逸漣 / 第6話

5.夜の帷を降ろすために、ラーと共に歩く

 あと少ししたら、夜の帷を降ろしに行こうと、目を覚ますと足元にラーが丸まっていた。 「今日も来てくれていたのね、嬉しい」  ルカは喜び、ラーの髪を撫でた。  ラーは目を覚ましてしまった。 「ごめん、ごめん。今から帷を降ろしに行くから待ってて。お供物があるかもしれないわ」  ラーは爪を立てて、ルカのスカートを掴んだ。 「……一緒に行く?」  ルカの目を見つめて、頷くラー。 「あぁ……尊い。……可愛い」  ルカが立ち上がると、ラーも立ち上がる。スカートを掴んだまま、祭壇を降りた。二万四千ヘルツと四万ヘルツが奏で合う足音。波紋が広がり壁で跳ね返りキラキラと音が反射する。 「ごめん……胸が……苦しい……|嬉死《うれし》しそう!」  ラーはルカがぶつぶつ言っていることなど気にせず、不思議な音楽を楽しんでいた。ラーがわざと強く『パシャン』と足音を立てた。小さな足の可愛らしい音がリズムを変えた。  それに応えて、ルカはクルリと回る足音を二回立ててラーの大きな足音に花を添えた。  ラーは喜んで四つ足で神殿を一周する。それに合わせて、ルカは真ん中で下弦の月の舞を踊った。  水飛沫が波紋を作り、魔法陣になって光る。いくつもの魔法陣が重なっては消えていく。 「あ、早く行かないと夜が来ないって村人がまた神事を始めちゃう!」  ラーは走ってルカについて来た。 「一緒に行ってくれるの?」  ラーはこくんと頷き、ルカの手を握った。 「やば……こんなに幸せでいいの?やば!やば!」  蕩けた表情のルカは夜の神。ルカの髪の毛が夜の帷を降ろしていく。  片手はラーの小さな手を握っている。  あまりに嬉しくて、ルカは鼻歌を歌った。 「ルールルーラーラー、ルールーラー」  ラーは呼ばれたと思い、「ニャー」と鳴いた。 「あ、もしかして……返事してくれたの」  こくんと頷くラー。 「ありがとう……嬉しいわ。お返事してくれたのね。お肉、お供物してあるといいね」 「ニャー」  じんわりとルカの瞳に雫が溜まる。温かい雫。  手にも温もり。魔物を殺して食べる時と違う、優しい温度。  村を一周歩き終えると、ちょうど女神像の前。  今日は魚と果物がお供えしてあった。 「ラー、お魚三匹あるよ。持って帰る?」  ラーはこくんと頷く。子猫たちにもあげたいラーの優しい気持ちを汲んで、ルカは魚を渡した。  大切に魚を抱きしめて森に走っていくラー。 「またね」   ルカは少し寂しそうに眉を下げて、スカートにお供え物を乗せ、神殿に向かう。  さっきの賑やかな音は無く、四万ヘルツの足音が更に寂しく聞こえる。  この前まで、こんな気持ちを知らなかったのに……前より楽しくなったはずなのに、ラーが帰って行くと、会う前より寂しくなってしまうなんて。  ルカの涙が、五万ヘルツの波紋を起こした。外は大雨。五百ヘルツが全てをかき消して行く。  祭壇に横たわると、さめざめと泣き続けるルカ。大雨は嵐になり、葉はざわめき、木の枝が折れる音がした。  泣き疲れたルカは夢を見た。まだ神になる前の姿。ルカは猫の姿をしていた。  人間に飼われて、撫でられていた。  気持ちがいい……こんな記憶、あったのかしら。何千年前?覚えていないのに、何故だか懐かしくて柔らかい気持ち。  嵐が止み、帷を開ける時間にルカは目を覚ました。 「なんだか……すごく良く眠ったわ」  起きようとすると、スカートを踏んでラーがルカの腕の中で眠っていた。  雨でずぶ濡れのラーと、子猫が五匹、ルカのスカートに雨を吸い取られサラサラになっていた。 「……まさか子猫たちも連れて来てくれたの?」  子猫たちはラーのためのクッションに乗り、二人が夜の帷を開けに行くのを見送った。 「嵐だったから、心配して来てくれたの?それとも、避難しに来たの?」  ラーは微笑むだけで、ニャーとも鳴かなかった。  ラーがいない夜を数えない。ラーといる今を喜んでいこう。そう思いながら、ルカの髪は夜の帷を開いていく。  月が朝日に隠れていく。  大丈夫、ルカの月は……ラーの目の中にある。  ──過不足はない。  澄んだ空気がルカを包んでいた。

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