人生平坦道 / 第3話

うざッ!

 あの子がカウンターから席を立ち、クエストを選びに行ってから1分も経たないうちに、他のパーティらしき人物が続々と私をパーティにと誘ってきやがった。   クエストにおいてヒーラーは希少で重宝する、回復や補助魔法を使える者はいるだけでパーティ全体の生存率を上げることが出来る。後衛が機能することで前衛が迷いなく敵に飛び込んで行くことが出来るから……。  あぁ……なんとまぁ|鬱陶《うっとう》しいことこの上ない。  聖職者の風貌をしていれば、とりあえず声をかけるのは冒険者からしたら当たり前の事かもしれない。  それほど冒険者にとっては必要不可欠とも言える後衛役……知ったことか。  私は頬杖を付き、窓の外を眺め、話しかけられても顔をそちらに向けることも無く無視をする。しつこく話しかけて来るようであればそのまま目を合わせること無く中指を立てて追い返した。   何人かはそれで沈んだ顔をしながらそそくさと踵を返したが、それに腹を立てて因縁をつけて来る者もいた。 「おいおい姉ちゃん、舐めた真似してくれるじゃぁねぇか、えぇおい!」 「………。」  チラリと横目で声のした方向を見ると、厳つい顔をしたリーダーらしき巨漢の男が大声を出しながら近づき、その後ろに並ぶよう三人の取り巻きが立っている。  辺りにはさっきまでのざわつきが無くなり訪れる静寂。あぁ……なんて面倒臭そうな空気を作りやがったんだこいつらは……。 「おい聞いてんのか⁉ てめッうぼぉおおッ!」 「「「……えぇえええええッ⁉」」」  後ろの取り巻きは一体何が起きたのか分からなかったのか大げさに驚いた声を上げている。  私はただこの男の顎を|蹴《・》|り《・》|上《・》|げ《・》|た《・》だけだというのに。  巨漢の男は真上に吹き飛び天井に上半身が突き刺さっている。そしてピクピクと|痙攣《けいれん》をしたまま動かない。  昼から盛っていたのか若い男女の叫び声が2階から木霊した。  プライベートの空間に床から急に気を失っている大男の顔だけが飛び出してきたら無理もないかもしれないが……ざまあ見やがれと言ってやりたいわ。 「汚ぇ顔を近付けられたら不愉快にもなると思わない? なぁお”い」  睨みつけるように細めた目を取り巻き達に向ける。 「「「すっ、すみませんしたぁ!」」」  巨漢の男を助けることなく取り巻き達は集会場から走り去っていった。  それから少しばかりして足音を立てながら怒った女と、頬に赤い紅葉を付けた半べそを掻いた男が店を出て行くのを窓から見た。  さっきまでのイライラはどこへやら、今は何だか非常に気分がいいわ。   * * * 「あれ、こんなオブジェ前からあったっけ?」  ようやく帰ってきたあの子が素っ頓狂な顔をしながら言う。  んなものあってたまるか! と喉まで出かかったが、口にしたら負けかと思ったので私は何も言わないことにした。脳天気というか何というか……やっぱこいつ阿呆ね。   「えらく時間掛かったじゃない、面倒臭そうなの選んでないでしょうねぇ」  ぷら~んと僅かに揺れ動く天井から突き出た足。それをチラチラと視界に入れながらこいつの表情を見る。ハァハァと何故か興奮したように漏れ出る呼吸を荒立てており、正直嫌な予感しかしない。 「ふっふっふ。見ろ! このクエストを受けるぞ!」 「シベリアの森のあるエルフの村の調査? あんたにしては何だか普通ね」  依頼内容はエルフの村の村長から報告書の受け取り。  村の様子や近隣に何か変わった事が無いか、必要な物品や魔物の討伐依頼の申請が魔法で記載された報告書を持ち帰りクエスト集会場に提出するといった内容。  正直拍子抜けだわ。  てっきりゴブリン退治だとか、マンイーターの駆除とかそういうのを持ってくると思っていたから……。  だが瞬時に何かが引っ掛かる、何故か紅潮しているこいつの顔、何もない訳がない……。  その予感は当然の如く的中した。私が口を開こうとした瞬間、声を荒げながら聞いてもいないのにこいつは指を差しながら説明をし始めた。 「おい! ここをよく見ろ! 【3日程前からオークの集団が出入りするのを目撃している為エルフとの関係性を報告されたし】と書いているだろ!」  オーク。大柄な体格に、厚い筋肉と灰緑色の皮膚。  顔には獣のような鼻梁と牙を備えており知能は低いがここ数十年でハイオークに進化した者が多く現れ言葉も流暢に話すことが出来る。  市民権も獲得し冒険者の仲間や土木作業では非常に戦力になっていると聞く、王都内でも見かけることは多く威圧感こそあれど他の人間と比べると頼り甲斐のある風貌ではある。  だから……何? 「はぁ……、まぁちらっとだけ見て、見たまんまを報告したらいいんじゃないの?」  くっそどうでもいい、興味ないわぁ……マジで。  言葉に出していないが私の思いはどうやら顔に出ていたようで、この子の気に障ったようだった。  ならいっそのこと口に出してしまおうか。 「どうでもいいわ、そんなの。興味ない、だるい、めんどい」 「はい出たーセラの悪い所! もう全部言う、思った事! この社会不適合者めッ!」  うざッ!  何故だろうか、こいつのテンションが上がれば上がるほど私の気分は落ちていくのよね。多分今までの積み重ねなんだと思う。そして今回もそう、きっと面倒臭いことになる、私のセンサーがそう言ってる。 「で、何? アンタは何でそんな興奮してんのよ」 「馬鹿か貴様は! エルフの村にオークの集団が来てしまったらどうなるか、することは1つだろ、蹂躙だ。恐らく必死に抵抗したエルフたちだが数の暴力の前では無力だったのだろう、村は酒池肉林と化し凌辱の数々……このクエストはきっと何とか逃げ延びたエルフの助けの呼び声に違いない!」  違いないんだと何度も頷く阿呆。その姿に苛立ちを覚え、つい舌打ちをしてしまうが無理もないでしょうよ。 「チッ……そんな重大な事が起きたら普通騎士団が動くでしょうよ。」 「すぐに動けるのが冒険者の特権だからな、あいつらは動くにしても準備を期してから動くので時間が掛かるんだ。いつもそうだ、『あっ終わってました? 了解っす。』何度これを見てきた事か!」 「それだったら緊急クエストとかにするわよ、クエストの掲載日を見たら一週間前じゃない、少なくとも十日前からオークが村を出入りしていると思うけど?」 「豚共の性欲を甘く見るな! 一年中発情しているような奴らだぞ、今もなお助けを求めているに違いないんだ。」 「それこそ騎士団のように軍隊で出向く必要があ――」 「うるさぁあああい! 助けを求める者に手を差し伸べず騎士を語れるかッ! 仮にもしエルフとオークが和気藹々としていたら私がそこを血の海に変えてやる!」  もはや何を言っているのか|支離滅裂《しりめつれつ》。  駄々っ子のようにこちらの反論に応じようともせず声を荒げている様子は滑稽ではあるが、付き合う分には精神が|擦《す》り減らされる。  ぶん殴ってもいいが、それを組み手の合図だとこの阿呆は勘違いをしてしまうのだから|質《たち》が悪い。しかも今回はこいつを手伝うことを約束してしまったし……。  結局の所こちらが我慢するしかない。 「何だその目は。仲間に向ける目じゃないぞ、それにその歯軋りと握った拳……そうか……どうやら私の思いがお前にも通じたようだな」  んな訳無いだろ、ハッ倒すぞお前。   「もういいわ、じゃあさっさと行くわよ。」 「ああ、準備が出来たら城門前で待っててくれ。」  震える声を抑えながら一旦別れ集会場を後にした。  ちなみに天井の請求書はオブジェとなっていた大男に請求された。男は膨れ上がった顎に大粒の涙を滴らせ、小さく嗚咽を漏らしていたらしい。
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