芦名 雅 / 第3話

第三話 吾輩、王太子の勘違いを見抜く

 王太子アルディオンという男は、見た目こそ立派だが、吾輩に言わせれば、かなりの間抜けである。  その日、彼はセレスティーヌの部屋を訪れていた。  珍しいことである。 「先日のことだが」 「何のことでしょう」 「リーゼを庇ったという話を聞いた」  セレスティーヌの肩が、ほんの僅かに強張った。  吾輩にしか分からない程度の、微かな動きである。 「誤解ですわ。あの場を収めなければ、殿下の評判に傷がつくと思っただけのこと」 「そうか」  アルディオンは、あっさりとそれを信じた。  実に単純な男である。  だが、彼が部屋を出た後、廊下で足を止めるのを、吾輩は見た。 「――評判のためだけ、か」  彼は少しの間、閉じられた扉を振り返った。  それから小さく息を吐き、去っていった。  どうやらこの男、間抜けではあるが、完全な鈍感でもないらしい。  もっとも、半分気づいて半分勘違いする人間が、一番面倒である。  猫なら「分からぬ」と思えば寝る。王太子は寝ずに考え、考えた末に妙な結論へたどり着く。実に非効率的だ。  その夜、吾輩はセレスティーヌの机の上に、書きかけの手紙を見つけた。 『リーゼ様へ。先日は、心無い態度をとってしまい――』  そこで筆が止まっている。  屑籠には、破り捨てられた便箋が幾つも溜まっていた。 『誤解をさせたことを――』 『別にあなたを心配したわけでは――』 『学費の件は――』  そこだけは、他の便箋よりも強く線が引かれていた。  おそらく書いてはいけない秘密なのだろう。善行を隠すことに関してだけは、この娘は一流である。  どれも途中で破られている。  どうやら、優しさを言葉にするというのは、この娘にとって世界で一番難しい作業であるらしい。  吾輩は屑籠の中の便箋の一枚に香箱座りをして、動かないでいてやった。  せめて、これ以上は書き損じを増やさぬように。 「ルシフェル。そこ、屑籠なのだけれど」  知っている。  だから座っているのである。  しばらくすると、扉の下から一枚の小さな紙が差し込まれた。 『今日は、ありがとうございました。――リーゼ』  たったそれだけの短い礼状だった。  セレスティーヌはそれを三度読み、何でもないような顔で引き出しへしまった。  その引き出しを、その夜だけ四度も開けたことは、本人の名誉のため黙っておこう。

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