芦名 雅 / 第21話

第21話 恋の茶番 ~ある噺家の一席~

どこかで、誰かの恋がはじまる えー、本日はお日柄もよく、皆様お誂え向きの陽気で。さて、今日はひとつ、若い男女の惚れた腫れたの噺を、一席申し上げます。 * 長屋に住む八はち五ご郎ろうという若者、これがまあ、惚れっぽいのなんの。ある日、隣に越してきたお花はなという娘に、一目惚れをいたしました。 「ご隠居、あっしゃもう、駄目でございます。夜も眠れねえ、飯も喉を通らねえ」 「そりゃお前、恋の病だ。相手に気持ちを伝えりゃあ、すぐに治る病だよ」 「そうは仰いますがね、あっしゃそういうのが、からっきし苦手で」 ご隠居、これを聞いて、ポンと膝を打ちました。 「よし、それならワシが一計を案じてやろう。お花さんに、こう言うんだ。『あなたのことを想うと、心の臓が早鐘のように鳴ります』とな。粋な口説き文句だろう」 八五郎、これを丸暗記して、勇んでお花のところへ出かけていきました。 「お、お花さん、あの、あなたのことを想うと」 「はい」 「その、心の臓が」 「はい」 「早起きするように、なりました」 「……早鐘、じゃなくてですか?」 「あ、そうだ、早鐘だ! すいやせん、緊張のあまり」 お花、これを聞いてクスクス笑い出しました。 「八五郎さん、そんなに緊張しなくても。私も、実はあなたのこと、憎からず思ってましたよ」 「へ? そりゃ本当で?」 「ええ。だって、毎朝、うちの前の掃除、私が起きる前にこっそりやってくれてたでしょう。気づかないとでも思いました?」 八五郎、これにはすっかり照れてしまい、頭をぽりぽり。 「いやあ、あれは、その、早起きが趣味なだけで」 「早起きが趣味な人が、うちの前だけ掃除するんですか」 「……バレてやしたか」 お花、ニッコリ笑って、こう申しました。 「これから先も、その早起きの趣味、続けてもらえますか。二人分の、朝ごはんの支度をしながら、待ってますから」 これを聞いた八五郎、あまりの嬉しさに、心の臓がまた早鐘――いや、今度は本当に、飛び上がって喜んだそうで。 長屋中がこの噂で持ちきりになり、ご隠居曰く、 「めでたし、めでたし。だが八五郎、これからは早鐘と早起き、間違えるんじゃないぞ」 「へえ、肝に銘じます。……あ、でも今度は本当に、早起きして、お花さんの隣で目覚めたいもんで」 「――お前さん、それは惚気というものだよ」 * とんだ惚気話でお後がよろしいようで。

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