蒼井瑠水 / 第17話

虚空。

「ひいらぎ、ひいらぎ。……ひいちゃん!」 「……えっ?」 「大丈夫……?」  心配した母の顔が俯いた私の顔を覗き込んでいた。 「……ん、大丈夫……かな」  力なく微笑んで、私は母に返事する。 「大丈夫じゃないじゃないの……?」  だって……。  心配そうに付け加えたその言葉。母はそっと、見つめる私の頬を掴み、軽く撫でてくれた。 「あなた、泣いてるじゃない」 「……え?」  母が軽く撫でてくれたところは、優しすぎてこそばゆさも感じる。でも、それより頬が母の触れる部分に湿り気を感じたのが気になった。  水分が乾いてきたからか次第に冷たく感じ、反対の頬を触って、やっと涙が流れていたことに気づく。  あれ? なんで私泣いてるんだっけ。    周りを見渡せばしんとして、耳を澄ませてもすすり泣きやひっそりした話し声しかしない。  雨も降っていないのにじめじめとした陰鬱な空気。  私は何してるんだ? なぜ泣いていたんだ?  白を基調とした内装の室内を見渡して気づく。  周りの黒い礼服の人々が並ぶ中、前列の黒い背中の合間から見えるものに。  春野ケイが歯を見せて笑っている写真が立てかけられていた。  ああ、そうだ。彼は死んだんだった。  でもどうやって死んだんだっけ。彼にまだ生きてほしくて、人を傷つけて、殺しかけて。  そして。  どこまでも抜けるような青さを広げる青空を、彼は見上げながら、羽ばたいた。  まるで、絵に描いたような壮大な景色にも見えたけど。  当然、彼は人間だから、飛べるはずなくて。  羽根をもがれたように、するりと落ちて、あの子は。  あの子は。 「うっ、おぇ」  最後に見た彼の姿を思い出してしまった。  彼が、彼の姿をしただけの入れ物になった、美しく壊れた人形。    ここは葬式場。春野ケイの通夜を終えたところだった。  その事実を今になって突きつけられたことに気づいた。  ……嫌だ、あの子が死んだなんて。  思いたくない! 分かりたくない! 知りたくない!! 「う、わああぁぁ……!」  喉が裂けんばかりの絶叫が、私の口からほとばしった。    私は膝から崩れ落ち、顔を覆いながら母に支えられた。  母の腕の中で泣きじゃくり、温かな胸を涙で汚すことしか、今の私はできなかった。

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