神成仁 / 第11話

09

花宮に戻ってきてから椿はずっと嬉しげだった。 でもそれはこれから私との生活が始まると思い込んでいたからだったのだ。 「お姉様はこれからここで私たちと暮らすのではないの?」 「それはできない。叔母さんが言った通り、私はもう民間人なの。」 「そんなことない、ちょっと家を離れてただけじゃない。」 「ごめんね椿。」 「嫌!帰らないでお願い!」 声が大きくなる椿に周りも振り向きこちらを気にしだす。 「頼むから、大声出さないで。大丈夫、また連絡するよ。」 「それじゃもう嫌なの、そうやって13年も私を置いてきぼりにしたんでしょう!」 「椿、みーちゃんを責めたってしょうがないよ。決まりなんだ、」 「お願いお姉ちゃん!!!!」 軽いパニック状態で私の腕に巻きついて懇願する椿に困惑する背後で大きな雷が落ちた。 「大声で騒いで一体何事ですか!!!!」 一瞬でその場が静まり返る。 流石の檄に椿もその場で居直る。 ツカツカとこちらへ母が近づいてくる。 「全く…どうして貴方は少しも大人しくいられないの。」 呆れて私を見つめる目はもはや何も期待していないようだった。 「叔母様、これは別に美々子さんでは、」 弁解しようと間に入る菫人を黙れと言わんばかりに制止する。 「貴方って人は、どこに行っても問題ばかり。私ももう疲れました。 ここへ招くことに宮中で多くの反発がありました。 ええ、特に小百合が大いに反対しましたのよ。」 母がチラリと見ると叔母は少し得意げに視線を返した。 「それでも今日ここへ呼んだのは、貴方が春夏冬帝の孫だからです。たとえ家を出てもそれは変えようのない事実。」 今度は少しバツが悪そうな叔母の横で、菫人は深く頷く。 「少しは懲りたと思っていたのですよ。ええ。こんな放蕩娘にはどんな罰が下るやらとずっと思っていましたからね。 結局貴方は長らくこの家に近づけず、お祖父様の近影を知るまもないまま、ついに再会も叶わなかった。今回のことで過ちを認め、身をもって後悔を知ればと、最後のチャンスを与えたつもりでした。」 母の視線に耐えられなくなり、顔がほてっていくのを感じた。 「でも間違いだったようね。」 失望した母の言葉が胸に刺さった。 「「貴方は変わらない。」」 私たちは同じ言葉を互いへ放った。 「なんですって。」 「お母様は変わらない。」 「呆れた。まるでわたくしに問題があるような口ぶりだけど、いい加減その態度を改めなさいと言ってるの。」 「もううんざりなんだよクソババァ。」 流石のことに、周りがざわめきさっきまで涙を浮かべていた椿もこれには動揺する。 「黙って聞いてりゃなんだ。こっちは遥々きたっていうのにおかえりもなく皆して好き勝手言いやがって。こっちだって別に、戻りたくてここにきた訳じゃない。」 もう母は何も言わなかった。 きゅっと硬く口を結び、軽蔑の眼差しで私の話を聞いていた。 「こんな家クソ食らえだ、昔からこんな変な家族大嫌いだった!頼まれたって戻るかっての。」 「みーちゃん…」 従兄弟の声かけにふと目をやると、椿は声を押し殺して大粒の涙をボロボロと溢してこちらを見つめていた。 しまった。 苛立ちに任せて口にしてはいけない最悪な捨て台詞を選んでしまった。 「この家から2度も叩き出されたいの?」 静かな母の口ぶりは怒りをすっかり失ったようだ。 「こっちから出ていくからお構いなく。」 「殿下、いけません。」 スマホを握り静まり返った談話室を出ようとすると、そこにふと柏木が立ちはだかった。 「大喪の儀と遺言書の開封があります。」 「彼女を人前に出せるわけないでしょ!あれは国葬なのよ、」 ヒステリックに叫ぶ叔母。 「だとしても遺言書は明日が開封日です。こちらにはまだいていただく必要があります。」 私を庇うような男ではないが、思いとどまるようすかさず動いてくれたのだろう。 この状況下において感謝するしかなかった。 「明日もありますでしょう、今日はもうこのあたりにしましょう。」 母が周りを見渡しながらそう促し、我々一同お開きとなった。 続々と部屋を後にする雑踏の中、私は立ち尽くし母と椿の3人だけになった。 椿を呼び止めようとしたがそれを母は許さなかった。 「これ以上、私の娘を傷つけないで。」 決定的だった。 自ら蒔いた種なのに、私はいつだって最低な道を突き進んでしまう。 ここにきたからずっと後悔の上塗りをし続けてる。 今日はもう、タバコに火をつける元気もなかった。 つづく

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