芦名 雅 / 第14話

番外編 吾輩、真の発明品と出会う

 数ヶ月後。  領地の館に、一台の豪華な馬車が乗りつけた。  降りてきた女を見て、吾輩は久しぶりに耳を立てた。  あの「マヨネーズ」の女中――もとい、今や大商会の主となった女である。 「あら、まだいたのね、あんた」  彼女は吾輩を見るなり、懐かしそうに笑った。  失礼な女である。  こちらとしては、お前の方こそまだ生きていたのかと言いたい。 「ルシフェル、覚えてる? 私よ、私」  その言い方で思い出せる人間がいると思っているあたり、相変わらずである。  覚えている。  名前は覚えていないが。  女は得意げに荷物から小さな筒を取り出した。 「今度はね、猫が絶対に好きになる食べ物を開発したのよ」  ほう。 「名付けて――『ちゅーる』!」  また異世界の知識らしい。  人間向けにはマヨネーズ、猫向けにはこれ。あちらの世界は、食べ物に関してだけは恐るべき文明を築いているようだ。  差し出された小さな筒から、吾輩の知らない、しかし本能が激しく反応する匂いが漂ってきた。  吾輩は一歩、前へ出た。  いや。  これは吾輩の意思ではない。  前足が勝手に動いただけである。 「ほらほら、どう?」  筒の先から、柔らかなペースト状の何かが押し出される。  吾輩は舐めた。  一度。  二度。  三度。 ――正直に言おう。  あの女、マヨネーズよりも、こちらの発明の方が、よほど偉業である。 「まあ......」  セレスティーヌが驚いた声を上げた。 「あのルシフェルが、あんなに......」  吾輩は聞いていなかった。 「もっと欲しい?」  欲しい。  この一語を、声に出せぬことがこれほど悔しい日はない。 「お手は?」  吾輩は前足を出した。  その瞬間、部屋の空気が止まった。 「ル、ルシフェル......?」  セレスティーヌが震える声を出す。  しまった。  吾輩としたことが。  だが、もはや遅い。 「おかわり?」  女が笑う。  吾輩はもう一方の前足まで差し出した。  セレスティーヌが口元を押さえた。笑っている。  笑うがよい。  吾輩は今、猫としての尊厳と引き換えに、もっと重要なものを得ようとしている。  矜持が崩れていく。  だが不思議と悔しくはない。  物語には、型というものがあるらしい。  悪役令嬢には断罪があり、婚約者にはすれ違いがあり、異世界人にはマヨネーズがある。  そして猫には。  抗いがたいものがある。  ちゅーるがある。  その前では、型も、爵位も、猫としての矜持も、実に些細なことである。 (本当の意味での、了)

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