鯣烏賊 / 第92話

スーパー・ウルトラ・サンドジジィ! その1

諧謔曲 →スケルツォ
俺は目覚めた。 首元には氷まくらが置かれていて、室内はエアコンでキンキンに冷やされていた。 自室の布団に横たわっていた体をそっと起こすと、すぐ横の小さな丸テーブルにはいくつかの果物が置かれていた。 バナナとりんご、そしてこれは....................たしか洋梨だ。 そのうちひとつのバナナを手に取り、皮をめくって、中身をもぎゅもぎゅと口に含む。 おいしい。 丁度の良い糖分による甘みが口いっぱいに広がり、体の内からすごく元気が溢れ出てくる。 バナナは栄養の塊であるとはよく言うけれど、このように身をもってそれを経験したのは初めてだ。 ふと、小窓を見ると、そこにはシャッターがかけられていた。 シャッターの間からは光がほんの少しも入ってきておらず、現在の外の様子が暗いということがよくわかる。 「夜の10時..........?」 そういえば今は何時なんだろうか、と気になった俺は、壁にかけられている時計に目をやってみた。 時刻はなんと、22時だった。 昨日の俺が「陽炎《カゲロウ》」を使って倒れたのが、たしか昼の14時くらいだ。 テレビの時刻表示にそう書いてあったのを覚えている。 リンさんが「適当でいいけどお昼食べる?」と誘ってきたのでその誘いを受けて、一緒にお昼ご飯を食べた。 すごく美味しかった。 そしたらミクロさんがリンさんからリモコンを奪い取って、一緒に昨日の出来事にまつわる記者会見を見た。 それでミクロさんに「陽炎《カゲロウ》」を見せようとして、それでこうやって....................。 あれ、いや? 途中で1回目を覚ましたな。 ドアを蹴破るみたいな物音で体が叩き起されて、それで何事だと思って廊下を走って。 そこで、リンさんを抱き抱えて歩いている知らない女性に会って....................。 それで。 それで、なんだっけ? 何があったんだったっけ? 駄目だ、思い出せない。記憶の断片すら思い浮かんで来てくれやしない。 「こういうのは、ミクロさんに聞いておくか....................。」 俺は残りのバナナを口に放り込んで、ついでにりんごと洋梨もサッサと食べてしまった。 洋梨というものを初めて食べたけれど、独特の甘さを持つ美味しい果物だった。 と、おそらくこれを用意してくれたであろうリンさんへの味の感想を考えつつ、皿を持って部屋を出る。 いつも通り廊下を歩いて、廊下と応接室を隔てている1枚のカーテンをめくった。 そしてそこには....................。 「あっ。」 ミクロさんとリンさん、そして珍しくアロ君までもが応接室に出てきていた。 彼ら3人は向こう側の長ソファに並んで腰掛けて、向かい側の小さなソファに腰掛けている、俺の知らない誰かと話していた。 そう、この人は誰だろう。 性別が女性であることは明らかだ。 まるで今さっき旅から帰ってきたような服装で、座しているソファの横には大きな荷物が置かれている。 そして、手には....................というか、自分に立てかけるような持ち方で、長い杖を手にしていた。 髪は真っ白で、肌の色も色素が薄い。 喋っている声も、やや男性に似た低めの声。 街中で歩いていれば数分に一度は耳にするような、特徴の少ない声だ。 身長は、座高しか見ていないけれど、俺より高いだろうか。でも確実にディラン君よりは低いと思う。 俺が女性のことを訝しげに観察していると、女性もまた俺のことを警戒するような視線で見ているのがわかる。 みんなの話は中断され、俺と彼女のふたりの間だけで奇妙な空気が流れている。 「誰、ですか?」 「私のセリフなんだけど。」 気まずい。 俺は今、すごく、すごく気まずい思いをしている。 俺はこの人を知らないし、彼女もまた俺の事をしらない。 けれどたぶん、俺よりも彼女のほうが、他のみんなと関わってきた時間が長いんだろう。 そういう空気だ。 まるで新婚夫婦の家に、夫もしくは妻の旧友が遊びに来たときの空気のような..........。 駄目だ、良くない。リンさんの映画脳ばかりが移っている。 そのうち気まずい空気というのは、段々と殺気を帯びてくる。 いや、殺気を持ってるのは俺じゃない。彼女だ。 すごい剣幕で俺の事を睨みつけてくるんだ。 そのうち殺気が俺の体に触れてくる。 呼魔《コマ》で見る必要すらないくらいに明らかな殺気だ。 そうなると俺の脳内では、「この人が襲ってきたらどうしよう。」というシミュレーションが行われるようになる。 たとえばナイフを持っているとき。 銃を持っているかもしれない。 あの杖はなにかの武装かもしれない。 そんなふうに思ってしまうのは俺の悪い癖だ。 「っ!!!」 しかし俺の目に、明確なヴィジョンが映る。 彼女の手刀が、俺の喉を切り裂くヴィジョンだ。 プロの動きだ。俺もよくやっていた。 間違いない、この人、殺しの筋の人だ! 俺は咄嗟に一歩下がって構えをとる。 どうしよう、後に引けない。 いや、俺は後に引けるんだけど、彼女をどう説得して良いものかわからない。 え、戦うの?ここで?マジで? 「あー、えっとだな。ストップ。」 俺がどうしたら良いかわからない中、助け舟を出してくれたのはミクロさんだった。 「ベロキ、彼女は昨日まで長期出張に行っていた僕の義妹《いもうと》のぺラルだ。 ....................オイ、挨拶しろ、ペラル。」 「ペラルよ。」 「んでペラル、こいつはお前が仕事してる間に加わった新メンバーのベロキだ。言ってなかったか?」 「言ってたわね。」 「知ってるじゃないか、だったら何してんだよお前....................。」 俺の正体を知ったペラルさんから、パッと重い空気が離れて行った。 その瞬間に、互いの殺気が晴れる。 あー、苦しかった。 「お兄ちゃんが太鼓判を推してたから、どんなものなのか気になっちゃって。」 「馬鹿かおまえは。 お前ら仲直りしろ。ホラ、仲直りの握手。」 俺とペラルさんは言われるがままに握手した。 ミクロさんもペラルさんも落ち着いているけれど、俺やリンさんは全く状況が飲み込めていない。 とくにリンさんなんか俺とペラルさんを交互にあたふたしながら見ていてちょっと面白い。 「ベロキくん、さっきはゴメンね?」 「ああいや、いいんですよ?たぶん?」 いや、なんて返せばいいのさ。 ついさっきまで俺の喉を手刀で掻っ切ろうとしてきた人にどう挨拶すればいいのさ。 俺はハッとして握手した右手に注意を向けてくる。 さっきみたいなことを平然とやる人だ。 このまま俺のこの手を合気道でひっくり返す、なんてことをしてきてもおかしくない。 「そんなに警戒しないでよ〜、さっきのは遊びなんだからさ?ね?」 「む....................。」 駄目だ。 さすがにミクロさんの妹だ。 行動一つ一つがあまりにもうさんくさい。 嘘をついているのかついていないのかも全く読めない。 うーん、怪しい。 呼魔《コマ》。 殺気を見る。 うん、"一応は"異常なし。 「そんなに警戒する?」 「....................知ってるんですか?」 と聞いてみると、ペラルさんは俺の耳元に口を近づけてきた。 傍から見たらナイショ話に見えるかもしれないけれど、俺はまだ警戒を解いていない。 さっきあれだけの殺気を漏らして来た人間に対して、警戒なんて解けるわけがないだろう。 俺は今日、ペラルさんが寝静まるまでは警戒を解かないつもりだ。 こんな危険人物の近くで寝るなんてもってのほか。 大丈夫だ、1週間くらいならば寝なくても活動できる。 なんて、考えていると、俺の手に変な力が加わった。 「ふーん、"庭《テイ》"は出来ないのね。」 「えっ?」 その瞬間、俺の目で見る世界はひっくり返....................りそうになった。 なんとか反応して手に力を込め、俺はその攻撃を耐えた。 「だからお前、何してんだよ..........。 そんなにバトルジャンキーだったっけ?お前。」 「これ、私が鍛えたほうがいい?」 「いいや、今度親父に頼むつもりだ。」 「そう。」 目の前で意味のわからない会話が繰り広げられている。 いや、どうしてくれるんだ。 予想通り合気道の技なんてかけられちゃったら、もう向こう数日は警戒を解けないじゃないか。 「ベロキ。」 「はい。」 もうひとり信用ならない人から、声がかかった。 こうなると、ミクロさんのことも無意識に警戒してしまう。 たぶん、今の俺の目はすごい怖い目なんだろう。 ミクロさんはたじたじと気まずそうな態度をとっている。 「おいおいペラル。お前のせいで僕も警戒されてるじゃん。」 「いいえミクロさん。話くらいは聞いてもいいですよ。」 「はぁ..........ったくよぉ。」 ミクロさんは頭をぽりぽりかいて、「やれやれ..........」とでも言いたげな態度をとる。 あの、あなたの態度が怪しいのは前からですよね? 半ば呆れている俺を放っておいて、ミクロさんはひとりでにこう言ってきた。 「お前、明日からジパングに行ってくれ。」 と。 俺氏、昨日ぶり3度目の長期出張、決定。

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