芦名 雅 / 第13話

第十話 吾輩は悪役令嬢の猫である。断罪はまだない

 グレゴールの企みが暴かれ、セレスティーヌの名誉は回復された。  王家からは、婚約を正式に復活させたいという申し出もあった。  一度は破棄したものを、間違いでしたから戻します――で済ませたいらしい。  王家の都合というものは、猫の寝床より頻繁に形を変える。  だが、セレスティーヌは即答しなかった。 「殿下との婚約は、また改めて考えさせていただきます。今は、片付けねばならない仕事が山ほどありますので」 「橋も、用水路も、今年の収穫も。わたくしがいないと困る人たちが、領地にはおりますから」  言ってから、セレスティーヌは少しだけ目を伏せた。  どうやら「必要とされている」と自分の口で認めるのは、まだ少し照れるらしい。  そう言い切る彼女の背中を、アルディオンは追いかけようとして、思いとどまった。 「......あの人は、変わったな」  王太子の呟きに、そばに控えていたリーゼが静かに首を振った。 「変わったのではありませんわ、殿下」 「リーゼ?」 「あの方は、最初から、ああいう人だったのだと思います」 「ただ、わたしたちが、分かりやすい悪役を欲しがっていただけで」  リーゼの言葉に、アルディオンは長いこと答えなかった。  吾輩には、その沈黙の方が下手な反論よりよほどまともに思えた。  吾輩は窓辺でその会話を聞きながら、欠伸を一つした。 ――その通りである。  人間どもが、ようやくそれに気づいただけのこと。  もっとも、リーゼもすべてを知ったわけではない。  自分の学費を匿名で払い続けていた人物の名を、セレスティーヌはいまだ明かしていない。  そして、たぶん一生明かすつもりもないのだろう。  リーゼは今でも「どこかの篤志家が助けてくれた」と思っている。  その篤志家が、礼を言われると逃げるように部屋へ引っ込む公爵令嬢だとは夢にも思うまい。  難儀な女である。  領地に戻る馬車の中、セレスティーヌは吾輩を膝に乗せ、久しぶりに心から安らいだ顔をしていた。  窓の外には、穏やかな田園が広がっている。 「ねえ、ルシフェル」  彼女は外を眺めながら言った。 「わたくし、まだ悪役令嬢のままなのかしら」  吾輩は答えない。  答えられない。  だが代わりに、大きく一つ伸びをして、彼女の膝の上へ丸くなった。 ――さあ、それはどうだろう。  そもそも悪役などというものは、誰かが勝手につける役名に過ぎぬ。  猫には役名も爵位も関係ない。  吾輩にとって、この娘はただ、少々面倒で、不器用で、放っておけない飼い主である。  世間が何と呼ぼうと、それ以上でもそれ以下でもない。  役というものは舞台の外へ出れば終わる。だが、飼い主は餌をくれる限り飼い主である。  これはきわめて重大な違いだ。  もっとも、この理屈を人間に説いたところで、大方は真顔で聞き流されるであろうことも、吾輩は承知している。  人間とは、かくも肝心なことに限って、猫の言葉を聞かぬ生き物である。  それで十分ではないか。  少なくとも。  断罪される予定は、今のところ、まだない。 (了)

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