逸漣 / 第4話

4.新月の夜の片想い

 ラーが来なくなって三日。確かに魔物をたらふく食べて満足していたから、神殿に来る必要はない。供物も毎日ある訳でもない。  ルカは、もふもふしたラーの手触りに飢えていた。  艶々サラサラとしたあの髪、細い手足。満腹のぽっこりお腹。ああ、温かい……可愛い……  ルカは神殿の窓にかかる三日月を眺めていた。  また数日待っても、ラーは来なかった。三日月は細くなっていき、とうとう新月になった。  約束している訳でもない。ラーを飼い慣らした訳でもない。  来ないのが普通で、来てくれる日が特別なのだ。ルカは自分に言い聞かせる。  気分を変えるために、神殿の水溜まりの上、四万ヘルツの響きを奏でて舞う。  魔物を追い払う為のダンス。ルカの足先が水溜まりを蹴り上げ、雫が舞う。  雫が着水すると、小さな波紋がルカを中心とした大きな波紋に花を咲かせるように散り、華やいだ音を立てる。  月のない夜には、この儀式をすることもあったな。しばらく、ラーのことで頭がいっぱいだったルカ。ちゃんと仕事をしよう。日常を取り戻そう……  沈んだ心が少しだけ上向いた気がした。  祭壇に登り、身を横たえるルカ。祭壇の端には、この間の鹿のような魔物の革をなめして、柔らかなスエードのクッションを置いていた。  硬すぎず、沈みすぎず……ラーが丸まっても全身が乗るような大きめの楕円のクッションを作った。  そこにラーが眠ることを想像してはほくそ笑み、ルカはひと針ひと針、丁寧に縫ったのだった。  夜明けの散歩に行き、夜の帷を開けていく。  朝日と共にルカは眠りにつく。  しばらくすると、ルカは足音で目が覚めた。八百ヘルツ……ラーじゃない。  見ると人間の子供が二人、水溜まりの神殿を走り回っていた。神殿に入っちゃダメだと大人に言われているだろうに。好奇心旺盛だなぁ。  彼らからルカは見えない。しかし、なぜだか祭壇には登ろうとはしない。何か、大きな理解できない存在を本能で感じるのだろう。  水溜まりを蹴って、友達に水をかけても、祭壇にかけることはない。供物に手を出すこともない。  しばらく遊んだあと、入り口でぺこりと頭を下げて二人は神殿を出て行った。 「良い子ね……ちゃんと挨拶できるなんて。ラーも挨拶してくれないかしら」  本当は挨拶なんかいらない……顔が見たい。  ルカは神殿を出て森の中を散歩した。夜の神が昼間に散歩なんて……日の神が驚くかしら。大したお邪魔はしないわ、少しラーを遠くから見たいだけ。  木の股の穴蔵に住んでいた子猫はもう成猫くらいに大きくなっていて、ラーはネズミの取り方を教えていた。  ルカはラーを一目見ることが出来て、満足して神殿に帰る。  良かった……元気だった。  ルカはラーを飼い慣らしたい訳じゃない。檻に閉じ込めるなんてもっての外。  会いに行って、ラーの世界に介入したい訳でもない。  ただ……たまに会いに来て欲しい。  時々でいい。  もふもふしたい。  安堵と孤独を抱いて、神殿の水溜まりに足を入れる。四万ヘルツが響く。  ルカだけの音。孤独の音。  ルカはスカートを握る。  昼間のルカはあまり力がない。  森を歩いただけで少し疲れた。祭壇へ倒れ込む。  夕暮れ時、目を覚まして……そろそろ夜の帷を降ろしに行こうとすると、ラーがルカの足元に丸まって眠っていた。お供物は全て食べられていた。 「ラー、来てたのね。お腹いっぱいなの?クッション……あまり気に入らなかったかしら?ヨシヨシ」  ルカはラーの髪を撫でる。  ラーは気持ちよさそうに寝息を立てていた。  ルカはラーが起きぬようそっと、祭壇を降りて村の周りを急いで歩き、夜の帷を降ろしていった。  早く、早く!ラーが帰っちゃう前に早く帰らないと!  村では「もう秋ね、日の入りが早くなってきた」なんて声がしたとか、しなかったとか。

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