芦名 雅 / 第2話

第1章 白いリボン

※本作は架空の島・架空の戦争を舞台にしたオリジナル創作です。 特定の実在人物・部隊・出来事を直接描いたものではありません 翌朝、女学校の講堂に三年生が集められた。 壇上の軍人は「皆さんは後方の病院で傷病兵の世話をする」と説明した。 危険は少ない。 看護婦の手伝いだ。 祖国のための立派な仕事だ。 そう言われた。 灯子は隣の千鶴と顔を見合わせた。 血を見るのは苦手だったが、怪我人に水を渡したり、包帯を運んだりする程度なら自分にもできると思った。 母には「心配しないで」と言った。 本当は自分の方が心配だった。 出発前、母は灯子の白いリボンを結び直した。 「曲がってる」 「自分でできるよ」 「今日くらいさせなさい」 母の指が震えていることに、灯子は気づいていた。 だから気づかないふりをした。 「帰ったら、先生になるための勉強するから」 「うん」 「この戦争、すぐ終わるよ」 「……うん」 母は二度目の「うん」を少し遅らせた。 校門には家族が集まっていた。泣いている母親もいれば、笑って見せようとしている父親もいた。来られない家族もいた。富美の父は畑から戻れず、朝子の兄はすでに軍へ行っていた。見送りの人数まで、家ごとに違っていた。 昌子は出発前に名簿を開いた。 「名前を呼びます。返事をして」 一人ずつ返事が続いた。 「宮里灯子」 「はい」 「真栄田千鶴」 「はい」 十三番目の返事が終わると、昌子はもう一度、顔を見て数えた。 夏子が荷台へ足を掛けながら言った。 「先生、帰りも十三回数えてよ」 「当たり前でしょう」 昌子はそう答えた。 その言葉だけは、誰も冗談だと思わなかった。 少女たちは軍用トラックへ乗せられた。 夏子は荷台から手を振った。 「帰ったらアイスクリーム!」 「またそれ?」 「三つ食べる!」 「絶対お腹壊すよ」 「じゃあ二つ半」 笑い声が上がった。 町を抜ける。瓦屋根の家々、閉じた商店、軒下に吊られた洗濯物が荷台の後ろへ流れていった。ところどころ壁に爆風の傷があり、窓に板を打ちつけた家もあった。それでも道端には鶏が歩き、井戸端では老婆が桶を洗っていた。灯子は、帰るときにも同じ景色があると無意識に思っていた。 道端の人々が手を振っている。 少女たちも振り返した。 やがてトラックは山道へ入った。 木々が道路の上へ覆いかぶさり、海から来る風が届かなくなった。荷台にこもる汗の匂いと排気の臭いが濃くなる。遠い砲声が腹の底へ低く響くたび、誰かの膝が誰かの膝へ触れた。誰もそれをどけなかった。 砲撃の低い音が、遠くから地面を震わせた。 会話が一つずつ減っていった。 「後方って、どのへんなのかな」 美代が呟いた。 答えを知る者はいなかった。 トラックが止まったのは、森の中だった。 病院らしい建物はない。 あるのは山肌に開いた黒い穴だけだった。 入口の周囲には担架が重ねられ、土の上に黒ずんだ包帯が落ちていた。穴から吐き出される空気は地上より冷たいはずなのに、湿気を含んで肌へまとわりついた。灯子は穴の奥を見ようとしたが、数歩先から闇が何もかも呑み込んでいた。 「降りろ」 兵士に促される。 灯子たちは列になって穴へ入った。 数歩進んだところで、夏子が立ち止まった。 「……これ、病院?」 土と汗と消毒薬。 そして、それらでは隠せない血の匂い。 暗闇の奥から、誰かの呻き声がした。 灯子は自分の白いリボンに触れた。 ほんの数時間前、母が結んだ場所だった。 その白さだけが、地下壕の暗がりでは場違いなほど明るく見えた。

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