芦名 雅 / 第2話

第二話 吾輩、貴族社会の茶番を観察する

 翌日、吾輩はセレスティーヌの従者に連れられ、王城の庭へ出かけることになった。  貴族というものは、猫を連れて歩くことすら見栄の一部らしい。  吾輩としては迷惑千万だが、屋敷の窓辺ばかりより、外の空気を吸えるのは悪くない。  庭では、リーゼという平民の娘が、貴族の令嬢たちに囲まれていた。 「殿下に色目を使うなんて、はしたない」 「本当に、育ちが知れますわね」  リーゼは唇を噛み、何も言い返さなかった。怒っているというより、どうしてよいか分からぬ顔である。  囲む側は三人。囲まれる側は一人。猫の世界なら、とっくに毛が逆立っている場面であった。  囲んでいるのは、セレスティーヌではない。別の令嬢たちである。  だが、セレスティーヌが以前リーゼに冷たい言葉をかけたという噂だけが独り歩きし、彼女がまるで首謀者であるかのように語られているらしい。  人間は事実より噂を好む。猫は日向を好む。どちらが賢明かは考えるまでもない。  セレスティーヌは、その輪の外からじっと様子を見ていた。 「――おやめなさい」  彼女がそう口にした瞬間、令嬢たちが一斉に振り返った。 「あら、セレスティーヌ様まで加わりに?」 「いいえ」  セレスティーヌは、いつもの通り表情を変えずに言った。 「これ以上は目に余ります。おやめなさいと言ったのです」  令嬢たちは一瞬呆気にとられ、それから何やら含み笑いをしながら去っていった。 「まあ。ご自分だけ綺麗な役に回るおつもり?」  去り際、一人がそう囁いた。  セレスティーヌは聞こえなかったふりをしたが、吾輩の耳にはよく聞こえた。あの噂が勝手に生まれたのではなく、誰かに都合よく育てられている――そんな嫌な臭いがした。  残されたリーゼは、不安そうにセレスティーヌを見上げた。 「あなたを庇っているように見えたのなら、心外ですわ」 「でも......ありがとうございました」  リーゼが小さく頭を下げる。  その瞬間、セレスティーヌの目がわずかに泳いだ。  礼を言われることを想定していなかったらしい。戦場へ丸腰で放り込まれた兵士のような顔である。  セレスティーヌはそう言い残し、踵を返した。  リーゼは、その背中を不思議そうに見つめていた。  吾輩は、二人のやり取りを木陰から眺めていた。 ――庇っているように見えたのなら心外、とはよく言ったものである。  庇っているように見えなければ、何だと言うのか。  人間というものは、優しさを素直に差し出すことすら、これほどまでに不器用にできるものかと、吾輩は半ば感心していた。  その日の帰り道、セレスティーヌは誰にも聞こえぬよう、小さく呟いた。 「......あの方たち、もう少し言い方というものがあるでしょうに」  吾輩は思った。  お前が言うな。  その日の夜、吾輩は珍しく彼女の枕元ではなく机の上で眠った。  何となく、この頃の王都は落ち着かない。人間の噂というものは姿が見えぬくせに、獣よりよほど臭うのである。

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