石鬼 輪たつ🦒 / 第4話

第3話   ヒーローとなる男

「……ホネ! インセキのホネ、どこだラ!」  怪物ミノタウルスによく似た、牡《お》ウシの頭をもったナゾ多き存在。  情《なさ》けなく地に手をつくトリニティへと、鼻息《はないき》|荒《あら》い脅迫《きょうはく》の相《そう》を浮かべて詰《つ》め寄《よ》る!  だが、トリニティはいまだ牡《お》ウシ頭のねらいを理解するに至っていない。  |重々《おもおも》しく口を噤《つぐ》み、邪悪な存在とにらみ合うしか手だてがなかった。  そのとき、貝釣《ばいづり》大学祭ステージの司会の男が、大きな声を張り上げた! 「インセキのホネ……まさか! われら貝釣《ばいづり》大学が誇《ほこ》る発掘チームによって厘月《りんげつ》町|下羽羅《したっぱら》で15年前発見され、《《隕石に付着したウイルス由来の遺伝子》》をもつことが判明したという世界に二つとないあの『化石骨《かせきこつ》』のことかッ! ちなみに今はグラウンドから徒歩1分の隕石資料館で厳重に保管されている、くそッ、こんな得体《えたい》の知れないバケモノに絶対渡すわけにはいかないッ!」 「ありがとラ」    ……それは、命乞《いのちご》いのつもりだろう、牡《お》ウシ頭への支援に過ぎなかった。  早口で全部話してくれた司会の男に礼をのべ、のっそのっそと牡《お》ウシ頭は巨体を揺らして隕石資料館へと向かう。 「ああ、ヤツが行ってしまうぞトリニティ!」 「お前が教えたせいだろッ!」  トリニティは思わず司会の男にツッコミを入れる。 「ですが、このままでは貴重な化石骨《かせきこつ》がヤツの手に……助けてぇ、トリニティいぃぃ!」  司会の男は肺いっぱいの空気とともに、やぶれかぶれに叫ぶ。  彼のようすを前に、トリニティは何も言えなくなる。  しかし、そのときステージの外で大きな渦《うず》が起こった!   トリニティへの声援の渦だ。  司会の男の被害者|仕草《しぐさ》が図《はか》らずも観客の好奇心に火をつけた。  観客はここぞとばかりにトリニティの名を呼び、早く行けよと煽《あお》り立てる。 「トリニティい!」「トリニティい!」 「あー、もう分かった! それから早く避難しろよッ!」  トリニティはそう告げて立ち上る。  ステージからの去り際《ぎわ》、司会の男によろしくと合図し、巨大生物を追跡する。    ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 『ヒーローと名乗るのは1人から、ヒーローとなるのは1人以外から』  この言葉を信条に、男は『商店戦士《しょうてんせんし》トリニティ』になった日以降、商店街の人々ひいては虚幌須《うろぼろす》市民にヒーローとして認められるための努力を続けてきた。  けれども……巨大生物との戦闘など、《《ご当地ヒーロー》》活動の範囲外に決まっている!  トリニティは、隕石資料館へのたった1分という道程《どうてい》で、すでに汗みどろになってしまった。  あの牡《お》ウシの頭をしたバケモノを、自分にどうにかできるのか?   不安でならなかった。  トリニティが走って急行するが、隕石資料館に牡《お》ウシ頭の姿はない。  少し遠くへ目を遣る。  牡《お》ウシ頭は余裕《よゆう》|綽々《しゃくしゃく》とした歩きで近づいてくる。  追い抜いてきてしまったらしい。  ヤツの、無敵という振る舞いに腹が立つ。  建物の中と周囲はまだ人払いが済んでいなかった。  見物人は何事かとトリニティを囲《かこ》った。 「ここから逃げろ! 早くッ!」  見物人はトリニティのひっしな言葉を受けても、意に介《かい》さない。  ついに、牡《お》ウシ頭はその恐ろしい腕《うで》がトリニティたちに触れうる場所までやってくる。 「そこで止まれッ!」  トリニティは声で牽制《けんせい》する。  なおも接近する牡《お》ウシ頭。  トリニティは戦闘態勢で逃げない。    牡《お》ウシ頭が、眼前の光景をあざ笑う。 「通《とお》せんぼかラ?」 「そうだ、止まらねえと痛い目みせるぞ!」 「ブホオ! 人間、オモシロいラ」  牡《お》ウシの頭が噴《ふ》き出す。  次の瞬間、巨大な凶手がトリニティに振りかかり――彼の胴体《からだ》を吹き飛ばした。  鼻先の煩《わずら》わしい羽虫を払《はら》うように。  トリニティは大学敷地を囲う外壁にぶち当たり、地面へと倒《たお》れる。  外壁のレンガも崩《くず》れ落ちる。  うつ伏せになったからだを天空に見せると、その腹部は腹直筋《ふくちょくきん》の下まで抉《えぐ》り取られ、臓物《ぞうもつ》がのぞいていた。  意識もうろうとするトリニティは浅い呼吸を繰り返した。 「コ・キユ、ホネ、もらうぞ」  牡《お》ウシ頭が、死に瀕《ひん》したトリニティへ情《なさ》けをかけて宣言する。  反射的にぱくぱくとトリニティは口を動かすも、出てくるものは血ヘドばかりだ。  見物人の1人が110番だろう番号に電話をかける最中《さいちゅう》、誰もが、トリニティは助からないと救護のそぶりすら取らなかった。  平屋建ての隕石資料館。  牡《お》ウシ頭の2メートル超《ごえ》の巨躯《きょく》には、入場拒否を突きつける。  だが、牡《お》ウシ頭は止まらない。  ギュッとなり無理やり体を出入口へと押し込み、中に入ってしまった。  何もできないトリニティたちが呆然とする中、なぜだろう――資料館が突如爆発した。  ドカンッッ! 内側から弾《はじ》け飛んだ。  空気を入れ過ぎた風船のように。  爆心地を見ると、爆ぜた建物はすっかり解体され、牡《お》ウシ頭は無傷にもかかわらずポカンと口を開けて棒立ちしているのだ。 「――そこまでだよ、コ・キユ!」  声が降る。一同が視線を遣《や》る。  遠目にもわかる小柄で、身長1.5メートルもない子どもが1人、貝釣《ばいづり》大学の外壁の上に立っている。  燃える炎の髪《かみ》に、真っ赤な肌。  大きいオレンジのような髪飾りが2つ、陽光をまばゆく反射する。  セーラー服を着ているが、一目《ひとめ》で普通の人間でないことは分かった。尻もデカすぎる。 「女の子か?」 「オマエ、たしか……」  見物人、さらに巨大な牡《お》ウシ頭のバケモノも、少女の異様さについて疑問の声を上げる。 「人間に迷惑をかけることは、重罪だよ! 帰ったらきっついお仕置きするからね!」  巨大生物の強行を、迫力のない口調で叱《しか》り付ける少女。 「やっちゃえ、マジモス!」  その口が次に叫ぶと、彼女の横でいつの間にか飛行していた巨大バエ(のような肉《にく》色の生《い》き物《もの》)が、激しいピンクに輝《かがや》き始めた!  これを合図に、先ほど爆《は》ぜた建物跡からこまかな何かが無数に飛び出し、巨大バエにまとわりつく。  何かとは、肉片《にくへん》のようだ。  肉はすべて《《少女と同じ色》》をしていた。 「さっきから何なんだよお!」  騒ぎ立てる見物人をよそに、肉片を身にまとった巨大バエはそれを非常にマッチョな人間形態へと変貌《へんぼう》させ、牡《お》ウシ頭に掴《つか》みかかった。  しかし相手はミノタウルスに似た巨大生物だ、それだけで行動を制することは難しい。  2者は相《あい》|四《よっ》つのような姿勢となり、拮抗《きっこう》する力で組み合う。 「おい、トリニティしっかりしろ! いま救急車が向かってるから!」  一方、真っ赤な肌の少女は、見物人の切羽《せっぱ》|詰《つ》まった呼びかけに気付く。  少女が顔を向けたころには、トリニティの周《まわ》りに血《ち》|溜《だ》まりができ、マスクをかぶった彼の生死を一目で判断することは困難となっていた。  少女は真っ赤だった顔を紫《むらさき》色にし、トリニティへ駆け寄る。  踏み入った足元の血溜まりも気に留めない。  彼のからだを、セーラー服の白が鮮血《せんけつ》に染まることもいとわず抱《だ》き上げる。 「……よかった、まだ息があるっ」 「な、んだ、お前?」  トリニティはかすれ声でつぶやく。  少女は答えず、首を横に振った。 「えっと、『商店戦士トリニティ』でしょ? 町に来るといつもポスターで見かけるよ。本物は初めて見たなぁ! ボクたちの戦いに巻き込んで、ごめんね。こんなッ」 「ああ、ありがと……けどな、トリニティはここで、終わりなんだ……」  腕《うで》の中の呼吸が薄《うす》れていく感覚に、少女は表情を歪《ゆが》ませる。 「そんな! そんなのダメだよ……うん。ボクは、あなたを助けたい! ボクを信じて!」 「はあ? ……お、前に、何ができるッ」 「ボクには『細胞《さいぼう》を生み出す力』がある!」  少女の肌色が、巨大バエと同じ激しいピンクに光り輝く。 「今この戦いが終わるまででいい……それだけでいいんだ……この人を救えるならッ!」  刹那《せつな》、トリニティの内臓《ないぞう》まで抉《えぐ》れた腹部のふちがプツプツと膨《ふく》れ上がり、無数の《《触手》》のように伸長する。  ただし彼の肌色でなく、少女の真っ赤な肌色をした触手《しょくしゅ》だ。  やがて触手は露出《ろしゅつ》した内臓《ないぞう》を覆《おお》い隠し、ふたたび膨張したかと思えば――致命傷を完全にふさいでしまったのだ。  トリニティはじょじょに意識を取り戻していく。  腹部には傷の代わりに、少女の肌色をした《《カサブタ状の組織》》ができている。 「なんだ、これ……」  理解を超えた現象によって呆気《あっけ》にとられるトリニティ。  死にからめ捕られるはずだった彼のからだは、容易に立ち上がることができた。  瞳《ひとみ》ももとの視界を映し出す。  見ると、なぜか爆発した隕石資料館の跡地で、ミノタウルスとムキムキの巨大バエが取っ組み合いになっている。 「キモッ。なんだよ」  悪態《あくたい》をついた後、強い勢《いきお》いで頭に血がのぼる感覚がし、トリニティはめまいを覚える。  同時に見たこともない映像が脳裡《のうり》に浮かんだ。           ――――  目に刺さる照明。  ぼやけた視界には、幼い真っ赤な肌の少女がいる。  金属椅子に固定され、絶えず訪れる白衣の大人たちに玩具《おもちゃ》・薬剤・暴力を与えられる。 「助けて……」と少女。近寄ると自分を愛おしそうに抱きしめてくる。 「……マジモスだけが友だちだよ」と力ない声で言う。  場面が変わり――、  幻想《げんそう》的な平原。  それが氷のごとく崩《くず》れていく。  立ち尽くす、成長した真っ赤な少女と、もう1人|容姿《ようし》の似た白髪の子どもがぐったりした何かの動物を抱《かか》えている。 「止《と》めないと。取り返しがつかなくなる」と白髪の子ども。 「……わかってるよ。ボクがやるよ」と真っ赤な少女。「行こう、マジモス。地球へ」と。  そして自分をまた愛おしそうに抱擁《ほうよう》する。  ――――       「……さっきからずっとずっと意味不明なことばっか起きやがる。くそッ!」 「どうしたの、トリニティ?」  声を荒らげるトリニティのそばで、彼の血にまみれ赤色を増した少女が目を丸くしている。  トリニティは今しがた見えた、身に覚えのない映像が、巨大生物と戦っている巨大バエ「マジモス」の記憶であること、少女との思い出であることを察した。  なぜ、この記憶を覗《のぞ》くことができたのかは理解不能だ。  致命傷を負ったはずの腹部がもう何ともない理由も分からない。  分からないずくめだ!  それでも! どこからともなく伝わってくる|マジモス《ヤツ》の声が、闘志《とうし》を奮《ふる》い立たせる。  トリニティ、お前には戦う力がある。――戦え!                          「俺も戦うぞッ、アルウゥス!」  トリニティ――1人の戦士が魂《たましい》をもって叫ぶ。  アルウゥスとは真っ赤な肌の少女の名だった。  そして巨大生物を抑《おさ》えていた巨大バエが呼応し、急造の肉体から飛び出しッ、戦士のための武器へと変身する。  鶏足《もみじ》と鶏冠《とさか》、肉垂《にくすい》をあしらったマスクをハエが丸ごと呑み込み、よりグロテスクな紅玉の瞳・鋭《するど》い触角・鬣《たてがみ》のごとき剛毛をかたどる。  全身には肉片が張りつき、専用の衣裳《アクタースーツ》のごとくなる。  肩《かた》と腰《こし》には真っ赤な手足の意匠《いしょう》が絡《から》みつき、腹部のカサブタから蠢《うごめ》く触手が伸び、円環《えんかん》の模様《もよう》を形《かたち》作った。  その装いはまさに戦闘特化の《《触手スーツ》》だ。 「ちょっと、えっ、どうなってるの――」 「俺も戦うぞッ、アルウゥス!」 「繰り返さなくていいよ! と、とにかくボクも援護するから」 「いくぞ!」  力を得たトリニティが、巨大生物に向かい全力疾走する!

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳