朝海 / 第44話

Code10

  ――……イ。  ――ル……い。  ――アイル先生。  アイルは呼ばれている気がした。洗濯物を干す準備をしていた手を止める。カイルが帰って来たのかと周囲を見渡してみたが、誰もいない。おかしいわね、気のせいかしら? と首を傾げる。  ――聞こえていますか?  ――アイル先生。  もう一度、聞こえてくる。呼吸は苦しそうだったが、カイルの声だった。 「カイル……くん」  ――話しかけているのが、ようやく僕だと認識をしてくれましたね。 「この大バカ者―!」  カイルだと分かった瞬間に、叫ばずにはいられなかった。心臓が煩いほどの鼓動を立てている。全身の血圧が上がっても気にもしなかった。 「怪我がまともに完治していなくて、診察に行っている間に騎士団に合流するなんて何をしているの……! 勝手な判断をするのはやめて……!」  ――先生、声が大きいです。  ――魔法石が壊れてしまいます。 「魔法石よりも自分を優先させなさい!」  ――だって、先生の声が聞こえなくなるじゃないですか。  ――せっかく聞けたのに。  アイルの耳が小さい声をひろった。この無自覚の人たらし……! 憎めないじゃないと! と言いながらも表情が緩む。いじらしくてかわいらしい。年甲斐もなくときめいてしまいそうだ。エリスとサラに嫉妬されてしまいそうだ。  内緒にしておこう。 「無事でよかった……!」  ――勝手な判断をしてごめんなさい。  ――でも、魔物に飲み込まれていく町を、見ているだけなんてできませんでした。  ――エリスやサラさん、ケアハウスの子どもたちの未来すら守れなかったら、僕は親として後悔をしてしまうでしょう。  ――そう思いました。  ――そうね。  ――あなたはそんな子だったわよね。  アイルは先ほどとは一転して、切実なカイルの声に声を詰まらせた。そういえば、こんな子に成長したなと実感をする。意思の強さには勝てないなと洗濯物の準備を再開する。  ――サラちゃんやエリスちゃんとは話せたの?  ――ええ。  ――怒られてしまいましたが。  二人に怒られているカイルを想像してしまう。特にエリスの性格はサラによく似ている。それなりのダメージは大きいだろう。まぁ、家族の仲はいいからよしにしましょう、と結論付けた。 「それはそうでしょう。怪我の調子はどうなの?」  すぐに、医者としての表情に戻る。  ――今はライエル騎士団長に手当をしてもらって、落ち着いています。 「ねぇ、カイル君」  ――アイル先生? 「奇麗な空をしているわね」  ――僕はこの日を忘れないと思います。 「私も。じゃあ、受け入れ準備をしておくわね」  ――ありがとうございます。  ――それでは、後ほど。  通信を終了する。  ――カイル君のお父様、お母様。  ――この子の成長が見えていますか?  ――届いていますか?  ――安心してください。  ――人思いの素敵な子に育ちましたよ。  アイルは窓から入ってくる零れ日に、瞳を細めるのだった。

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