人生平坦道 / 第2話

冒険者として

 アネット=グレイヴァルはグレイシア王国の誇り高き王の娘として生まれ、幼い頃から体術・剣術に心惹かれて鍛錬を絶やさなかった。   齢一五の頃に王国騎士団の加入を果たし周囲の驚きと反発をものともせず、彼女は血と汗にまみれながら甘やかされる事無く更なる鍛錬に励んだ。  赤く束ねられた長髪に切れ長のまつ毛と青いサファイアのような目、鎧の下には透き通るような肌と鍛え抜かれた肉体美があった。  戦場では冷静かつ的確な指揮を執り、仲間の命を守りながら幾度も勝利を重ねた。  次第に「炎髪の王女騎士」として各国に知られ、齢十八にして最年少で騎士団長へと上り詰めたのだった。 「で、アンタここで何してんのよ」  ハァとため息を尽きながらジトっとした目で呆れていた金髪シスターの元へと私は来ていた。 「いやぁ集会場にパーティを募集したんだけど誰も拾ってくれなくて……声をかけても即答で拒否されちゃって……」 「そんなの組まずに一人で行ってくればいいじゃない、ほら夢だったんでしょゴブリンの巣穴に入るのが」 「何でそんなひどいこと言うの⁉ 後それは夢では無いですぅ」   まぁ入りたいのは間違いではないのだが……初めて行く所に1人で入るなんて怖いじゃないか。  一体中で何が待ち受けているかなんて分かった物ではない。「まぁようこそいらっしゃいました、お茶でもご用意しますね」と歓迎されるのもそれはそれで嫌ではあるが。 「アンタがどうなろうがこちとら知ったこっちゃないけどね」  祭壇に両足を組みながら乗っけている、このなんとまぁ罰当たりなショートカットの金髪シスターはセラフィーナ=ヴァルティア。  私はセラと呼んでおり、赤く鋭い切れ長のつり目は常に何かを睨みつけているように見える。  その表情にはシスターとしての温もりと包容を感じさせることは無く、慈愛に満ちているとは口が裂けても言えなかった。  微笑んだ姿はまるで獲物を仕留めた虎のように赤い瞳が光り、自身の自負と愉悦を表している。  背筋をピンと張った姿は服から浮き出る丸みを拒んだかのように、無駄のない直線と引き締まった輪郭で成り立っていた。  いわゆる『女性的な柔らかさ』と呼ばれるものが、そこにはなかったが凛とした空気をまとう姿は、まるで鋼でできた意志の象徴のようである。 「てめぇ今私の胸を馬鹿にしたか? あ"んっ?」  今の言葉と態度と同様、私のモノローグにまでズカズカと土足で入って来る遠慮の無さはいっそのこと清々しいとさえ思う。そんな青筋を立てるものでもないだろうに……。  このように何かにつけて因縁をつけてくる目の前の女は、自身のコンプレックスに関してであれば口に出さずとも敏感に感じ取ってくるのだ。  上目遣いでこちらを見ているその顔は恐らく私を含め誰が見てもドキッとする表情だった。  背筋が凍り脈拍が早くなる、何故バレてしまったのか、まるで証拠があがり尋問されている犯罪者の気分である。 「胸の大きさなんて傍から見たらどうでも――パンッ! あひぃッ!」  この女は老若男女問わず自身の逆鱗に触れた者に対し張り手を繰り出すのだ。  何とまぁ見境の無い女か、ヒリヒリと頬に熱が残っていたがまるで何事も無かったかのように暴力シスターは話を続けた。 「まぁアンタの顔はこの国に知れ渡ってるからねぇ、大怪我なんてさせてしまった日には死刑にされかねないもんね」 「むぅ、寧ろどんと来い! って感じなんだがなぁ……」 「だから一人で行って来いって言ってんでしょうよ、もう一ヵ月になるから! 騎士団を辞めてここに入り浸ってるの」 「いや初めてのクエストを一人で行くのは無理だろ……、どんな所か分からないし怖いし……」 「いやあんた元騎士団長でしょ⁉ 初めていく飲食店みたいなもんよ、入ってみたらきっとアットホームよ」 「そんなゴブリンの巣穴嫌なんだけど……、なぁお願いだ一緒に来てくれ」 「嫌よ、こちとら宗教勧誘で金を巻き上げるのに忙しいんだから」  何てことをぶっちゃけるんだこいつは……。  ちなみにコイツの宗教勧誘は他人様の家に訪問し「宗教に興味ありませんか?」等といった生易しい勧誘ではない。  怪我や病気、呪いの類を無料で治し、その代わりに宗教への入信させる。恩を分かりやすい形で売り、骨までゆっくりとしゃぶり尽くすのだ。道徳心など恐らく生まれた時から存在しないのだろう。  以前にセラが「あ~ミサめんどくせぇ、金だけ置いて十秒くらいで帰ってくれねぇかなぁ」と言っていたのを思い出した。人としての在り方すらも忘れているこいつに神のご加護などあっていい筈が無い。 「幼馴染の友情と金、お前はどちらが大事――」 「金ね、当たり前じゃない。それと今月の友達料金貰ってないのだけど?」  食い気味に答える辺りにはむしろ好感が持てる。例え答えが決まっていようとも少しは悩む素振りをするものではないだろうか。後、友達料金等今の今まで払ったことはない!  そうこうしているうちにまた一日が終えてしまうと思っていたがノックをした後に一人の少女が入ってきた。 「紅茶が入りました~、お姉さま少しばかりお話を聞いて上げてはどうでしょうか?」  ノエル=ヴァルティア。セラの弟(?)である。  肩まで伸ばした手入れの行き通った淡い金髪とどこか大人びた余裕のある赤い瞳をした十歳の気立ての優しい少女は困っている人を見つけるとすぐに手を差し伸べる。  まるで陽だまりのような存在であり、本来セラに宿る筈だった善なる心は全てこの子が吸収してしまったのではないかと思う程だ。  欠点と呼ばれるものは見当たらないが、強いて言うのであれば少女にしか見えない容姿であろうか、誰がどう見ても女の子にしか見えない……。  まぁそんな事はどうでもいいか。 「いつもありがとうね~、ノエルの頼みだったらお姉ちゃん何でも聞いちゃうわよ」  セラがぎゅっと抱き寄せ頬ずりをしている。少しばかり溺愛し過ぎでは無いかと思うところもあるが、まぁ分からなくも無い。だが何をどうすればこんな極悪人のような姉と聖人君子が生まれるのだろうか。 「お前は本当に姉とは違っていい子だなぁ。元気そうな姿を見れて嬉しいぞ」 「はぅ……」  逆側から同じ様に抱きしめると顔を真っ赤にして俯いた、からかい甲斐がある可愛い子だなぁと思いを巡らせる。 「じゃあ今回だけ特別に一緒に付いて行ってあげるわよ、めんどくさいけど……」 「よし来た、これを飲んだらすぐ行くぞ」 「まず放してくだしゃぃ~」  紅茶を一気に飲み干し早く行こうと言わんばかりにセラを急かす。  だがセラはゆっくりとノエルの淹れた紅茶を|嗜《たしな》んでおり一口飲むごとに目に涙を浮かべ、うんうん頷いていた。  結局その場から立ち上がるのに三十分掛かった。二杯もおかわりしやがって、絶対わざとだコイツ。  クエスト集会場。  2階は宿屋、地下には酒場が連なっており1日中冒険者や町人達が入り浸っている。  地下は吹き抜けとなっており大声で笑う男たち、店の奥でカードを広げている年寄りたち、カウンターでは疲れた旅人がひとりグラスを傾けているのが目に見えた。  セラは待機室の片隅にあるカウンターに腰を下ろし気だるそうな表情で頬杖を付く。 「さっさと選んで来なさいな。早めにで終わるものにしてよね」 「あぁ任せろ、とっておきの物を選んでくるからな!」  そう言って胸に沸きあがる衝動を抑えながら私は掲示板の元へと駆け出した。  さぁて何を選ぼうか。  簡単すぎず難しすぎない、かつやりがいのある私の求める依頼を選びたい。   結局かれこれ三十分経過しセラの元へと戻ると、足下には赤い血溜まりが垂れていた。
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