神成仁 / 第8話

06.

「到着しましたら、お召し物をこちらで用意した物を着用ください。 まずは中庭にてお待ちいただき、その後、休所にお通ししますので。」 もう何やら説明されてる声も遠くなる。 いよいよ着いてしまうわけだが、どう顔を合わせたらいいのかちっともリハーサルできてなかった。 ふと目を落とした時、暗くなったスマートホンの画面に映った自分の引き攣った顔に不意に驚く。 まずい、まずい、こんな顔じゃ。 怖い。 みんなに会うのが怖い。 母に会うのが怖い。 なんて言おう? ただいま?久しぶり? みんな私に会えて嬉しい? 次第に見慣れた街並みへと変わり、ついには帝国中央院駅を通り過ぎた。 ここまでくれば、もう目前だ。 頭の中をぐるぐると巡らしてるうちに、車は花宮の門を潜った。 もうなんだか正解が全くわからなくなった。 車寄せに留まると真っ黒なセンチュリーがドアを開け、私たちを迎え口へと吐き出した。 「お荷物は後ほど」と乗務員が会釈。 玄関が開かれると花宮院の職員たちが一斉に皆深々と敬礼する。 「おかえりなさいませ。」 柏木の声だけが響き、広すぎるロビーが水を打ったかのように静まり返る。 「こちらです殿下。」 声にハッとする。 ──帰ってきた気がしない。 想像してたけどやっぱりこんなの空気耐えられない。 すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいの中、柏木に促され控室に向かおうとすると聞き覚えのある声がした。 「姉様?」 中央の階段を駆け降りてきたのは妹の椿だった。 「姉様!お帰りなさい。柏木さんったら日本に到着した後はちっともどうなったか教えてくださらないから心配で。無事に戻ってきて本当に嬉しい。」 「元気にしてた?」 「みんな元気ですよ、菫人さんも、芽も。」 私の手を取り振りこのように揺らしながら喜ぶ姿は子供の時のままだ。 来た甲斐があったな、と少し感じた。 「そっか。あ、あのさ、会えて嬉しい。」 「私も!きっと皆んな喜ぶ。」 「ええ。喜んでいますとも。」 椿と話したことで少し緊張がほぐれた気がしたが、それも束の間だった。 冷たい声と共に、妹の背後から現れたのは── 母だった。 やっぱ嘘!今すぐ帰りたくなってきた。 「お母様、美々子です。」 「分かってます。よく戻りましたね。」 そう言いながらも柏木に目配せする。 絶対喜んでないのが分かる。 椿含め私たちの間に緊張が走る。 「柏木からは聞いていますね。」 「はい、今回異例の対応で花宮出入りのお許しをいただき感謝します。」 ろくに休めなかったのと、さっきありったけ吸ったタバコのせいでハイになってた私は冴えまくった眼で臆することなく真っ直ぐに彼女を見つめる。 それがやけに堂々として見えて憎たらしかったのか、 眉を顰めながら頭からつま先までまじまじと見下ろした。 「なんとまぁ…。分かってはいましたけど、これが皇帝の孫娘がする格好ですか。」 仰る通りだ。 ろくに荷物も持たせてもらえなかっただけでなく、 着替えもこれからなので着の身着のまま参上してしまった。 黒のレザージャケットコートに、安物のチューブトップ。 ベッド脇の洋服の山から適当に引っ張り出してきた洗いざらしのジーンズと 足元のドクターマーチン──チェリーレッドのハイカットブーツが、わずかに主張していた。 随分と忘れていた感覚ではあるが、 こんな格好で花宮を彷徨くのは母はもちろん、 あの神経質な小百合叔母さんも気絶するレベルだ。 申開きの猶予があるのであれば、私は被害者だ。 こっちは寝起きのままベーリング海のカニ漁船に乗せられたようなもんなのに、 母親らしくお帰りのひとこともない。 「一刻も早く参上せしとのことでしたので。」 なんとかそれらしい理由を捻り出すと、 遮るように母が口を開いた。 「…まあいいです。あなたの到着で最後よ。 皆が待っています、急いで支度なさい。」 ため息まじりに手で追い払うような仕草を見せながらハートの女王は私に着替えを促した。 椿を見ると、‘‘また後’’でと言わんばかりに目を細め、 嬉しそうに母に見えないよう小さく手を振った。 ── 期待するんじゃなかった!ここまで思った通りだ。 葬儀を済ませたらここを出る。 後2日、ますます元の生活が恋しく感じられた。 喪服に着替えると帝室全体が集まる大広間へ通される。 ドアが開くと同時に久々の私の顔をみた一同が驚き、 口々に耳打ちし合う。 そして中央には棺が。 私はここへ呼ばれた目的を果たすまでだ。 「みーちゃん!」 奥の最前列で手を挙げるのは菫人だった。 私が近づくと中央の通路に出てきて、少し笑みを浮かべて歓迎してくれた。 「来てくれてありがとう。会いたかった。」 あの少し離れ気味の目元で、笑うと三日月のようになるのは昔から変わっていない。 ただ低く落ち着いた声と大きく伸びた背で私は時の流れを噛み締めた。 椿同様、この従兄弟も私を温かく迎えてくれた。 元々連絡は取っていたし、子供の頃から私たち3人の絆は強かった。 実の弟のように可愛がってた菫人がこんなに立派に育ったなんて、少し感慨深かった。 「どう?前に送った写真よりだいぶ伸びたでしょう?」 「あれ高校の時の写真じゃない。ニュースでたまに見てたけど、実際にこうして会うと立派になったね。」 「叔母様に感謝しないと、来てくれないんじゃないかって話だったし。」 そう話すとふと母の方を向く菫人。 「ごめん、その話ならまた後で。」 「そうだね。こんな席ではあるけど、僕らはみーちゃんが戻って嬉しいよ。」 それじゃあ、と踵を返す菫人を眺めていると侍従長が扉を開けた。 「皆様お揃いになられました。これより始めさせていたただいます。」 つづく

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