須藤 / 第6話

第六話:望遠レンズ、新たな試練

 私、神崎聖《かんざきひじり》。アパレル店員。ついに念願の望遠レンズをゲットしたんだ! これで麗くんの最高の瞬間をバッチリ撮れるはず……って、うわ、なにこれ!? 重すぎっ! しかも全然ピントが合わないんですけど!? |Gemini《じぇみに》くんと私、新たな課題に挑みます!
意外と重い望遠レンズ。もってくれよ私の体!    念願の望遠レンズを手にした私だけど、家に帰って早速ニコちゃんに装着して構えてみたら、思わず「重っ!」って声が出た。これ、お気に入りのバッグ、中身パンパンに詰めた時より重いんじゃない!? スマホの何倍もある重さに、腕がプルプル震える。 「Geminiくん、これ、片手で持つのも大変なんだけど!」 「聖さん、望遠レンズはその構造上、重くなる傾向があります。安定させるために、両手でしっかりと構え、肘を体に密着させるようにしましょう。手ブレ補正機能も活用してください」 「うー、言われなくてもそうしてるけど、それでも重いよ!」  まずは、自宅のベランダから遠くの電柱を撮ってみることにした。 「よし、あの電柱の鳥さんをアップで撮るぞ!」  ファインダーを覗く。  あれ?いない……?  一度ファインダーから目を離し、肉眼で電柱を確認する。  うん、いるいる、ちゃんと鳥さんいるじゃん!  もう一度ファインダーを覗き込むと……あ、いた! ものすごく拡大されているから、少しずれるだけで視野から消えちゃうんだ!  ピントリングを回す。でも、少し指を動かしただけで、電柱全体が大きく揺れて、鳥が画面から消えたり、急にボケたりする。 「うわぁ! 酔いそう! ピントが全然合わせられない!」 「聖さん、望遠レンズは少しの動きでも被写体が大きくブレてしまいます。息を止めて、集中してピントを合わせる練習が必要です。また、オートフォーカス(AF)のモードも重要です。動きの少ない被写体には『シングルAF』が適しています。まずはシングルAFで試してみましょう」 「AF? モード?」 「オートフォーカスです。カメラが自動でピントを合わせてくれます。望遠レンズはピントの合う範囲が狭いので、正確なピント合わせが肝心です」  言われた通り、オートフォーカスを「シングルAF(AF-S)」に設定し、鳥にピントを合わせてシャッターを押す。カシャ!  おお、さっきよりは断然ピントが合ってる! でも、やっぱりちょっとブレてるような……。  次に、公園に行って、遠くの木にとまっている鳥や、地面を這う猫を撮ってみる。 「Geminiくん、鳥も猫も小さいから、ピントがなかなか合わないよ! あと、なんか全部ブレてる気がする!」 「聖さん、動きのある被写体を撮るときは『コンティニュアスAF(追尾AF)』を使ってみてください。このモードは、動く被写体にカメラが追いかけるようにピントを合わせる魔法です。これにより、動く被写体でもピントが合いやすくなります」 「へー! そんなすごい魔法があるんだ!」  モードを切り替えて、動く鳥や猫にレンズを向ける。シャッターボタンを半押しすると、「ジジジ……」という音と共に、被写体にピントの緑色の枠が吸い付くように追従していくのがわかる。 「すごい! ピントが追いかけてる! でも、まだブレる……」 「はい、聖さん。それは『手ブレ』の可能性があります。望遠レンズは手ブレの影響を受けやすいため、レンズに搭載されている手ブレ補正機能を必ずオンにしてください」  私が「手ブレ補正ってどこ?」とニコちゃんをひっくり返していると、Geminiくんが的確にスイッチの場所を教えてくれた。オンにして再度撮ると、さっきよりも格段にブレが減った。 「うわー! すごい! 手ブレ補正ってこんなに違うんだね!」 「はい。望遠レンズでの撮影には必須の機能と言えるでしょう。また、手ブレを防ぐためには、シャッタースピードを速く設定すること、そしてシャッターを切る瞬間に息を止めたり、脇を締めて体を固定したりする基本的な構え方も重要になります」 「うーん、奥深い……! カメラって、本当にスポーツみたいだね。筋トレと体幹トレーニングが必要かも!」  そうか、この魔法の杖を使いこなすには、私自身が成長しなくちゃいけないんだ。   スケボー少年たちとの望遠練習    望遠レンズを手にしてからの毎日は、まさに練習の連続だった。休日は、公園で猫や鳥たちを追いかけ回し、夕方には薄暗い高架下を走る電車を撮り続けた。  公園で練習していると、華麗なトリックを決めているスケートボーダーを見つけた。前に撮らせてもらった子、マイケルが、また別の仲間たちと練習してるみたいだ。  あれから仲間たちからも「マイケル」と呼ばれているようで、本人も悪い気はしていないみたい。  大きく手を振ると、マイケルがこちらに気づき、スケボーを片手に近づいてきた。金髪のメッシュに派手なパーカーを着ている。いつの間に金髪にしたんだろうね。 「おー! 聖ちゃんじゃん! またカメラ持ってんじゃん! てか、それ何!? なんかめっちゃデカくなってね?」  マイケルは私のニコちゃんに付いた望遠レンズを指さして、興味津々といった様子だ。その隣にいた別の少年も、「うわ、すげぇ! 大砲みたい!」と目を丸くする。  「マイケルくん、この新しい魔法の杖は、望遠レンズっていうの! 遠くのものを大きく撮れるんだよ!」  私が得意げに話すと、マイケルはさらにニコちゃんを覗き込んだ。 「へー! これで俺らのトリックももっとド迫力で撮れるってこと!? てか聖ちゃん、今日の服、超カッケェじゃん! その花柄のシャツとデニムの組み合わせ、マジでやばいね!」 「え、あ、ありがと……!」  不意にファッションに触れられ、少し照れつつも、マイケルがカメラに興味を持ってくれたのが嬉しかった。 「てか、そのストラップ、めっちゃ可愛くね? いつもと違うじゃん!」  マイケルは私の首にかかったお気に入りのストラップを指さした。 「これ? うん、ハワイのレイみたいなストラップなの!水色の地に赤い花柄が可愛くてさ、奮発して買っちゃったんだ!」 「マジ!? 聖ちゃん、本気じゃん! 俺らも撮って撮って! この『大砲』で、最高の写真頼むよ!」  望遠レンズを構える。 「さて、今の空は雲ひとつない快晴で、時間は午後2時くらい。被写体は動きの速いスケボー少年たち。Geminiくん、最初の目安の設定、教えてくれる?」 「はい、聖さん。快晴の日中、動きの速い被写体に対しては、シャッタースピードを1/500秒以上に設定し、ISO感度は200〜400程度にすると良いでしょう。絞りは被写界深度を考慮し、F5.6〜F8あたりから試してみてください。オートフォーカスは『コンティニュアスAF』を選択し、被写体を追従させましょう。より正確な調整のため、まずは一度撮影して、その結果を読み込ませていただけますか?」 「なるほど! よし、やってみる!」  私がGeminiくんと話していると、マイケルたちが「うわ、また会話してる!」「聖ちゃん、相変わらずすげーな」なんて笑いながらこっちを見ていた。  だんだんわかっては来たけど、まだ自分で判断が難しいところは素直にGeminiくんに聞くようにしている。なんたって頼れる相棒だもん。  ふと覗いたファインダーの先で、マイケルが大きく跳んだ。 「うわっ!今のは完全にフレームアウトした!」 「Geminiくん、ピントが合わないよ! スケボーが速すぎる! うーん、やっぱり難しいなぁ。どうしたらもっと上手く撮れるかな?」 「聖さん、望遠レンズは画角が狭いため、少しの動きで被写体を見失いやすいです。そこで、『流し撮り』という方法を試してみましょう。」 「流し撮り?」 「はい。視野を広く保ちながら、被写体の次の動きを予測してカメラを振るんです。シャッタースピードを少し遅くし、被写体の動きに合わせてカメラを振ることで、背景を流れるようにぼかし、被写体をシャープに捉えることができます。」 「なんかプロっぽい!」 「その通りです、聖さん。これは少し難易度の高い撮影テクニックになります。すなわち、これは上級魔法と言えるでしょう」  言われた通り、何度も試すけれど、これが難しい。  カメラを振るタイミング、シャッターを切る瞬間、少しでもずれるとブレてしまう。それでも、「きっと麗くんの速い動きも、これで捉えられるはず!」って、必死に食らいついた。  最初はブレブレの写真ばかりだったけれど、何度も繰り返すうちに、少しずつ彼らがフレームに収まるようになってきた。そして、何枚かに一枚、背景がスーッと流れて、マイケルくんたちだけがピタッと止まっている、かっこいい写真が撮れるようになったんだ!  もちろん、失敗写真も山ほど撮ったけど、見返してみると、ブレていても躍動感があるとか、ピントが甘くても構図が面白いとか、意外と「いいところ」が見つかるものなんだよね。  本当の意味での失敗は、諦めてシャッターを切らないことなんだって、少しずつ思えるようになってきた。  彼らとの練習も、私にとって大きな財産になった。彼らの予測不能な動きは、麗くんのバスケの動きをシミュレーションするのに最適だった。 「わあ、今のトリック、すごい速かった! Geminiくん、この瞬間をピタッと止めるには、シャッタースピードはいくつがいいかな?」 「聖さんの現在の設定では、少しブレが残る可能性があります。ISO感度を上げてでも、1/1000秒以上のシャッタースピードを推奨します」 「なるほど! じゃあ、一気に上げてみる! うりゃ!」  彼らと「もっとカッコよく撮ってくれよ!」、「聖ちゃんの写真、マジでカッケェ!」なんて言い合いながら練習していると、あっという間に時間が過ぎた。  時にはみんなで私のニコちゃんの液晶モニターを覗き込んで、「おおー!」「すげぇ!」なんて歓声が上がったり、「これ、俺じゃん!」「マジで撮れてる!」って興奮したり。  彼らが撮れた写真を見て目を輝かせ、「俺のインスタにも載せてもいい?」と尋ねてくるたびに、私の心にも温かいものが広がった。  彼らとの出会いは、写真の技術だけでなく、私自身の視野も広げてくれた気がする。  そして何より、望遠レンズの重さにも、すっかり慣れてきた。片手で軽々と持ち上げられるようになったわけではないけれど、両手でしっかりと構えれば、もう腕がプルプル震えることはない。まるで、私の腕の一部になったみたいに、ニコちゃんと望遠レンズが馴染んでいくのが分かった。   電車で流し撮り、そして新たな出会い    カメラを手にしてからの日々の練習は続いた。  夕方、薄暗くなってきた高架下で、私は電車の流し撮りに挑戦していた。Geminiくんのアドバイス通りにシャッタースピードを落とし、電車に合わせてカメラを振るけれど、なかなか上手くいかない。ブレブレの写真ばかりで、思わずため息が出た。 「お嬢さん、そりゃ難しいだろう。まずは『止める』ことから始めたほうがいいよ」  不意に横から声がして、振り返ると、隣で大きなカメラを構えていた撮り鉄のお兄さんが、優しい笑顔でこちらを見ていた。 「え? 止める?」 「そう、流し撮りは背景を流す技だけど、その前に、走ってる電車をブレずにピタッと止めて撮れるようになるのが基本中の基本さ。シャッタースピードをもう少し早くして、電車の動きに合わせてカメラを振る練習じゃなくて、一瞬でガツンと捉える練習だよ。」 「なるほど……!」 「まずはシャッタースピードを1/800とか1/1000秒くらいに上げて、ISO感度も明るさに合わせて調整するんだ。そしたら、電車の車両にピントを合わせて、ズームはせずに一瞬を狙ってみな。何度かやってみれば、きっとピタッと止まった写真が撮れるようになるよ。」 「ありがとうございます! 試してみます!」  言われた通りに設定を変え、改めて電車を構える。何枚かシャッターを切るうちに、最初はブレブレだった写真が、少しずつ車両がシャープに写るようになってきた。  そして、数本通過する頃には、本当に電車が止まっているかのような、クリアな写真が撮れるようになったんだ! 「すごい! Geminiくん、ピタッと止まったよ!」 「はい、聖さん。素晴らしいです。これで基本的な動体撮影の精度が向上しましたね。」  今度はこの「ピタッと止める」技術を使って、様々な角度から電車を狙ってみた。高速で走り去る電車の車窓が鮮明に写ったり、車両の光沢がはっきりと見えたり。まるで電車の図鑑を作っているみたいで、これはこれで楽しい! 「お兄さん、ありがとうございます! おかげでピタッと止まるようになりました!」  今までGeminiくんと二人三脚だったから、こうやってカメラに詳しい人がいるのって新鮮。いい機会だからちょっと気になっていたこと聞いてみよっと。 「あの、お兄さん! ISO感度と露出補正って、どっちも明るさに関係してるみたいなんですけど、いまいち違いがわからなくって……。何が違うんですか?」  どっちも明るさを調整するときに使うことが多かったから、時々混乱しちゃっていたんだよね。 「おお、いい質問だね、お嬢さん! ISO感度ってのはね、カメラそのものの光を感じる能力を調整するもんなんだ。数字を上げると、暗い場所でも明るく撮れるようになるけど、写真がちょっとざらつくこともある」 「魔法の代償ですよね!」 「ん? 魔法? ……うん、代償といえなくはないね。で、露出補正は、カメラが『このくらいの明るさでいいだろう』って自動で決めた明るさを、撮る側が『もうちょっと明るくしたいな』とか『もうちょっと暗くしたいな』って微調整する機能なんだ」 「じゃぁ、露出補正はニコちゃん……、えっと、カメラの目を調整するのとは違うんですか?」 「そうだね。例えるなら、ISOはカメラの目の性能を調整するようなもんで、露出補正は、撮った後に部屋の照明の明るさを調整するような感じかな。どうだい、分かりやすかっただろ?」 「なるほど! ニコちゃんの目と、部屋の照明! すごく分かりやすいです!」 「おお、それは良かった! じゃあ、せっかくだから、流し撮りにまたチャレンジしてみるかい?」 「はい、ぜひ!」  再びシャッタースピードを1/60秒に落とし、お兄さんの隣に並ぶ。ファインダーを覗き込み、遠くから近づいてくる電車にピントを合わせた。お兄さんも同じタイミングでカメラを構える。二人の背中が、まるでシンクロするように同じ角度で傾き、電車が目の前を通過するのと同時に、スッとカメラを振る。  最初のうちはやはり難しかったけれど、何本か電車が来るたびに集中して試すうち、少しずつコツを掴んでいく。電車がスーッと流れるような背景の中に、車両だけがピタッと止まっている。フレームの中に鮮明な車両が収まった瞬間、思わず息を飲んだ。そんな「プロの仕事」みたいな写真が撮れたとき、隣のお兄さんと目を見合わせ、思わずハイタッチしてしちゃった。  この日を境に、撮り鉄のお兄さんたちとの交流も増え、そちら経由でのフォロワーは急激な増加をしたんだ。  でも私、そんなに電車好きってわけじゃないんだけどな……。

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