神成仁 / 第10話

08

先ほどのしめやかな葬儀とは打って変わり、夕食の間へと通される。 その中では参列者はぽつりぽつりと互いに静かな会話を交わすのみで文字通り通夜の空気を纏っていた。ただ食事を終え、談話室で食後のコーヒーを手に休息を取る中、一族の絆を今一度確かめるか如く お祖父様の思い出を語り合ったり、写真を手に涙ぐみ心のうちを話しながら、徐々に空気は温かなものへと変わった。 それぞれにこの哀しみを乗り越えようとしていた。 「椿はお祖父様の最後を看取ったの?」 配られたコーヒーを手に聞きたかったことを聞いてみた。 「私も菫人も公務で花宮にはいなかったの。お母様が見つけてお医者様を急いで呼んだのね。 でも本当に眠るようで、あっという間のことだったの。」 「お母様が見つけたのね。」 ふうんと呟き、カップを両手に顔を埋める。 「お別れが言えなくて本当に残念だった。お姉様のこと、とても気にしてらしたから。」 「みーちゃん、」 椿の言葉に涙が出そうになるところ、タイミングよく菫人が現れる 「2人ともお疲れ様。特にみーちゃんは長旅だっただろうし、大変だったね。 あ、ぼくもコーヒー頂こうかな。」 菫人がそっと右手を軽くあげるとすぐに給仕が熱いコーヒを注いだカップを渡す。 「菫人こそ大変だったでしょう?葬儀中ずっと小百合叔母様の横で。」 椿は少し声のトーンを下げ、横目で叔母を指しながら菫人に尋ねる。 「本当にそうだよ…みーちゃんたちも母上の神経質ぶりを知ってるでしょう? 葬儀中だっていうのに、横でずっと。 やれ参列者のスカーフが気に入らないだの、会場の雰囲気がお祖父様と合わないだの、 花宮院は何をしているのかと、延々と聞かされて疲れたよ。」 猫舌の菫人はそういうとコーヒを口へ運び恐々と啜る。 顔からもわかる疲れに加え、母親にうんざりするする従兄弟の口ぶりに子供時代を思い出し 内心、久々の喜びを感じた。 こんな風に愚痴を言い合えるのもまだまだ若い成人皇族だからだ。 「それはそうと菫人、」 思った通り熱かったのか、コーヒーにむせる菫人は咳き込みながらもこちらへ顔を向けた。 「あんたはいつ即位の儀をするの?」 それを聞いてより大きく咳き込む。 「ごめん直接的なこと聞いて。でもお祖父様がいなくなった今、次の皇帝は菫人でしょ?」 椿も菫人互いにか顔を合わせて、なんとも言えない表情を作った。 何?何か間違ってるの? 「そうだけど…僕は、」 モジモジと煮え切らない態度の中、椿が切り込む。 「お祖父様の遺言書があるらしいの。継承権はもちろんだけど、それを確認しないことには私たちも花宮院も何も決められないって。」 なるほどね。 それで本人もどうなるか分からないってことか。 「でもさ、菫。あんた今いくつ?」 「24歳…」 「決まりだね、茅は11歳だ。成人してない。」 春夏冬帝として即位するには絶対的な条件があった。 1つー 成人の儀を終えた18歳であること 2つー 全皇帝の血筋であること 3つー 花受けをしていないこと 花受けとは花宮で生まれた一族の女性が受ける成人儀礼だ。 帝室の人間は皆、花を携えて生まれてくる。 つまりは皆花の名前をつけるのだ。 母は薔薇、妹は椿、菫人はスミレ。 特に女性は皆、18になるとこの花受けで自分の名前に因んだ花の紋と花冠を授かる。 それを以て以降は成人とみなされ婚姻、出産が許されるようになる重要な儀式だ。 同時に、花受けした女性皇族は帝位継承権を失うのが決まりだった。 これには歴史的な要因がある。 他国の襲撃や国内の有事が多いに想定されたはるか昔、 成人した皇帝の娘との政略結婚で侵略行為を画策し、事実上の他国への権力の譲渡が危ぶまれた時があった。 花宮の女性たちと春夏冬の血を守るためにも、婚姻関係が結べる歳になると同時に持てる特権を無効化するため、時の花宮院は典範を定めることにしたってわけだ。 そのため、即位するための条件として 花受けしていない者である旨が書き連らなれている。 菫人は若くしてこの条件を既に満たしている。 「前からあんたが継ぐって空気にはなってたじゃない。そんなビビることないって。」 すっかりぬるくなった薄味のコーヒーをぐっと飲み干すと私は困り顔の従兄弟の肩を叩いてみせた。 「で、でもまぁ遺言書を明日開けてみないと」 「遺言なんかなくともあなた以外の誰に継げるというの。」 振り返ると見慣れた細面がソファで存分に寛ぐ私を見下ろしていた。 叔母の小百合だ、めんどくさいのが割って入ってきたぞ。 叔母は母と正反対で優柔不断な上、常に誰かに何かを確認しないと気が済まない不安症持ちだ。 その上神経質で宮中の人間はかなりこの叔母に気を遣っている。 息子2人を異常に溺愛しているのも厄介だ、菫人が進学を希望していた高校が共学だと知ると火がついたみたいに猛反対したらしい。 椿から事情を聞いた時には正直引いてしまった。 彼女はチワワに似ている。遠くからキャンキャン高い声で威勢よく吠えるくせに、こちらから近づくと先ほどのが嘘かのように押し黙る。 あの時母が叔母を説得することができなければ、菫人だけでなく茅まで母親のヒステリーに翻弄されかねなかった。 「客人にしては随分な寛ぎようね。」 手を広げソファーをたっぷり使って足を組む不遜な様が気に入らないのだろう。 そんな叔母の嫌な声のする後方へ頭だけのけ反り一言、 「叔母様、ご無沙汰してます。」 間にいた2名は叔母の登場で少し俯きながらティースプーンでカップの中をカラカラと回したり咳き込んだり。 「お姉様から聞かされてびっくりよ。 バタバタしている中で気づかなかったけど、この大混乱の中よくもまぁ呑気に戻って来れたこと。わたくしの所に挨拶にも来ず、そんなところで我が物顔で座ってるんでしょう。随分と気楽なこと。」 目を細めて舐めるように私を見ると嫌味たっぷりに言い放つ。 「私だってお祖父様の孫です。別れを言う機会は平等に与えられるべきでは?」 挑発に乗る気はないが、わたしは立ち上がって冷静に抗議した。 「この家の人間こそが春夏冬帝の近親者です。大体花受けすらしなかったあなたは論外でしょう。もう他人も同然。それなのにあなた、外じゃまだ冬爪の姓を名乗ってるそうね。」 春夏冬帝の一族とは昔あった4つの旧家、春日家(かすが)、夏凪家、(なつなぎ)秋庭家(あきわ)、冬爪家(ふゆづめ)のこの冬爪の血筋の人間を指す。 もはやこの旧家、現代では我々しかほぼ残ってはいないのだ。 互いに遠縁同士でまだ血統は続いているが、秋庭家は跡取りがなくすでに断絶、残りも高齢化が進み、皆衰退の一途を辿ろうとしてる。うちの家系図が細くなっていくのも時間の問題かもしれない。 公人でありながらも我々にもファミリーネームは必要。 それで身分証などではこの姓を使うことが多いのだ。 「他に名字を持ってないのにどうしろって言うんですか。」 「そんなの私たちの知ったことではないわ。」 「でも困ります、貴族よろしくレディー・ミミコなんて呼ばれたら恥ずかしい。」 「何が問題?それでもあなたには勿体無いわ。」 眉を引くつかせて腕を組む叔母。 「だってそれってなんだかレディー・ガガみたいじゃない?」 ずっと横のスツールに腰掛け下を向いて固まっていた椿たちは耐えられなかったのか突然のことに堪らず吹き出した。 「なんなのそれは?一体誰なの?」 当たり前だけど叔母は世間に疎い。 椿と菫人を交互に見ながら動揺する姿を見るかぎり、理解できてるのはこの2人だけのようだった。 「そうやって私に恥をかかせるつもり?いいこと?お姉様が許可したとしても、私は貴方が戻ることには反対ですからね。」 図らずも自分の嫌味が一蹴されて、悔し紛れに言い放った叔母に間髪入れず私は静かに伝えた。 「戻りません、明後日には日本を出る予定です。」 心なしか叔母の顔が少し明るくなったようだ。 「そう….。それならいいのよ。」 少し安堵する叔母と打って変わり、今度は椿の顔が一瞬で曇るのが見えた。 満足して去っていく叔母の背中を見ているとぽつりと声が聞こえた。 「お姉様?」 振り返るとさっきまであんなに笑いを堪えて楽しげだった椿が今では泣きそうな目でこちらをみつめていた。 「私、戻ってきてくれたんだと思ってた。」 つづく

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳