南江行瀬 / 第4話

人探し

「え、人探し?」 「あぁ、お前が適任だ」  自室でゲームをしていた柊の元に、成瀬がやって来た。手渡した数枚の資料。その資料には、既に依頼主から聞き取った内容が纏められていた。 「"行方不明の息子の捜索"ねぇ……。これ、前みたいに変な勘違いとかじゃないの?」 「少なくとも誘拐犯とかじゃない」 「つまんないのー」  ぐぐーっと座ったまま背伸びをする柊。人探しは苦手な訳ではないが、色々と疲れるのであまり好きではない。  しかしこれは仕事だ。それも社長直々のご指名案件である。期待と信用をされていると、言われずとも分かる。 「んー、OK。やれるだけやってみる」 「頼んだ」  成瀬が部屋を出ていったのを確認すると、今までやっていたゲームを消し、仕事用の画面へ切り替える。  依頼主が探しているのは高校生の息子。3日前に学校へ行ったっきり、帰ってこないそうだ。 「え〜と?学校‪✕‬、友人宅‪✕‬、バイト先‪✕‬、祖父母の家‪✕‬……ん?」  スマホの位置情報は通学路の途中で途切れて現在地は不明。友人の証言では、忘れ物を取りに行くまでは一緒に帰っていたとの事。 「SNSの更新は3日前のお昼で止まってる……。やっぱり何かあったのは放課後……?」  パソコンを操作し、学校周辺の防犯カメラサーバーに入り込んで映像を確認する。  数枚のモニターに映し出される幾つもの映像。柊はそれらを隈なく観察する。気になるものがあれば拡大し、何度も見返す。そんな作業の繰り返しだ。 「おかしい……何も無さすぎる……」  学校周辺は何も無し。不審人物なども居らず、怪しいところは何も無い。本当に何も無いのだ。 「……ん゙〜?」  朝学校へ入る姿、そして夕方学校から出る姿も映っている。しかし少年は家に帰っていない。映像の改ざんの可能性も考えたが、それらしき痕跡はない。 「映像の改ざん……?あたしが分かんない方法でもあるのかな……」  映像は本物。映っている人間も、差し込まれたものではない。  この防犯カメラの映像は、嘘をついていないだろう。 「学校周辺は異常なし……次……」  学校から少し離れた場所にある別の防犯カメラも確認する。大通りに面した道路があり、そこにも少年の姿は映っている。 「……ん?」  柊が気になったのはとある路地。防犯カメラに映るか映らないかの、微妙な位置にあるそれが気になった。  別の日は何も無いのに、3日前だけ何かが映っている。時間を進めてみると、路地の奥から現れた人影が少年に近付くのが見えた。 二人が何か会話をした後、少年は自分から路地へ入っていく。 「これだ!!」  ガタンっと椅子から立ち上がる。ようやく怪しいものを見つけた。あとはこれをハッキリさせればいい。  しかし、カメラの機能には限界がある。これ以上詳しく調べるとなると、現場へ行かなければならない。 「誰を連れていこうかな……」 ─── ── ─ 「で?なんで俺がお前の手伝いしなきゃなんねぇんだ」 「だって他に誰も捕まらなかったんだもん!」  柊に連れてこられたのは黒原。事務所で暇そうに漫画を読んでいた所を捕まえた。  柊は黒原に資料を手渡し、状況を説明した。 「ふぅ〜ん。三日経っても見つかってねぇのか……。それに自分から……そりゃ怪しいな」 「そーなの。で、カメラじゃ見えないから現場に行かなきゃってなったの」 「一人じゃ不安だから、誰か連れて行きたかったってのが本音だろ」 「ざっつらいと!」 「威張るな」  現場へ向かう二人。その間のまるで、遊びにでも行くかのような空気だ。そんな軽い雰囲気ではあるが、話す内容は真剣だ。 「自分から着いてったって言ってたけどよ、勘違いの可能性は?」 「殆どないと思うよ。だって腕を引かれたりしてなかったし、自分で歩いて行ってたよ」 「ん〜……、言葉巧みに誘ったのか?」 「そんなぼったくりバーのキャッチみたいな……」  そんな事を話していれば、現場の路地に着いた。ざっと見た様子では、変わったところはないように見える。 「あたし現地来るのほぼ初めてなんだよねー」 「お前は情報担当だもんな。とりあえず、怪しい物がないか探すぞ」 「あーい」  路地に入り、地面や壁を確認していく。この路地はかなり長く、向こう側の道路はあまり見えない。向こうに何かあるかもしれないと、柊は足を向けようとする。 「おいこら待て。無闇に突っ込むな」 「え〜?でもここ何もないじゃん」 「あるだろ」 「え?」 「これだよ」  黒原が指さした地面。そこには黒く焦げたような小さな跡が、幾つも付いている。全く気が付かなかった柊は、感心したように声を上げた。 「はえ〜。こんな小さい跡にも気付くんだ〜」 「気付けるようにちゃんと見てんだよ。これは多分タバコだな」  焦げ跡を写真に収め、他にも何かないかと辺りを見回す。見つかったのはタバコの吸殻と、空き缶。 「柊、この道路は少年の通学路なのか?」 「寄り道にたまに使うくらいだね。三日以上前は、通ったり通らなかったりしてたから」 「んー……。じゃあやっぱ、このタバコの跡は待ち伏せしてたっつー状況証拠……。さすがに吸殻のDNA鑑定は出来ねぇからなぁ……」  他にも探そうと、もう一度裏路地を観察する。所々にゴミは落ちているが、怪しいものは見当たらない。後は反対の道路だと、二人は裏路地を進んでいく。 「やっぱり誘拐の可能性が高いの?」 「そうだな。それにしちゃ調べすぎな気もするけど」  反対側の道路に出ると、そこは人通りの少ない裏道だった。見たところ、防犯カメラもないように見える。人を攫うには充分な環境だ。 「タイヤ痕は見当たらない……自ら路地に入ったってことは、知り合いの可能性もあるな……」 「じゃあ、人間関係を調べないとだね」 「あぁ、頼めるか?」 「もち!調べるのはあたしの特技だからね!」 ─── ── ─  数日後、少年の周辺を満遍なく調べた柊が、沢山の資料を机の上に広げる。高校の友人、中学の友人、兄弟、親族、近所の人、様々な人物が資料として纏められている。 「この数日でよく調べたな」 「ゲーム全くしなかったからね!」 「……ん?お前今まで仕事の合間にゲームしてたのか?」 「あっ……。いや、今はそんな事どうでもいいでしょ!」  柊はそういうと、一つの資料を指さした。その人は少年の親戚に当たる者で、交友関係も前々からあったらしい。 「この人なんだけど、一応喫煙者ってのも分かってる」 「で、こいつがどうかしたのか?」 「えっとね、この人少年の叔父に当たる人なんだけど、姉……つまり少年の母親と仲が良くないらしいの」 「ふ〜ん」 「で、一応改めて少年の事を調べ直したんだけど……」  柊曰く、少年は母親からネグレクトを受けていたそう。母親は食事の用意や掃除洗濯をせず、毎日外に出ている。少年が居なくなった日も、どこかへ行っていたらしい。 「やべぇ母親じゃん。父親は?」 「母子家庭みたい」  母親についても調べてたらしく、追加の資料もだす。至って普通の人に見えるが、過去に何度か児童相談所からの指導が入っているらしい。  その間、その叔父の所へ行っていたことがあるとか。 「ちなみに失踪当日のアリバイはないみたい」 「……一度その叔父の所行ってみねぇ?」 「そだね。これ、普通の誘拐じゃなさそう」 ─── ── ─  街外れの住宅街。少年の家から車で30分程の距離にある一軒家。ここが叔父の家だ。  黒原がインターホンを鳴らせば、休日なのもあり、すぐに応答があった。 『はい』 「突然すみません。少しお伺いしたいことがあるのですが……玄関先で構いませんので、少々お時間頂けないでしょうか」 『……分かりました』  普段とは全く別人のように話す黒原を見た柊は、驚きで声も出なかった。そんな様子を見た黒原は小さく笑う。  プツリと通話が切れた後、すぐに玄関が開かれた。そこに立っていたのは三十代程の男性。 「何でしょうか」 「実は今、行方不明の少年を探しておりまして。この少年なのですが、覚えはございますか」  黒原が男性に少年の写真を見せる。すると、男性の顔が少し強ばった。しかし恐怖などの感情ではない。何かを決意したような顔だ。 「……その子がなにか?」 「知らないフリなんてしなくて大丈夫です。貴方、この少年とは親戚でしょう」 「……君たちは何者だ?」  さすがに怪しんだのか、男性は少し身構える。それを察した柊と黒原は、落ち着いた声色で話をする。 「私たちは所謂何でも屋です。警察等との連携は全くありません」 「何か事情があるのでしたら、お聞かせ願えますか」  そう言えば、男性は二人を部屋の中へと案内をする。するとそこには、行方不明の少年がリビングでゲームをしていた。  こちらの存在に気付いた少年は、驚いたような、少し怯えたような表情を見せる。 「大丈夫だ。彼らは警察じゃない」  叔父のその言葉に安心した少年は、気まずそうな表情で二人と向き合った。 「なんでここが分かったんですか?」 「調べたからね。君、自分から叔父さんのところへ来たんでしょ?」 「………」 「あの路地にあった痕跡も、事件性を出すために君たちが用意したものだよね。本当は待ち合わせをして移動しただけなのに」 「……どうして分かったんですか?」 「ん〜?だって、誘拐にしては証拠残り過ぎだし、不自然なところもあったからね」  少年は拳を握って俯いた。きっと彼は目的があったんだろう。それが果たせないと分かった今、諦めたように乾いた笑いを漏らした。 「ははっ……。母さん、警察には頼まなかったんだ。まあそうだよな。警察なんかに頼んだら、俺を放ったらかしにしてんのバレるもんな」  曰く、母親の愛情を確かめたかった。叔父に協力を頼んで、誘拐のように見せた。タバコの吸殻も、わざと残したんだと。  結局、母親は自ら探しに行かずに、警察ではなく何でも屋を頼った。 「俺なんか、どうでもよかったんだ……」 「……そうか?」 「どうでもいいと思ってるとは限らないよ」 「は……?なんで?だって母さんは……」 「俺らへの依頼料、いくらだと思う?」 「えっ、……知らないですよ、そんな」 「数十万だ」  その額に少年と叔父は息を飲んだ。少年を探すために、母親は数十万を支払った。それが信じられないのか、少年は小さく首を横に振る。 「うそだ……。だって、だって母さんは俺なんかに興味なくて……」 「君の母親、随分と大変な仕事をしてたみたいなんだ。精神がすり減るような仕事を、毎日」  少年の目が見開いていく。なにか覚えがあるのかもしれない。母親と最後に話したのはいつだ?顔をちゃんと見たのは?寝ている姿を見たか?最後に家にいるのを見たのはいつだ? 「でもまあ、君を放っておいた事実は変わらない。どう考えるかは、君次第だと思うよ」 「一応母親からの依頼は、"行方不明の息子の捜索"でね。もし本当に興味がなかったら、君が居なくなった事にすら気が付かないと思うよ」 「ぁ……」 「どうする?あたし達は依頼達成の報告をしなくちゃいけない。君の居場所を伝えてもいい?」  柊がそう聞くと、少年は小さく頷いた。  それでも家には帰りたくない。そのことを伝えて欲しいと言われたが、二人はそれを断った。 「言いたいことは直接言いなよ」  それだけ言うと、二人は叔父の家を後にした。 ─── ── ─ 「で、その後どうなったんですか?」 「少年は母親へ直接不満をぶつけて、今は叔父さんの家で暮らしてる」 「母親も母親で、今は支援を受けながら生活してるらしい」  二人は結木へ今回の依頼の件を話していた。  母親は昔から生活するためのお金と、息子の学費の為に朝から晩まで働き詰め。精神的に余裕を失っており、今回の事件に発展してしまった。 「まあ、今回は一組の親子のすれ違いに巻き込まれたって話だな」 「ある種の親子喧嘩みたいなもんかな。分かんないけど」  軽く笑っている黒原と柊。この二人は親の事なんて覚えていない。母親の感情も、息子の感情も、二人には全く分からない。 「奏斗くんはどう思う?親の愛情を確かめるために、親戚を使って誘拐に見立てた今回の件」 「……う〜ん。なんとなく、息子さんの気持ちは分かる気がします」 「え、そうなのか?」 「はい。俺だって、白峰さんに放っておかれたら、行方を眩ますかもしれません」  曇りなき眼でそういう結木。しかし二人にはその気持ちが分からなかった。

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