芦名 雅 / 第8話

第八話 吾輩、行動で示す

 その日を境に、吾輩は一つの決意をした。  言葉で語れぬのなら、行動で示すしかない。  セレスティーヌが寄付金の記録を調べ始めると、吾輩は毎晩、書庫のある一角――かつてグレゴールの手先が漁っていた棚――に居座るようになった。  一日目。 「ルシフェル、そこは埃っぽいわよ」  無視した。  二日目。 「お気に入りの場所でもできたの?」  違う。  三日目。 「......そこに、何かあるの?」  ようやくである。  人間というものは、察しが悪い。  もっとも、猫が棚の前に三日座っただけで国家的陰謀を察しろというのも、多少無理があるかもしれない。  多少だけである。  セレスティーヌが根負けしたように棚を調べ始める。  古い帳簿を一冊ずつ取り出し、裏板を叩き、棚の奥へ腕を伸ばした。  やがて、小さな音がした。 「何かしら」  古い帳簿の奥から、封をされたままの一通の手紙が出てきた。  正確には、棚の背板と壁のわずかな隙間へ押し込まれた革袋の中に入っていた。  誰かが「隠した」のは明らかである。単に片づけ忘れた書類ではない。  差出人は、すでに亡くなった先代宰相。  セレスティーヌは封を開き、文面を読み進めるうちに、みるみる顔色を変えていった。  手紙には、グレゴールが十年前に横領した公金の記録と、それを揉み消すために、当時のヴォルフレイム公爵家を利用した経緯が記されていた。  ただし、手紙一枚ですべてが決まるほど世の中は単純ではない。  同封されていたのは、複数の商会への送金額を書き写した控えと、王都の会計番号の一覧だった。  先代宰相は疑いを持った段階で、証拠の写しをヴォルフレイム家へ預けていたらしい。だが政変の混乱で封印され、そのまま家の古い記録に埋もれていたのである。  当時まだ若かったセレスティーヌの父は、偽の帳簿を掴まされ、事情を知らぬまま署名だけを利用されていたらしい。手紙の端には、先代宰相の字で「ヴォルフレイム家は、この件を与り知らぬ」と、わざわざ書き添えられていた。  セレスティーヌは、ふと顔を上げた。「……父が、近年になって古い会計記録の再調査を始めていたわ。そこから十年前の横領へ辿り着かれるのを恐れて、今になってわたくしたちを黙らせようとした……?」  公爵家そのものの信用を失墜させ、調査能力を奪う。  さらに王太子との婚約まで切れてしまえば、王家へ直接訴え出る道も細くなる。  悪評には、名誉だけでなく発言力まで奪う働きがあるらしい。人間は便利な武器を作るものだ。  そのために最も都合がよかったのが、王太子の婚約者であるセレスティーヌだったのだ。 「わたくしの婚約破棄は......この横領を隠すための、目くらまし......?」 「......でも、これだけでは足りないわ」  セレスティーヌは震える指で手紙を机へ置いた。 「先代宰相の書状が本物だとしても、十年前の横領と、わたくしを陥れた件が直接繋がっている証拠はない。王都で裏を取らなければ」  吾輩は少し感心した。  追い詰められてなお、都合のよい証拠へ飛びつかない。こういうところだけは、実に公爵令嬢らしい。  セレスティーヌの声が、微かに震えた。  吾輩は彼女の膝によじ登り、真相へ繋がる手紙の上に、そっと前足を乗せた。 ――その通りである。  セレスティーヌは吾輩を見た。 「あなた、本当に分かっているみたいね」  当たり前である。  吾輩を誰だと思っている。 「ルシフェル、ただの猫じゃないのかしら」  ただの猫である。  そこは誤解しないでもらいたい。  ただし、普通の猫より少しばかり賢く、少しばかり美しく、そしてかなり役に立つ猫ではある。

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