芦名 雅 / 第13話

第12章 誰も見ていなかった

※本作は架空の島・架空の戦争を舞台にしたオリジナル創作です。 特定の実在人物・部隊・出来事を直接描いたものではありません 七人は海の見える方へ下った。 民家があれば水があるかもしれない。 食べ物もあるかもしれない。 誰かがいるかもしれない。 焼けた家が一軒あった。 海から湿った風が吹き上げ、焼けた木と潮の匂いを一緒に運んできた。壁のない家の中には割れた茶碗が転がり、すすけた柱に子供の背丈ほどの線が残っていた。昨日まで誰かの家だったことが、かえって恐ろしかった。 人はいなかった。 井戸は瓦礫で埋まっていた。 床下から芋が二つ見つかった。 芋のそばには、布に包まれた小さな櫛が落ちていた。初江が拾い上げ、歯の欠けた部分を親指でなぞった。 「誰のだろう」 「置いとこう」 千鶴が言った。 持ち主が戻る可能性を、誰も否定できなかった。 初江は櫛を元の場所へ戻した。 数時間後、その初江自身の持ち物を取りに戻ることはできなくなる。 七人で分けた。 誰も味の感想を言わなかった。 食べ終わったあと、初江が立ち上がった。 「外、見てくる」 「一人で行かないで」 律子が言った。 「すぐそこ」 初江は家の角まで行った。 灯子からも背中が見えていた。 そのとき、遠くで一発だけ砲声がした。 初江が振り返った。 何か言った。 音は聞こえなかった。 次の瞬間、家の横で爆発した。 灯子は床へ倒れた。 耳鳴りの向こうで夏子が叫んでいた。 土煙が薄くなった。 初江は倒れていた。 灯子が近づく前に、千鶴が首を振った。 それで終わりだった。 灯子の頭は「初江が死んだ」という言葉を拒んだ。倒れている。動かない。それは見れば分かる。それでも「死んだ」という意味だけが入ってこない。次の砲声が鳴って身体が勝手に伏せたとき、初江を置いて自分が生きようとしていることに吐き気がした。 最後の言葉は聞こえなかった。 何を言ったのかも分からない。 初江の白いリボンはポケットに入ったままだった。 取り出す時間もなかった。 また砲声がした。 六人は走った。 初江を置いて。 夕方、森の中の浅い窪みに身を伏せた。 朝子はほとんど歩けなくなっていた。 呼吸が速かった。 水を少し飲ませた。 「朝子」 灯子が呼んだ。 朝子は目を開けた。 「眠い」 それだけ言った。 「寝ていいよ」 千鶴が言った。 夜、誰もよく眠れなかった。 朝方、灯子は朝子の肩へ毛布代わりの布を掛け直した。 身体が冷たかった。 「朝子」 返事はない。 揺らした。 返事はない。 いつ死んだのか分からなかった。 夜の間、灯子は何度か朝子のすぐ隣で目を開けていた。あのときはまだ息をしていたのか。布を掛け直したときにはもう死んでいたのか。思い返そうとするほど記憶は曖昧になった。人が死ぬ瞬間には何か決定的な変化が起きると思っていた。現実には、隣で眠るようにいなくなることさえあった。 夜中に息が止まったのか。 明け方だったのか。 誰も見ていなかった。 死ぬ瞬間を見守る人さえいなかった。 朝子は眠っているようにしか見えなかった。 千鶴が何度も名前を呼んだ。 起きなかった。 五人になった。 千鶴は朝子をその場へ置いていくことを嫌がった。 「せめて土をかけよう」 でも道具がなかった。手で掘れば時間がかかる。砲声は少しずつ近づいていた。 灯子も残りたかった。誰かが死ぬたび、置いていくことだけが上手くなっていく気がした。 結局、朝子の身体へ布を掛けただけで歩き出した。 十歩ほど進んだところで千鶴が戻りかけた。夏子が腕を掴んだ。 「戻っても起きないよ」 千鶴はその場で泣いた。 正しいことを言った夏子も泣いていた。 初江が何を言おうとしたのかも分からない。 朝子がいつ死んだのかも分からない。 灯子の記憶には、死んだ瞬間のない友達が増えていった。最後に見た顔と、次に見た冷たい身体。その間だけが、黒く抜け落ちていた。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳