蒼井瑠水 / 第2話

センパイ、センパ〜イ!

「センパイ、センパイ!」  うっ、うざい……。 「一緒に帰りましょうよ、ね、センパイ」  まるで粘着力のある、ねっとりまとわりつくような猫なで声。 「ね、センパイ」  黒髪の短髪で、ぼさぼさした、刺さったら痛そうなツンツンヘアーのやんちゃな男子生徒。  多分、センパイって言ってるし、新入生のお祝いバッジ付けてるし、絶対一年生だよな……。 「センパイ♪」という聞き飽きた無邪気な甘ったるい声。まだ聞こえるよ……。  何か言った方がいいのかな? 私が見たこの先の未来もある。できれば関わりたくないんだけど……。 「センパイに話しかけてから、全然センパイの声聞いてないですよ? その可愛い声を聞かせてくださいよ」  ……ぐぐっ、しつこい。そして、気持ち悪い。どうにか遠ざけたい。何か言わなければ。 「あっセンパイ、ちょっといいですか?」  私の手を掴み、ぐっと、でも優しく静止させてきた。彼が私の頭に手を伸ばしてきた。  何……!?  彼の向かってくる手は、その小さな背丈らしく華奢な手のはずなのに、どこか恐ろしい。  それはきっと知らない人の手だからだろう。  私は、まだこの子が怖い。 「や、やめて!」  パシッと手を振り払う。  何かしら彼の反応があると思った。でも、ただ静かで、周りの学校生徒の談笑が聞こえるだけ。    思わず目を瞑る。  ……けれど、怒鳴り声も衝撃も来ない。ただ、間の抜けた静寂があるだけ。  恐る恐る、そっと瞼を開ける。 「おっ、ちゃんとホコリ取れた! すごいでかいホコリだ!」  ……へ?  無邪気にきゃっきゃ喜ぶ彼は、どこか子供っぽくて。女の子に恋をする一人の男の子に見えた。 「センパイについてたホコリすごいですよ! ほら! こんなでかい白い綿ぼこり!」  何言ってるの? そんなことで喜ぶの?  なにそれ、変な人。  そんなことで喜ぶなんて、バカみたい。  あまりにも拍子抜けしてしまって、張り詰めていた糸がぷつんと切れて。  つい。    「ぷふっ、くふふ、あははははは!」  やっぱり私は、彼の行動がおバカに思えて、げらげら笑ってしまう。 「あっ、センパイ笑った! そんな変なことしてないですよ、オレ!」  彼には失礼だけど、おかしくておかしくて。  笑って、ひとしきり笑って。  笑い疲れたら、彼はむくれた顔をしていた。 「センパイひどいな。でもセンパイ、ちゃんと笑えるんですね。さっきからずっと無愛想だったから、やっと笑ってくれて嬉しいです!」  その笑顔の方が可愛くて似合ってるよ。なんて、一言余計なことも言ってくれて。  なんだろう。この子は。  なぜか、この子ともっといたいと思えてきて。  でも、それは叶わないのは知っていて。  私は、彼とはいられない。ふさわしくないし、きっと一方的に傷付くだけだろう。  だから、ダメ。  私はあなたに関わってはいけない。  だって、仲良くなってしまえば、失う時にもっと辛くなる。  きっとあなたも、仲良くしてはすぐにいなくなるんでしょう?  あの人達のようにあなたも、私から離れるんでしょう?  ……ふと、誰かの血の赤さが、瞼の裏を走った。  それから、頭を下げ続ける、母の小さな背中が。  どちらも、誰かを助けようとして、私が作ってしまった景色だった。  救えば、壊れる。関われば、誰かが傷つく。  いつだってそうだ。私の手の届く範囲は、いつも穢れていく。  だってあなたは。 (私の記憶に映るあなたは……もう……)  あなたの、春野ケイの葬式を。  ……見てしまった。

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