芦名 雅 / 第11話

第10章 死にたくない

※本作は架空の島・架空の戦争を舞台にしたオリジナル創作です。 特定の実在人物・部隊・出来事を直接描いたものではありません その夜、七人と昌子は農家から少し離れた岩陰に身を寄せた。 夜露で岩は冷え、制服は昼間の汗を吸ったまま肌へ貼りついていた。森の向こうでときどき火が上がる。そのたび木々の影が大きく揺れ、人が立っているように見えた。灯子は何度もそちらを見た。誰もいないと分かっていても、目を離すことができなかった。 砲撃は遠くなった。 だから安全なのではなかった。 ただ、今は落ちていないだけだった。 朝子の熱は上がっていた。 水は残りわずか。 食料は乾パンが数枚。 「死ぬのかな」 夏子が言った。 律子が顔を上げた。 「やめて」 「でも」 「やめてよ」 夏子は黙った。 しばらくして、また言った。 「私、死にたくない」 今度は誰も止めなかった。 「嫌だ」 夏子は泣いた。 「ただ帰りたい。家で寝たい。お母さんに怒られたい。こんなところで死にたくない」 千鶴も泣いた。 「私も」 初江が言った。 「私も」 朝子は目を閉じたまま、小さく頷いた。 律子は何も言わなかった。 肩だけが震えていた。 灯子は口を開いた。 「私も死にたくない」 先生になるとか、将来どうするとか、そんなことを言う余裕はなかった。 ただ死にたくなかった。 胸の中にあったのは理念でも覚悟でもなく、もっと獣のような感情だった。息をしたい。朝になっても目を開けたい。自分の手が温かいままでいてほしい。灯子はその欲望の幼さに、初めて安心した。みんな同じだった。 十六歳で終わりたくなかった。 昌子が最後に言った。 しばらくして、夏子が灯子へ小声で聞いた。 「私、うるさかった?」 「何が」 「ずっと冗談ばっか言ってたから」 灯子は考えた。 「うるさかった」 夏子が顔をしかめた。 「でも、黙られた方が嫌」 夏子は鼻をすすって、少しだけ笑った。 千鶴は灯子の肩へ頭を預けた。学校ではそんなことをしたことがなかった。互いの汗と土の匂いがした。 「帰ったら、今日のこと話せるかな」 千鶴が言った。 「分かんない」 「私も」 二人とも、それ以上先のことを言わなかった。 「先生もよ」 それだけだった。 誰も立派なことを言わなかった。 誰も国のためとは言わなかった。 誰も死を受け入れなかった。 しばらく全員で泣いた。 泣いても状況は変わらなかった。 水は増えなかった。 朝子の熱も下がらなかった。 空襲も終わらなかった。 それでも、泣き終えたあとに生きるための話をした。 南に沢があるかもしれない。 海岸沿いは避ける。 朝露を取る布を分ける。 朝子は交代で支える。 白いリボンは目立つから外す。 全員が考えた。 間違っているかもしれない。 それでも考えた。 努力すれば助かるという保証はなかった。 助からないと決まったわけでもなかった。 その中間に、ただ長い夜があった。 眠る者はいなかった。目を閉じると砲声を聞き逃しそうで怖く、目を開けていると暗闇の形が次々と人影に見えた。灯子は膝を抱えたまま、自分の心臓が打つ回数を数えた。百まで数えても生きている。もう百数える。それを何度も繰り返した。

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