鯣烏賊 / 第111話

少年、借り物の靴を脱ぐ その10

「さぁて。コイツだな。」 俺たち4人は、眠っている増頭竜《ヒュドラ》の目の前に、立ちふさがるようにして相対した。 ヒュドラは青黒く巨大な体を丸め、とぐろを巻くようにして眠っていた。 まだ立ち上がるどころか、起床してすらいないと言うのに、その体からは言葉で表現しきれない威圧感が発されていた。 本能的な危機を感じさせる風貌だ。 狙撃手であり、メインアタッカーも兼ねているリンさんは、ここにはいない。 現に俺も、彼女が今どこに身を潜めているのかはわからない。 リンさんの居場所が初手からバレてしまうのは作戦上、極めてよろしくない。 だからまあ、そのくらいの隠密具合が丁度いいのだろう。 少なくともリンさんは、一撃目を放つまでは居場所が発覚してはいけないのだ。 彼女は弾道を操作できる固有武装(オンリーウエポン)を持っているようだし、俺たちを巻き込むヘマはしないに違いない。 「よしてめえら、散れ。」 そのステゴさんの指示に従い、俺たちは事前に決めていた所定のポジションへついた。 中央にはステゴさんとペラルさん。 右翼は俺。 左翼にはフォーザッツさん。 全員既に、武器を取り出している。 俺は起動前(起動させたらヒュドラが起きてしまうから)だけど、チェンソーを。 フォーザッツさんは、両手で持つ大きな両刃剣「ツーバンデッドブレイド」を。 ペラルさんは、魔術師の杖のような形状をした彼女の固有武装《オンリーウエポン》を。 ステゴさんはただひとりだけ手ぶらだけど、彼のまわりの土が浮遊しはじめている。 「てめえら、やることは分かってんな?」 俺たちは無言でそれに応じる。 俺たちのやることはそう複雑ではない。 むしろ役割の大変さでいえば、ペラルさんやステゴさんの負担の方が何倍も大きい。 最も大変な役目を任されているのは、間違いなくリンさんだ。 心を決めて、ことを始めよう。 目の前のヒュドラを叩き起こせば、戦闘が始まる。 叩き起すのはステゴさんの役目だ。 目指すは、撃退。 変なふうに討伐を狙おうとなんかしない。 行き過ぎた欲は身を滅ぼす。 そういう事だろう。 「よし、はじめるぜ。」 それを合図に、空中に土塊の拳があらわれる。 拳は粘土を押し固めるように圧縮されてゆき、目に見えて強度が上がってゆく。 まるで鋼鉄みたいに堅くなったその拳は空高く振り上げられて。 そして、振り下ろされて。 地面を砕いた。 ----- 土煙が巻き上がる音に反応し、眠っていたヒュドラが喉を鳴らした。 6本ある首がゆっくりとした動きで持ち上がったと思えば、急に素早い動きを見せて立ち上がった。 持ち上がった6本の首が本格的に首を持ち上げるとともに足元をグッと踏みしめ、威嚇するように鳴き声をあげた。 そして、ベロキたちには感じられないことであるが、ここで1度目の超音波索敵を行った。 標的の位置と数を補足し、それらの移動速度などを特定。 正面を行ったところから動かないふたつの人影を仕留めようと、ヒュドラが足を進めた。 そして、その瞬間に、小柄な人影がヒュドラの左手を通り過ぎた。 初めに駆け出したのは、ベロキであった。 ベロキの手にはリボルバー式のハンドガンが握られており、彼はそれを付近の地面に向けて構えた。 そして引き金が引かれたときに発射されたのは、火薬をまとった弾丸ではなかった。 それは、弾丸とは似て非なる容貌をしたナニカであった。 それは地面へ激突したその瞬間に、 キイイイイイイン! と、耳を切り裂くような怪音を発した。 その音が発されたのと同時に、ヒュドラの動きが停止した。 完全に停止したわけではない。 首はバラバラに少しずつ蠢いているし、足踏みをして移動もしている。 しかし、決定的な行動をとらなかった。 音は発された後も、その場へ残り、辺りへ響き続ける。 自身の五感の生命線である聴覚を封じられたヒュドラは、その場であたふたと暴れることしかできていなかった。 「どうだ?!」 「有効です!」 「続行するぜ!」 ベロキは飛び上がった。 手に持ったチェンソーを起動させ、バイクの起動音のような音とともにヒュドラへ突進してゆく。 低い位置にある首たちを踏みつけ、彼は頂点となる部分へ刃を振り下ろした。 そして、その刃をヒュドラの首へ押し当てながら、滑るようにして下へ飛び降りた。 チェンソーは、円状の刃を高速回転させる武装だ。 分類が斧系統であることから取手が長く、杖のようにして構える必要がある。 最大の利点は、その回転による注意の集中である。 たとえ一撃で敵に明らかなダメージを与えることができなかったとしても、この武装は終わらない。 刃が何度も何度も高速で、継続的に敵の体にくい込んでゆくことで、敵の注意力をその1点へと集中させることができる。 まさしく、それが今だった。 首に半永久的な斬撃を弱く浴びせ続けることで、まるでくすぐられているような感覚をそこへ与える。 ベロキはただ刃を押し当てて飛び降りただけなのだが、ヒュドラの5本の首たちは、その刃を当てられた1本の首に集中した。 間髪入れずに、ベロキはもう一撃を叩き込んだ。 今度は、低い位置にある首に向けられた攻撃であった。 それに敏感に反応したヒュドラは、ベロキを追うために首を全てベロキの方向へ向ける。 ベロキは時折やってくる首達の突進攻撃を、まるでチャンバラを繰り返すようにしていなしながら、背後へ走ってゆく。 巨大な首が6本も、1人の男へ向けて一斉攻撃をしかけてゆく。 はじめは対処できていたベロキも、段々と余裕がなくなってゆき、遂にはパワー負けしてしまった。 チェンソーの柄を用いて防御したものの、ベロキは大きく吹き飛ばされる。 そこへヒュドラがトドメの一撃を刺しに行く。 それを阻止したのも、1人の男だった。 フォーザッツである。 フォーザッツは手に持った強固なハンドシールドを使い、強力な突進攻撃をしてくるヒュドラの首を受け流した。 反射的に反応したヒュドラは次の攻撃を仕掛けるが、ワンテンポおいたベロキは冷静にそれらの攻撃へ対処した。 「助かります!」 「いいえ、とんでもない!」 ヒュドラはさらに目の前の小さな獲物を追い詰めようと行動を試みるが、それはとある存在に阻止された。 ヒュドラの背後には、巨大な人影があった。 身長は軽く40メートル近くあり、6本の腕を持つ。 巨大な観音像である、 。 顔には慈愛に満ちた表情を貼り付け、4本の腕をまるで手印のようにして構えている。 そのうちの2本を用いて、ヒュドラの最も外側の2本の首を鷲掴みにしていた。 「へっへっ....................カンペキにやるにゃあ、時間が必要なんだよ、土塊観音《ツチクレカンノン》!」 パワーは拮抗しているようで、互いに攻めあぐねているように見られた。 ヒュドラは掴まれた頭部を必死に引き剥がそうとし、観音の拳がそれをさせまいとヒュドラの頭部を握りつぶす。 否、ステゴが観音を全開にすれば、恐らくヒュドラ程度のパワーならばねじ伏せることが可能である。 しかし、今のステゴはヒュドラに観音壊されないよう、ボディ強度を上げた上で、力が込めやすいように完全顕現までさせている。 この状態から全開にするリスク。 彼はこんな戦闘序盤にそのリスクを取ることができないのだ。 「ペラル!」 「はいよー!」 ステゴの背後に立っていた筈のペラルであるが、いつの間にやらその背後から姿を消していた。 彼女が立っているのは、ステゴが作り上げた観音像の、拳の先端。 すこしでも跳躍すれば、ヒュドラの頭部に足を乗せることができるような位置だ。 そんな場所に危なげもなく立っているのはひとえに、ステゴの操作の巧さも関係している。 ペラルは杖を構え、先端につけられた宝石のようなものを、ヒュドラへと向けた。 「固有武装《オンリーウエポン》『|呪い、殺す者《カフナカウラ》』。」 その合図で、宝石が光る。 武装の起動とともに、機能の反映が始まったのだ。 その光はいずれ不思議なオーラのようにヒュドラの首と観音の拳を被ってゆき、ピンク色とも紫色とも取れないような色へ変化してゆき、終いには物質へ成った。 「『|めんどくせぇガム《スパイダーハウス》』!」 そして、それは段々と弾力を帯びてゆく。 ただの弾力ではない。 ヒュドラが首を引き剥がそうと暴れると、その物質がネバネバと伸縮し、ヒュドラの動きをさらに封じるのだ。 自分の首のうち1本が完全に塞がれたことを察知したヒュドラは、もう1本の掴まれている首を解放するために、そちらへ意識を向けた。 そう、意識を向けたその瞬間に、数刻の綻びと隙が生まれたのだ。 「でかした!降りていいぜ!」 観音が目にも止まらぬ動きでさらに2本の腕を追加し、もう一本の首を縛る。 1本の腕の掌にペラルを乗せて別の場所へ離し、残りの1本を別の首の拘束へ使用した。 そして、ここで1分が経過した。 「間に合った、な。」 フォーザッツの持つピストルから、件の破音弾が発射される。 それはふたたび継続的な怪音を発し、ヒュドラの聴力を鈍らせて索敵を封じる。 以外にも、役割があった。 そう、2発目以降の音は、もはや妨害として飲みの破音弾ではない。 もうひとつの、重要な"合図"なのだ。 数刻も時が経たないうちに、空が光った。 煌々と輝くそれはまるで流星のように弧を描く。 そして、迷いのなき弾道と弾速でヒュドラへと向かってゆき....................そのときが訪れる。 全員が無意識に目を瞑ってしまうほどの明るすぎる光と共に、爆音が鳴り響く。 ヒュドラの咆哮などなかった物のように扱うそれは、猛烈な衝撃波とともに地面へ現れたのだ。 "煌熱火薬《フレアニトロ》"。 タネはそれである。 ----- 実のところ、ベロキたちのやっていることは、単純明快であった。 とにかく注意を無駄なところへ割かせ続け、その不注意が頂点に達したころに本格的な拘束を行う。 この拘束には、ステゴの観音による拘束のほか、ペラル主体の拘束法がふたつ。 それと、事前に設置している罠による拘束がいくつかある。 ここまでのことを、1分以内に全て済ます。 これが最低条件である。 マリンヒュドラという生物は、聴覚の有無で生物としての強さが大きく変化する。 ヒュドラに自由な聴覚を与えてしまうと、ヒュドラが先手を取って行動できるようになってしまう。 6本の首をもつ上、その6本全てがしなやかに動く。そして、その大きさと筋力から、首1本1本の威力が一般的な怪獣の比ではない。 現在のヒュドラは、聴覚を失っているため、常に受けた感覚へのカウンターを取るという後攻的な動きをしている。 それでもなお、ベロキという実力者が押し負けた。 おそらく結果自体は、フォーザッツでもさほど変わりない。 ヒュドラには決して自由な聴覚を与えてはならないのだ。 そして、その聴覚を制限する破音弾。 破音弾には、もうひとつの重要な役割が与えられている。 「ふぅ、命中ですよっと。」 合図である。 リンは、戦闘地帯から約300メートル離れた木の枝に身を隠していた。 「庭(テイ)」を使っている限り、それの性能のおかげで、リンは離れた場所からでも、まるで間近で見ているように戦況を把握できる。 そう。ずっと把握していた。 ひたすらに、破音弾の合図を待って。 戦況を睨み続け、常にヒュドラのとある一点に向けて照準を合わせ続けていた。 そして、合図と同時に、撃鉄は引かれた。 煌熱火薬《フレアニトロ》というのは、火薬武装の一種。 破壊力を意識したわけでも、使いやすさを重視した訳でもない武装。 発するのは、熱だ。 まるでそこに火の玉が投げられたように、凄まじい熱を発す。 なかなか使われない珍しい武装であるが、煌熱火薬《フレアニトロ》はこの戦闘の生命線だ。 すべては、マリンヒュドラの弱点を執拗に狙い、戦意を喪失させるための。 弱点をひと刺しすれば、マリンヒュドラは十中八九、撤退する。 しかしその弱点は、クリスタルのような物質に覆われているのだ。 そのクリスタルは、熱に弱い。 なぜなら、とても純度と強度の高い氷でできているからだ。 だからこそ、煌熱火薬《フレアニトロ》が輝くのである。 光と衝撃波が止み。 ヒュドラは狙撃手の方向を補足していた。 「あと3発ってところかしら....................!」 第2ラウンドがはじまる。

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