橋本直 / 第74話

第69話 知らないように育てられた国

「これは隊長から直接聞いた話でもあるし、艦長権限で見られる資料にも残っているわ。まあ、かなめちゃんなら知ってるかもしれない。遼州人は『銃』とさらにより効率的に遼州人を排除するための近代兵器によって追い散らされ、そのすべてを地球の文明人達の金をはじめとする資源に対する『欲望』によって奪われた。地球人の執拗な追跡をかわして隠れて暮らし、あるいは地球人に紛れて地球人のフリをして生きることを強制されたことで『リャオ』が独自に持っていた言語は失われ、文字を持たない遼州人は『未開人教化』と言う名のもとに地球圏に『管理』された……そして地球の特権階級がびた一文東和では当たり前の『福祉』に金を使いたくないという理由で『宇宙追放の刑』同然に地球を追放されてこの星に流れ着いた移民たちは地球の支配者階級に『安価な労働力』として地球で使われていた鬱憤を晴らすかのように『リャオ』を無給の奴隷として酷使し、使いつぶした……」  アメリアの表情にはいつもの笑顔は無かった。誠から見てもその言葉にはいつも笑っているような顔つきのアメリアが笑顔を見せるような内容は一つも無かった。  誠は手が泥だらけになって金鉱山の堅い岩盤につるはしを突き立てる自分を想像して身の毛がよだつ思いがした。その生活は明日も明後日も死ぬまで続く。与えられるのは労働に耐えられるだけの計算されたカロリーだけ。そんな生活を自分が送っていたかもしれないと考えると自然に恐怖は実体として目の前に姿を現した。  もしかしたら自分もそのような奴隷として地球人の銃に怯えて強制労働に従事することになったかもしれない。誠はそんな想像をしてぞっとしていた。しかも相手は人を殺すことを何とも思わない戦争を何より愛する地球人である。そんな人間に監視されて奴隷として生きるなどと言うことは誠にはとても耐えられるものではないと言えた。  彼女の語る言葉は、遼州の痛みを知る者の語りだ。誠は自分がそこに直接的な責任がないことを知りながら、同時にその歴史の重みを感じずにはいられなかった。そしてそのような境遇に今誠が無いことに疑問に思いながらそうならなかった理由をアメリアが語るに違いないと誠はアメリアの言葉を待っていた。 「地球圏の人は……おそらくそんな私達から見た『真実』なんて知らないわよ。地球圏を支配している『超富裕層』は自分の手柄はネットで『市民』に教えるけれども、自分がした悪事は情報統制で意地でも『市民』に知らせたりなんかしない。地球圏に住んでいる人たちは遼州圏で自分達は遼州人に良いことばかりしたと思ってる。『未開人』に『文明』を教えたと威張ってるんじゃない?むしろそんな金をはじめとする資源を掘らずに眠らせておく遼州人の考えることを理解不能で金を正しく使ってやったと自慢しているんじゃないかしら?でも要するに地球では自分達が選挙で選んだ『超富裕層』の特権階級に支配されることが当たり前だったのに、この遼州では自分達が特権階級と同じ思いが出来る……でもそんなことがいつまでも許されるはずがない……まあ、今の地球の人達は『宇宙は神から与えられたフロンティア』とか今でも言ってるくらいだからその後でその奴隷化した『リャオ』とそもそも進歩に全く関心を示さない『リャオ』を見て地球の現状に疑問を持ち始めた元地球人たちが始めた独立戦争でどれだけ自分達が痛い目を見たかなんて言うことはまるで反省していないでしょうけどね」  アメリアの言葉に誠は違和感を感じた。確かに地球人には反省の色は見えない。東和近海や領空でも頻繁に地球圏の軍艦や飛行戦車が侵入して大騒ぎになるのはテレビニュースのお約束的な話だった。東和とはあまり仲の良くはない同盟加盟国である遼北人民共和国ですら近海での演習をしたというニュースはあるものの東和の領海や領空に侵入したというニュースを聞いたことが無かった。  遼州に地球人が到達してから『遼帝国』独立までの二十年の戦争の歴史。誠はその項目が『地球人に抵抗し、独立を達成した』の一文で終わっていたことを思い出し、何か大事なことが隠されているような違和感を感じたことを思い出した。 「そんな遼州人と地球人の出会いの裏側の出来事はどうでもいいの。それ以上に問題なのは、この『東和列島』には、そんな悲劇を黙って見つめている『存在』があったことよ……まるでそんな地球人がやってくるのを事前に知っていたような……そして隣の大陸の同じ人種の『リャオ』がその奴隷になるのを静かに見守っている『存在』が……この東和共和国に」  アメリアは表情を殺してそう言った。  そして、真っ直ぐに誠を見つめた。 「東和共和国にそんな『存在』があった?そんな話、僕は聞いたことが無いですよ!僕も小学校で遼州独立の話が大事な話の割にあっさり終わるし、僕たちの住んでる東和共和国がそれにどう関係したかなんて高校の教科書やネットで調べても出てこないんで不思議だなあとは思ってましたけど……なんです?その『存在』って」  突如、本性を現したアメリアの言葉に誠は息を飲んだ。  無知である自分への驚きと、知らされた事実の重さに誠の胸は高鳴る。だが遼州生まれである自分が知らないこと……それ自体が彼のアイデンティティの裂け目を示した。 「地球人がこの星を見つけてから調査隊がこの『東和列島』に到着した時に、奇妙な事実に気が付き驚愕したそうよ。そこに住んでいる人々が『日本語』を話し、『日本語』で考え、『日本的』な名前を持ち、『日本人』にしか見えなかったってね。『銃』どころか、地球人と互角に戦える航空機や戦車まで配備していたらしいわね、その『公式』な調査隊が到着した時には。だから彼等はこの東和共和国には指一本触れることができなかった。だって遼大陸の『リャオ』達は石斧と槍しか持ってない絶対勝てる戦力だったのに、この東和共和国には地球の最新鋭の兵器を上回るような戦力がごまんといる……そんなのと戦争する戦力なんて地球の支配者階級たちが死んで当然の移民たちに与えるわけがないじゃないの。地球人がこの星にやって来た時にはこの東和共和国は今とほぼ同じ形で存在していた訳よ」  誠の知っている歴史とは違うその東和の過去についてアメリアが語る事実に困惑した。  誠は自分の名前を、頭の中で一度だけ繰り返した。  神前誠。  それがなぜ今、急に借り物のように思えたのか、自分でも分からなかった。  『日本的』な文化を模倣する東和の存在。誠は自分の言葉や習慣が『模倣』だと教えられると、妙な疎外感を覚える。 「地球のその地球人としてはまともな調査隊の結果を『地球圏』に報告したんだけど……握りつぶされたそうよ。『遼州は未開人の星で技術が発生していることなどありえない。そもそもそれならばなぜ遼大陸の文明とその列島の国家の間にそんなに技術の差があるのが理解できない』ってね……何のことはないわ。地球の『超富裕層』は、身銭を一銭も切りたくなかっただけそんなものよ」  アメリアはどこか諦めたような調子で投げやりにそう言った。  一握りと呼ぶことすら不十分なほどに限られた人間だけが富と権力を民主主義で握り続けることが永遠に認められた『地球圏』。  その富める者の身勝手な思惑がこの遼州の運命を変えたのだと知ると誠は何を基準に物事を考えたらいいのか分からなくなっていた。  この東和共和国は『国民総中流』と呼ばれるほどに格差が少ないと遼州圏内でも言われていた。  高校の時の政治経済の授業で地球圏の一番貧しい国の大統領でもこの国なら年収の九割を税金として納めることになると言っていたのが思い出される。  ましてや地球圏の大国の『超富裕層』などはそもそもこの国では生きてはいけないだろう。    そんな思いが誠に去来した。  複雑な面持ちが隠せない誠を見つめながらアメリアは言葉を続けた。   「地球に住む価値がないと見なした移民のために、東和共和国という危険な相手と戦争する気なんてなかったのよ。 東和共和国は『一国平和主義』で絶対に攻めてこないのは分かってる。なら遼大陸を全部自分達のものにしても何の関心も持たないだろうってね……まあ、地球人は自分の都合のいいように歴史も現実も理解するからそう思ってたんじゃないの?」  皮肉めいたアメリアの言葉。誠は確かに地球人には目の前にあるこの国が本当にその言うことを守ると信じ込んでいたとしたらあまりに愚かだと思えてきた。   「地球人の発明したと言う政治制度の民主制度なんて名ばかり。情報を操作すれば、結果はいくらでも弄れる。そうやって彼らは、選挙で選ばれた絶対君主みたいに振る舞っていた。誠ちゃんは歴史を知らないから分からないかもしれないけど、民主主義は絶対的な王様を倒して生まれたのよ。それが自由主義経済でかつての王様くらいの富を手にしたらその人が王様になった。それも民主主義と言う制度を利用して。まさに歴史の皮肉よね」  あざ笑うかのようなアメリアの口元には誠にはどこか寂しげに見えた。 「そして今でもあそこの『超富裕層』は政治にお金がかかるという理由で税金を一銭も納めずに『公平な税負担』の名目で間接税を全面導入したのよ。まさに王様ね。役人や軍人の自分の言うことを聞く『騎士階層』と呼ばれる人間や、ただでさえ食べ物を手に入れる収入も無いAIロボットの掃除しかできない『市民』に課してそれで国家を運営している……地球人はお金を持つとよりお金を欲しくなって一切それを自分のため以外に使いたくないと考える生き物なのよ」  アメリアの語るこのかつての『東和共和国』の歴史は誠のまったく知らない歴史だった。  誠は、そこで初めて自分の知っている歴史が、誰かに都合よく畳まれていたのだと気づいた。  教科書に載っていなかったのではない。  載せないように、誰かが決めたのだ。  完全に消し去られた歴史。そして誰もがその存在が無いことに疑問を思わない歴史の空白。誠もこの国の歴史が、まるで遼州圏の地球圏からの独立後に突然始まったかのように書かれていることに違和感を感じていたが、歴史の教科書は自国のその消し去った歴史の代わりに元地球人たちが勝手に始めた戦争の話を語るばかりで誠には何も教えてくれなかった。  理解不能で固まった表情を浮かべる誠を見てアメリアは優しい笑顔を浮かべて話を続けた。  優しい笑顔は鎮めの意図を持っている。重大な事実を突きつけられたとき、人はまず安心を求めるのだとアメリアは知っているのだろう。 「それに『リャオ』が主に住む遼大陸南部で起きた独立戦争も次第に地球圏の国家群の支配者階層の意思に従う移民たちの旗色は悪くなっていった……見た目は地球の東アジア人にしか見えない『リャオ』が地球のアメリカとロシアとインドに三分割されて国を失い犯罪組織の構成員としか生きる道の無くなった東アジア系『無法者』と裏取引をすることくらい……考えなかったのかしら?そして自分達が『無かったこと』にしたかったこの東和共和国の勢力がその『リャオ』達を黙って見捨てるとでも?地球の政府の人達、少しは空気を読んでほしかったわね。いくら最初は石斧と槍しか持ってない『リャオ』でも横から条件次第で最新鋭の武器を譲ってくれるという親切な犯罪組織に属する地球人や、地球とほぼ互角の軍事力を持つけど『一国平和主義』の大義があるから直接かかわりたくないから武器だけはあげるという東和共和国が存在すれば独立できて当然じゃないの」  アメリアがそこまで言えば誠にも、そこでようやく理解できた。  教科書に書かれていた『独立戦争』は、遼州人だけが槍と石斧で奇跡を起こした物語ではなかった。    誰かが武器を流した。    誰かが兵器を奪わせた。    誰かが、地球人に見えないところで戦争の形を変えていた。  そしてその人物たちはその事実と記録をすべて抹消し、その出来事は誠の歴史の教科書で測ったことにされたのだと。 「まあ、東和共和国も国是があるから正規の軍を派遣して地球圏との大戦争なんてする気はなかったけど、自分の国の海を隔てて隣に無野に見核ミサイルを撃ちたがる地球人の国が出来たりしたらいい気分になる訳が無いじゃないの。だから直接は手を出さないけれども間接的に独立勢力にはありとあらゆる支援をしていたのよ。だからやたらと地球軍の兵器が簡単に独立軍に奪われるなんてことが起き得たわけ。だって機械の意味さえろくに知らない『リャオ』や軍に直接のコネクションの無い犯罪組織にはそんな専門的な軍事作戦を立てる事なんて不可能だと思わない?当然、うちみたいな特殊部隊……ちょうど島田君みたいな人をたくさん送り込んだら次から次へと地球軍の兵器はかっぱらわれちゃったんでしょうね」  そう言ってアメリアは遠くを見るように顔を上げた。  軽口に見えて、その背後には怒りと嘲笑がある。人間の歴史は裏取引に満ちていて、善意の仮面の下に損得が隠されていることを彼女は知っている。  誠は、喉の奥が乾くのを感じた。  知らなかった。  それだけなら、まだ自分の勉強不足で済む。  だが、これは違う。  学校で習わなかった。  ネットで調べても出てこなかった。  誰も話題にしなかった。  つまり、自分が知らなかったのではない。  知らないように育てられていたのだ。  アメリアの言葉の単語が誠の耳に届くたびに、誠の心の中には一つの疑問が浮かんだ。 『こんなこと……誰かが仕組まないと絶対に出来ない……それがアメリアさんが言う『存在』……でも誰が何のためにその『存在』を生み出したんだ?そんなことをしていったい誰が得をするんだ?分からない……』  誠の自問自答はそこでどうしても止まってしまった。 「それらの支援で戦力が拮抗し始めた段階でもう地球圏の政府に従順な移民には勝ち目がなかった。遼州大陸の技術を持たない人達も地球の犯罪組織や東和共和国の軍事支援を受けたんですもの。あとは得意のゲリラ戦を展開されたら地球を支配する『超富裕層』がこれでは金の卵を産む鶏を手放すと本腰を入れた時には、甲武で宇宙で地球人に対抗できる文明に備えるために配備したはずの軍隊が『リャオ』に手を貸しますと言い出したらもう何もできないで終了したっていうわけよ。あの『遼州独立戦争』という戦いはそもそも地球圏の犯罪組織と東和共和国の存在があった時点で最初から勝負は決まっていた出来レースみたいなものね。地球圏の『超富裕層』に盲目的に従ってきたそれまで『リャオ』や、『地球人であることをやめた元地球人』たちを一方的に支配できると思っていた移民たちは、ただこれまでの復讐としてなすすべもなく争いを好まないはずの遼州人にこれまでの復讐とばかりに殺されていった」  アメリアはここで初めて笑顔を見せた。  笑顔は勝利の記憶を呼び起こす。皮肉なことだが、遼州の独立には外部の意図しない協力があった。歴史はそうした交錯でできている。  誠には、その笑顔が勝者のものには見えなかった。  それは長いあいだ語られることのなかった歴史を、ようやく誰かに渡した者の笑顔に見えた。

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