鯣烏賊 / 第12話

殺し屋、娑婆へ舞い戻る その10

この数分、バクという怪獣とやりあってわかったことがある。 ゴム質の皮であらゆる衝撃を塞いでしまう圧倒的な防御力に、恐るべき破壊力のあのブレス。 たしかにバクは強いし、生物的にとても危険な相手だ。 しかし、奴には知能が足りない。 実際、さっきからずっと、直線的で避けやすい攻撃を何度も何度も繰り返している。 「右腕....................左向き、ストレート。」 バクがやや二足歩行のようになりながら、右拳を振りかぶっている。 ゆっくりと力をともないながら向かってくる拳をバックジャンプで避け、もう一度前を見る。 「上から、飛びかかり直線....................こっちかな。」 後ろ側にジャンプしながら距離を離した俺を追跡するように、バクが飛びかかりながら襲ってくる。 ....................これらの攻撃は、タイミングがわかりにくいから、さっきの相殺はできない。 相殺できるのは突進攻撃だけだし、あんな子供だましの技が何度通用するかもわからない。 タランチュラを壁に貼り付け、頑丈な糸を支えに、ぐるんと曲がって移動する。 タランチュラで移動しながらバクから大きく距離を離すと、バクが前と後ろの足に力を込めて構えをとる。 後ろを向いて攻撃に備えて構えるが、やってきたのは再び、飛びかかりだった。 「だから、欲しいのはそっちじゃないんだよなあ....................」 直線的な飛びかかりも、慣れれてしまえば避けるのはそう難しいことじゃない。 さっきみたいな相殺はタイミングが合わないといけないから上手くいかないけど、まず、あの飛びかかりやパンチ攻撃でダメージをもらうことはない。 そのうえ飛びかかり攻撃は、行ったあとに起き上がるのに時間もかかるらしいので、いつもその間に更に距離をとる。 そうやって俺が数秒間走っていると、バクも走って俺のことを追いかけてくる。 「あんまり頭良くないのかな?距離とってるのに」 狙っているのは、さっき撃ってきていた空気ブレス。 ほかの行動は全体的に隙がとても少ないから大きな攻撃を与えられないけど、あのブレス攻撃中にほとんど静止していると言ってもいい。 俺たちにとって絶好の攻撃チャンスになるわけだ。 だから誘発を狙ってるわけなんだけど....................こっちの意図を汲みとっているんじゃないか、ってくらいに吐いてくれない。 その巨体に見合わぬスピードで矢継ぎ早に繰り出される攻撃を、避けたり弾き返したりしてかわしていく。 右拳ストレート拳、尻尾まわし、拳なぎはらい、正面に噛みつき、溜めてからのタックル、ボディプレス、また拳なぎはらい、左拳なぎ払い....................。 飛びかかり直線! 思いっきりバックジャンプで避ける。 «そこは壁が多すぎて無理!» 「あ、ごめん行き過ぎた」 じゃあこっちだね。 俺は隙だらけのバクの腹下に潜り、バクの後ろまで走り、トマホークで一突きする。 するとバクがこちらに振り向いてくるから、相手を煽る気持ち全開のジェスチャーで、バクを違う向きにバクを誘導する。 バクがくるりと振り向いて殴ってくる....................という長い動作を終える前に、タランチュラを建物の壁に貼り付け、紐の収納の速さを利用して壁に近づき、ベランダの柵に手をかける。 片手で柵に捕まり、地面もろともバクを見下ろすような姿勢になる。 確認しようと後ろを見ると、リンさんはまだ来ていない。 俺はバクの方に視線を戻す。 「..............................おいおいおい、それはまだ嬉しくないかなあ!」 その先には、体に力を込めて、大きく息を吸い込んでいるバクの姿があった。 コオオッ....................と息を吸って俺のことを見据えるバク。 俺が掴まっていた壁を蹴って別の建物に移るタイミングと、超圧力のブレスがさっきいた場所へと着弾するタイミング、はほとんど同時だった。 さっきのやり方でタランチュラを利用して他の建物に近づき、今度は窓に張り付く。 さっきまで俺がいた場所は粉々に砕けていた。 コンクリートが割れて、どこまでがベランダでどこからが壁なのかが判別できない。 ただの空気でコンクリート砕くとかどんな威力をしてるんだよ....................。 と、いうか。 「思いっきり距離をとれば吐いてくるんだな」 これはいい発見だ。 さっきのようなヒットアンドアウェイではなく、今みたいに一度に距離を離す....................具体的にはバクが俺を追跡するのを面倒くさがるくらいの距離まで離れる。 今のは駄目だったけど、またもう一発あのブレスを撃たせればいい。 俺は手で掴んでいた窓枠を放し、地面へと飛び降りる。 高い位置だが、見えるベランダの柵や標識たちを伝って降りていき、傷をおわず音を出さず地面へと近づいていく。 俺がスタッと地面に降りると、その音を聞いたバクがこちらに振り返ってきた。 「さあて、命懸けの鬼ごっこ再開だね」 俺はいつでも移動できるよう脚に力を入れて構え、好きなタイミングでタランチュラを手から出せるように用意をする。 バクがぬるっと動く。 ドンと拳を携え、突っ込んでくる。 そのタイミングに合わせ、俺はもう一度タランチュラで思い切った距離をとった。   ----- リンは、めちゃくちゃに動き回るバクとベロキを一生懸命に追いながら、自分の装備....................主にバズーカのことをを見返していた。 リンは、怪獣討伐については素人であるベロキが怖気付くことを恐れて言っていないことだが、バクという怪獣のことを語る上で外せないことがある。 それは、バクがかなり「強いランク」に設定されている怪獣である、ということだ。 W.M.S.F.(※)が定めた危険度は、討伐した際の報酬金で表される。 バクの報酬金は、マンティス(厳密に言えば、シティ・マンティスという種)の討伐報酬の約5倍。 つまり、少なく見積ってもマンティスを倒すための5倍の力を、討伐に要するということになる。 ランクの高い怪獣は情報は出回るものの、出現個体数が低くなる傾向にある。 バクも当然その限りではなく、その討伐にかかる労力から、それなりの料の情報が回ってきている。 その中には、「外部への攻撃は効果なし、体内に攻撃すべし」という文言も記載されていた。 しかし、リンには方法が思い浮かばなかった。 あのブレスをパワーシールドで受けられたことは、一種の幸運と言っていい。 しかし、当然なことに問題点もある。 バクの強力なブレスを真正面からパワーシールドで受けて、口内に直接、砲撃で猛スピードの弾丸を叩き込む。 可能。たしかに可能。不可能ではない。 しかし、それには距離や角度を管理できる完璧な位置取り、武器の再使用までの時間がピッタリであること、完璧な位置誘導、そして「ブレスを撃ってくれるか」というご機嫌取り、運の要素も大いに絡んでくる。 パワーシールドは装甲の全回復までに残り44秒。 全回復してないとあの攻撃を防げるかどうかは不安だが、リンはあのブレスをバクの切り札と見ている。 よって、あと1分は撃ってこないだろう、とリンは踏んでいる。 バズーカの方は冷却が完了し、すでに使用できる状態になっている。 装備の確認を終えたリンは、補助武装のエアウォークを起動。 足裏に丸型のエネルギーが出現し、それが広がることで、そよ風のように僅かな衝撃が発され、リンの体がふわりと浮く。 夜空を歩き、入り組んだ低層ビルたちの間を通り抜け、高度を上げ、目まぐるしく移動しながら暴れ回っているベロキとバクを追う。 良さげな位置に二階建ての家屋があったので、リンはその屋根に降り立った。 バクの方を見ると、丁度数秒前に件のブレスを撃った直後らしい。 (悪いわね..........タイミング。) 腰に括りつけていた簡易的な手榴弾をベロキたちの方向へ投げる。 ベロキが手榴弾の着弾方向を向き、直線上にいたリンを発見するよう誘導する。 ベロキは先ほど「まかせて」と言って飛び出して行ったので、ブレスの誘発について、恐らく何か考えがあるはず....................そう彼のことを信じてリンは銃を取り出した。 ベロキがバクと再びもみくちゃになり、その場所を抜け、タランチュラを使って一気に距離を離したタイミングでバクがブレスを撃つ体勢に入った。 「ナイス!」 ベロキがリンの方向にタランチュラで飛び去ると、バクが丁度その方向ブレスを放った。 ベロキ狙いのブレスは、直線上の中間地点にいたリンの場所に見事、着弾し.........................。 話は変わるが、読者諸君は度々出現している"コスモ"という存在についてあまり理解できていない筈だ。 作者たる私の説明不足が招いたことなので、この場を借りて説明させていただく。 "コスモ"というのは、主に空気中や水分に多く含まれる正体不明の物質だ。 生物の体内にも、少なからず含まれている。 このコスモには莫大なエネルギーが内包されており、人類はこのエネルギーを最大限活用する為の物を沢山、開発してきた。 制御装置とは、このコスモを体内に取り込み、利用するものである。 この、"コスモ"のエネルギーは、基本的には生物には毒である。 毒を転用して戦闘しているので、使いすぎると「中毒」となり、鼻血から派生して様々な悪影響を人体に及ぼす。 カフェインやアルコール耐性に個人差があるように、コスモに対する耐性にも当然、個人差がある。 これを"コスモ耐性"と呼ぶ。 耐性がある、それ即ち一度に使用できるコスモの量が多いということになる。 これは、手っ取り早く火力を出すことができるということでもあり、使用できる武装の幅が広いということでもある。 リンは世界中の様々な人類と比較しても、コスモ耐性が非常に高い。 数値化して約155。 しかもこれは取り込める限界に達して計測装置が154.89まで計測した時点で破損した故の数値であり、実際には更に高いことが予測されている。 数々の武装の中で「パワーシールド」とリンの愛用している「バズーカ」はコスモ耐性の高い人物でないと使用できない武装だ。 それらを使用するための最低限のコスモ耐性を大幅に上回っているリンは、個人で戦車に匹敵する火力を出すことができる長距離移動砲台だ。 バクのブレスは通常のそれとは別物と言って差し支えない強度のパワーシールドにて無効化された。 吹き飛ぶ砂塵、崩れる瓦礫、爆発音。 そういったもの達が静まったとき、ブレスの着弾地点にはチャージを終えたリンが立っていた。
※ この世界の怪獣討伐隊は、大きくふたつに分けられる。 ひとつめは、公営で作られた怪獣討伐隊である【W.M.S.F.】。 ふたつめは、一般企業として運営されている私営の討伐業者だ。 原則として、相手をする怪獣の強さは、 「私営」<「公営」 である。 危険度が高い地域を、W.M.S.F.の隊員たちが担当している。 スターダスト怪獣討伐事務所は私営の討伐業者であるが、この事務所は、やや変わった仕組みで仕事を行っている。 本来ならば「公営」と「私営」で担当範囲が上手く住み分けられており、お互いの仕事領域には干渉しない....................というマナーがある。 スターダスト事務所の業務とは、極めて珍しい「公営事務所の下請け」であり、人員不足で手を回せない地域をスターダスト事務所が担当している、という仕組みになっている。 そのため、相手にする怪獣のランクは私営の業者の比ではない。 また、その特殊な立場上、W.M.S.F.の隊員が訪れることもしばしばある。

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