら歩く結木。早く帰ろうと足を踏み出した時、誰かにズボンを掴まれた。 「ん?」  不思議に思い見下ろすと、不安そうに結木を見上げている幼子が居た。恐らく迷子だろうと、一度辺りを見回すが、親らしき人物は近くに見当たらない。  目線を合わせるためにしゃがむと、幼子はキョトンとした顔で結木を見つめる。そしてじわじわと、涙が大きな瞳を覆っていく。 「にぃに、ちぁう……」  舌っ足らずな泣きそうな声で、そんな事を言った。 「……お兄ちゃんを探してるの?」 「ん」 「お母さんは?」 「まま、ないの……」 「家は?」 「わかんない……」  結木は頭を抱えた。交番に連れていこうと思ったのだが、強く服を握っていて離さない。まるで離れる事を恐れるように、幼いながらにしがみついている。  そんな姿を見ていると、幼い頃の自分を見ているようで、胸の奥がざわついた。 「……一緒に来る?」  何故かそんな言葉が出た。結木本人も、何故そんな事を言ったのか分からない。  その言葉を聞いた幼子は、不安そうな顔をしたまま、結木の服にさらに強くしがみついた。 「交番は……」  スマホを取り出して交番の場所を調べようとしたが、幼子は怯えたように服を握り締めた。しかし、今ここで引き剥がしてしまえば、きっと泣いてしまうだろう。それはダメだと、自分の中の何かが言った。 「……とりあえず白峰さんに聞こう」  そう呟いて、結木は幼子を抱き上げた。一度事務所へ戻って白峰の帰りを待つ事にする。少し急ぎ足で事務所へ向かう道中、その幼子は泣きもせずに結木に掴まっていた。 ─── ── ─ 「それで連れてきたの?」 「はい……」  家に帰ると、ちょうど仕事終わりであろう白峰の姿があった。幼子を連れている事への反応は小さかったが、すぐさま理由を聞かれた。  結木は買い物終わりにあった事をそのまま話した。そうすれば白峰は納得はしていない様子だが、理解はしてくれた。 「うん、とりあえず分かった。で、奏斗はその子をどうするの?」 「えっと……、出来るなら親を探してあげたいと……」 「出来るの?」 「え」 「僕が言うのもあれだけど、カプリスの皆は他人に興味が無い。たとえそれが迷子の子供でも」  白峰の言葉に結木は息を詰まらせる。それを実感してるからこそ、白峰の言っている意味を理解できた。  カプリスは何でも屋として人助けをしている。でもそれは依頼として、お金を貰っているからやっている事に過ぎない。 「依頼でもない迷子の親探しに、カプリスとして動くことはできないし、僕も手伝わない」 「っ……、それでも、俺はこの子を助けたい……です……」 「依頼じゃないから報酬なんてないよ?」 「わかってます」 「動くのは君一人だけ。それでもやるの?」 「……やります」 「……そう。じゃあやってみな」  白峰はそう言うと、幼子の頭を優しく撫でた。相変わらずの鉄仮面だが、その瞳は優しく幼子を見ていた。 「いってきます」 「気をつけてね」  幼子を抱えて家を出る結木。こうして何か問題を解決するのは初めてではない。でも、それはカプリスの皆の協力があった。  結木が自分一人の力で解決するのは、これが初めてのことだ。 ─── ── ─  殆ど勢いで飛び出してきてしまった結木。幼子を腕に抱いたまま、とりあえず街を練り歩く。 「探すって言っちゃったけど、どうやって探せば……」  結木はカプリスでも深く依頼には関わらない。帳簿を付けて、金銭のやり取りを管理する。それが結木の仕事だ。  実際に現場に出るのは、以前白峰の依頼について行ったきりだ。 「そういえば君、名前は?」 「かーくん」 「かーくんか……何歳?」 「さんしゃい」  恐らく愛称だろう。この呼び名を頼りに探すにしても、かなり時間が掛かってしまいそうだ。できることなら、日が沈むまでには親元へ帰してあげたい。 「とりあえず、迷子の届出がないか確認しないと……」  一度交番へ聞きに行こうと、足を進める。昼下がりの商店街。人もそれなりに多く、行き交う人を観察する。 「(子供を探してるような人は見当たらないか……)」  結木の目は良い。数字の羅列を毎日見ており、少しの違いも見逃さない。一瞬の情報でも、頭には入っている。 「あの、すみません」  交番へ着くと、かーくんは結木にがっちりとしがみつく。まるで警察を怖がっているようにも見て取れる。 「どうされました?」 「この子迷子みたいなんですけど、探してる人いません?」 「ん〜、迷子の届けは出てないね」 「そうですか」 「本来なら迷子は交番で預かるんだけど……」  警察官が困ったように笑う。意地でも結木から離れないと言わんばかりに、しがみついて離れない。 「これじゃ無理そうだね」 「その……この子が落ち着くまで、俺が一緒にいます」 「頼むね。こっちも親を探してみるよ」 「ありがとうございます」  交番を後にし、もう一度商店街を歩く。何か手掛かりになるような物はないか、子供を探している人はいないか。そう考えて、街ゆく人に声をかけてみる。 「あの、すみません。この子の親を探してるんですが、何か知りませんか?」 「さてねぇ。それらしい人は見なかったと思うよ」 「そうですか、ありがとうございます」  その後も何人かに聞いてみたものの、確かな手掛かりは得られなかった。  休憩にしようと公園のベンチに座り、二人でジュースを飲む。 「(後はどうすればいいんだろう……。聞き込みは不発だし、かーくんに聞こうにも難しいし)」  隣に座ってパックのジュースを一生懸命に飲んでいるかーくんを見て、結木は自然と頬が緩んだ。そんな様子を眺めていると、かーくんのズボンのポケットから、ハンカチが覗いている事に気がついた。 「かーくん、ハンカチ見せてくれる?」 「いーよ!はい!」 「ありがとう」  小さな手でハンカチを取り出して結木に手渡す。それは子供用のハンカチで、恐竜の絵が描かれているもの。そして端には名前を書く欄があった。 「小林海……」 「はい!」 「……かーくんのお名前は海くん?」 「うん!」  一歩前進した。名前が分かっただけでも大きい。少なくとも「かーくん」という愛称しか分からなかった状況よりはずっとマシだ。 「よし、早くお母さん探そうか」 「かーくん、ままないよ。にぃにだけ」 「えっ」  その言葉を聞いた瞬間、結木の脳裏に何かが浮かんだ。古くて小さなアパート。本を読みながら誰かを待つ。昼間だというのに暗い部屋の中。ドアが強く叩かれる。そして───。 「……にぃに?だいじょーぶ?」 結木はハッと我に返った。海くんが心配そうに結木の顔を覗き込んでいる。 「え、あ、あぁ、大丈夫だよ。早くお兄ちゃん探そうか」 「うん!」  海くんを抱き上げようとしたが、次は歩きたいようで抱っこを拒否。なので今回は海くんと手を繋いで歩き出す。 「にぃに!こっち!」  どうやら海くんには行きたい所があるようで、結木の手を引いてずんずんと小さな足で進んで行く。小さな一歩を一生懸命に踏みしめながら向かう先。家は分からないと言っていた。ならどこへ行っているのだろう。 「あれ、こっちって……」  海くんが向かう先には学校がある。もしかして、兄が通っている学校だろうかと思った結木は、海くんに連れられるまま足を進めた。 「に、に!にぃに!」  学校を指さして兄を呼ぶ海くん。兄はこの学校の生徒かもしれない。ちょうど下校時間なのか、校門から生徒が次々と出てきている。 「聞き込みかなぁ……」  海くんの様子から、この学校に兄がいる可能性は高い。生徒に聞き込みをしながら兄を探そうと、結木は足を踏み出した。 「あの、すみません。この子のお兄さんを探してるんですけど……あ、苗字は小林で……」  出てくる生徒に声をかけるが、よくある苗字なのもあり上手くいかない。何人目かの生徒に聞いた時、有力な情報が手に入った。 「あぁ、多分君が探してる小林なら今日は部活だよ。まだ時間がかかると思うけど」 「ありがとうございます!」  時間がかかるという事を海くんにも伝えれば、素直に頷いた。学校からあまり離れていない場所に移動して、座って待つことにする。   ─── ── ─  しばらく待ってみるが、兄らしき人物は現れない。日は段々と傾いていき、空が橙色に染まっていく。海くんは眠そうに目をこすっているが、寝ようとはしない。 「(このままお兄さんが来なかったらどうしよう……)」  自分のした事が間違いだったかもしれないと、急に不安になってくる結木。しかしその不安は、意外にも早く打ち消された。 「海!?」  現れたのは一人の少年。スポーツバッグを持っている事から、部活帰りだというのが推測できる。 「にぃに!」  海くんはお兄さんの姿を見つけると、眠そうだったのが嘘のように兄へ飛びついた。 「良かった……海くんのお兄さんですか?」 「え、あぁ……はい。君は?」 「結木です。少しの間、海くんと一緒にいました」 「えっ!海、おまえ施設抜け出してきたのか!?」 「ぅ……」 「駄目だろ!職員さんたち今頃必死に探してるかもしれないんだぞ!」  少年は海くんと目を合わせるようにしゃがみ、しっかりと叱る。海くんも自分が悪いと分かっているのか、黙って少年の言葉を聞いている。かしこい子だ。 「すみません、ご迷惑をおかけしました」  深々と頭を下げる少年に、気にしなくて良いと結木は首を横に振る。海くんは少年に抱っこされて、今は夢の中だ。 「見つかって本当に良かった。てっきり、お母さんを探してるのかと……」 「……母さんは今はいないんです。帰ってくるまで、僕らは施設で暮らすことになってて」 「帰ってくるまで……?」 「……母さん、捕まったんです」  また脳裏に映像が浮かぶ。誰かに連れていかれる女の人。それを隠れて見ている。出ちゃダメだと言われていた。声を出すなと言われていた。誰かに、抱きしめられていた。 「……あの、大丈夫ですか?」 「えっ、あ、大丈夫です。えっと……理由を聞いてもいいですか?」 「……万引きみたいです。それも何度も……。詳しくは分かんないんですけど」  少年は沈んだ声で話す。腕の中で眠る海くんを優しく撫でながら、言葉を続けた。 「海は、母さんが捕まった事を理解してない。むしろ、警察が母さんを連れていったと思ってます」 「あぁ、だからあんなに警察を嫌がってたんですね」  警察を嫌がっていた理由が分かり、結木は納得する。こんな小さい子が、母親の逮捕なんて理解できるはずがない。ただ「母親はいない」という事実を知っているだけだ。 「本当に今日はありがとうございました」  ぺこりと頭を下げ、少年は帰路に着く。少年の腕の中で眠る海くんは、安心したような笑顔だった。その笑顔を見ていると、胸の奥に引っかかっていた何かが少しだけ軽くなる。 「(見つかって良かった……)」  結木は心の底からそう思った。  そして踵を返して帰路に着く。白峰に自分一人でも出来たんだと伝えたい。そして、褒めてもらいたい。そんな思いを抱きつつ、結木は家へと急いだ。 ─── ── ─ 「おかえり」  結木が家に帰ると、白峰は夕飯の用意をして待っていた。予想通り、今日の夕飯はロールキャベツだ。 「ただいま帰りました」 「どうだった?」 「ちゃんと、家族の所へ帰せました」 「そう。よく頑張ったね」  白峰は結木の頭を撫でた。背丈だけなら、結木はいつの間にか白峰を追い越 していた。それでも結木には、自分が白峰より大きくなったとは思えなかった。 「俺、頑張りました」 「うん。偉いよ」 「……へへ」  撫でられるその手が心地よくて頬が緩んでしまう。こんな情けない顔を見せられるのは、親代わりであり、恩人の白峰だけだ。

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