橋本直 / 第31話

第26話 誠ちゃんはもう決定済み

「誠ちゃん。僕は口下手だからとか言う言い訳は止めてね。そんなものは理由にならないから。世の中そんなに甘くないのよ」  アメリアは人差し指を立てて諭すような調子で誠にそう言った。 「私も結婚相談所で百件以上デートしたけど、全部初回で交際終了よ。つまり話術だけで人は動かないの。誠ちゃん。組織ってのは『生態系』だってのがうちの隊長の持論でね。私もなるほどなあとは思ってるんだけどね」 「生態系?」  誠を見つつも部下の女子隊員のモニター操作が正確かどうかちらちらと観察しているアメリアを眺めつつ、嵯峨に持論なんてあるのかと首をひねっていた。 「そう。一人ひとりが関係しあってこそ存在することが許される微妙なバランスの上にある存在。そんな感じかしら?上位者も下位者も一人として欠けたら崩れてしまうような|脆《もろ》い存在……誠ちゃんの口下手。時々見せるツッコミ……それもうちには必要かもしれないわね。これまで来た男の子にはそんな雰囲気はまるで感じなかった……彼等には彼等の生きる『生態系』がある。そういうことなのかもしれないわね……あれくらいのギャグを『おいしい』と思えないようじゃうちには向いてないのよ」  アメリアはそう言うと腕を組んで誠を見つめた。 「でも、一度その本来他の環境では生きられないはずの変わった生き物が一度その『生態系』に適応してしまえば無限の可能性を発揮することになる。一人ひとりがばらばらに戦うよりははるかに強い存在になる。それが組織だと思うの。これは隊長の受け売りではなく私の導き出した独自の答え……私みたいな存在でも自分で答えを導き出すことができるのよ」    強い口調でそう言うアメリアに誠は静かにうなずくことで応じた。 『タライが落ちてくる生態系なんて、できれば関わりたくなかった……けれど、不思議と、その比喩は腹に落ちたな』  誠はどうやらとんでもない生態系に組み込まれたことだけは理解した。 「組織……でも僕は頭にタライを落とされても『おいしい』とは思いませんでしたけど」  誠の言葉の繰り返しにアメリアは静かにほほ笑みを返した。  男性としても大柄な誠と引けをとらない長身のアメリアは、糸目をさらに細めながら誠を見つめていた。 「まあ、真面目な話はこれくらいにして……誠ちゃんが昨日の今頃何してたか、当ててあげましょうか」 「誠ちゃんって……」  確かにアメリアの方が年上のように見えるが、さすがに『ちゃん』付けされるのは少々気に入らなかった。 「昨日、誠ちゃんは実家の剣道場をふらりと出かけて近くのおもちゃ屋で戦車のプラモを買いました」 「へ?そうですけど……何で知ってるんです?見たんですか?」  アメリアの唐突な言葉に誠は驚愕した。 「確かに……今ぐらいの時間に出かけたのは事実ですけど……ここから僕の実家って電車で1時間以上かかりますよ?監視してたとしたら相当暇なんですね、ここの人って」  誠が昨日の昼前に出かけてプラモ屋に寄って戦車のプラモを買ったのは事実だった。  青ざめる誠をしり目にアメリアは話を続けた。 「その後近くのショッピングモールに行って、そこのイートインで『信州みそラーメン』を食べたのよね」 「確かに……見てたんですか?隠れて。本当に暇なんですね?そんなことをして何が楽しいんです?」  突然、新入隊員に金ダライを落とすような連中である。  そのくらいのネタの仕込みはやるだろうと思いながらアメリアを見つめた。 「いいえ、そんな非効率的なことはしないわよ。さっき誠ちゃんが言ったとおり、誠ちゃんの実家の朝草まで東成電車で1時間も揺られるほど私達は酔狂じゃないの。それに、この15年でその店に入ったのが355回、そのショッピングモールに行くのが134回なんて情報は足で情報を稼ぐタイプのスパイなんかにはわからないわよね……しかも誠ちゃんは童貞。私みたいな女としてはその童貞を奪いたくなるのよね……」  アメリアの言葉に誠は少し混乱した。  特に『童貞を奪う』と言われてしまっては目の前の女性に抗することは誠には出来なかった。 「なんです?それ?僕だってあの店に何回行ったかなんて覚えてないですよ!」  思わず誠は立ち上がっていた。 「ちょっとこれ見て」  アメリアはそう言うと大きなモニターを誠から見える位置に持ってきた。  そこにはファストフード店の店内の様子が映っていた。  その正面ではブレザーを着た男女が談笑していた。  その制服が明らかに誠の出身の高校のもので、そこに映る長身の高校生が誠自身であることは誠にも分かった。 「なんで……高校時代の僕ですよ!これ!」  叫び声をあげる誠にアメリアは満足げにうなずいてみせる。 「この彼女とは結局1回下校途中で食事をしたいと言った彼女と一緒に食事をしてそれっきり……これまで誠ちゃんが女の子と二人っきりで食事をしたのはこれだけで誠ちゃんが23歳にして立派な童貞だったことも知ってる訳よ、私は……少しは自分が『ちょっと変わった環境』に居たということがわかったかしら?だから私はこれまでの5人と違って誠ちゃんにはここに根付いてもらいたいと思ってるわけ。本当は隊長にはこれは言うなと言われてたけど教えてあげたわけよ……その期待にはちゃんと応えてね♪」  ニヤニヤ笑うアメリアを誠は困惑した顔で見つめていた。 「なんでそんなこと……もしかしたらあのことも……」  誠はトラウマになるいくつかの出来事を回想した。怒りと恐怖のどちらが強いのか、自分でも判別できないでいる自分がそこに居た。 「そうね、誠ちゃんが剣道を辞めて野球を始めた本当の理由も私は知ってる。確かにあんなことが出来るだなんて人には言えないわよね……言っても信じてもらえないでしょうし。竹刀で大木が真っ二つに出来るだなんて」  アメリアの何気ない言葉が誠の心に刺さった。竹刀を握った両手の感触。吸い込まれるように振り下ろした瞬間、木が裂けたあの音。今でも、思い出すだけで掌がじんと痺れる。あの時の驚愕とそれがあり得ないことだという思い。忘れようとしていた記憶が目の前の糸目のおばさんに指摘されて掘り起こされた事実に誠は当惑していた。 『それだけは父さんからも母さんからも絶対に人に言ってはいけないことだって言われてきたことなのに……人に言ったらこの国が大変なことになるからって言われてたことなのに……なんでそんなことを知ってるんだ?このおばさんは』  誠が思っていたトラウマとは別の話が出てきたが、確かにそんなこともあったのは事実なので嘘はつきたくない誠はなんとか笑いでごまかそうとした。 「ふーん。そこは笑って誤魔化すんだ。まあいいわ、どうせお母さんから口止めされてるんでしょ?じゃあ私も忘れてあげる。それよりこれまでの5人と誠ちゃんの一番の違いはね。こうしてちゃんと記録が残っているように誠ちゃんについてはこんな情報を集めている組織があるわけよ。そこが他の五人とは決定的に違う……いくら何でも対立しているからって遼州圏に住んでいる人間を全員監視するほど地球の人達も暇じゃないしそんな予算も人員もいないから」  アメリアは落ち着いた様子でうろたえる誠を眺めていた。 「そんな……いつからこんな情報が?」  誠に聞かれるとアメリアはキーボードをたたいて画面を操作した。  すぐに画面がファイルデータの名前が並んでいる画面に変わる。 「一番古いファイルは2660年の8月」  アメリアは淡々とファイル名を読み上げた。 「それ、僕が生まれた時ですよ!」  誠は驚愕した。  自分が覚えていない自分の行動を、目の前の女は知っている。  それは、恥ずかしいというより気味が悪かった。  人生の背中に、ずっと誰かの目が貼りついていたような感覚だった。  まさか、こんなプライベートな情報まで調べ上げられているなんて……。  自分の人生はどこまで監視されていたのか。  考えただけで寒気がした。  そのデータは、誠が生まれた瞬間から誰かの監視下にあったことを語っていた。   「怖いでしょ? でも大丈夫。怖い情報を扱う人間が全員怖いとは限らないわ。私は面白いだけよ」  軽くそう言って笑うアメリアには何を聞いても無駄かもしれないと思いながら誠は彼女の紺色の瞳を見つめた。 「何のためです?僕は普通の遼州人ですよ……そして誰がこんなデータを集めてるんですか?」  誠の言葉は予想がついていたようで、アメリアは驚くこともなく誠の顔を眺めていた。 「知りたい?その顔は知りたい顔よね?」  いかにもアメリアは予想通り誠は食いついたというように満面の笑みを浮かべてそう言った。 「そりゃあ……そうですよ!ふつうそう思いません?生まれた時から自分が誰かに監視されてたなんて……理由が知りたくない方がどうかしてますよ!」  いかにもふざけた調子のアメリアを見上げながら、誠は静かにうなずいた。 「じゃあ、うちに残りなさい。誠ちゃんには、ここ以外にその答えを調べられる場所はないわ」  アメリアは笑っていた。  まるで親切な案内をしているような顔だった。 「つまり、誠ちゃんの居場所はもう決まってるの。おめでとう。本人確認だけがまだなのよ」  アメリアのはっきりとした言葉に誠は静かにうなずいた。  祝福の言葉なのに、誠にはそれが判決の読み上げに聞こえた。 「自分で調べるんですか?アメリアさんの端末の情報がどこから来たくらい教えてくれても……それと隊長の取ってくる手段って……何なんです?」  誠は自分の運命を自分で探せという言葉と嵯峨の嫌がらせの内容が気になってそう言っていた。 「この情報は正式な部長のみに配布されるファイルに記されていたわ。その情報の出どころは隊長。隊長は元々諜報系の士官だからニュースソースは絶対に|秘匿《ひとく》するわよ。それに情報管理の重要性はこの宇宙で一番認識しているからそれを漏らした人間に対してどんな行動をとれば二度と情報漏洩が起きないかということに関しても知り尽くしている。そんな人を頼りにしないで!自分の運命は自分で切り開かないと。あの隊長のことだから私の想像では司法局の情報に詳しい人で隊長がお熱の女の人にデートを断る口実としてこのデータを渡されたんでしょうね」  始終、明るい調子でアメリアはそう言った。  そしてアメリアは誠と匹敵する長身を生かして糸目の顔を近づけてきた。  思わずのけぞる誠にアメリアはにこりと笑う。 「それにね、誠ちゃんは理系でしょ?シュツルム・パンツァーパイロットの適性もゼロってことは運航部向きよ。かなめちゃんやカウラちゃんに渡すには惜しいわ」  アメリアは糸目のまま、にっこり笑った。 「機動部隊の子たちはすぐ撃つし、すぐ黙るし、すぐ我慢するでしょ? でも私は違うの。面白い子は、ちゃんと面白がって育てる主義なの」  突然のアメリアの提案に誠は何と答えて良いか迷いつつ、どこまでも顔を寄せてくるアメリアの圧に負けて一歩後ろに下がった。 「少し……考えさせてください」  アメリアに聞くだけ無駄だとわかった誠はうなだれたまま雑談に明け暮れる室内の女子達に目をやった。 「まあね、こんな時でも自分で自分の運命を決める時間くらいあげろって隊長なら言うでしょうね。そうだ!次のあいさつ先を教えないとね。隣の建物が『技術部』の倉庫兼シュツルム・パンツァー格納庫でうちではハンガーって呼んでるところだから。そこに技術部長代理で整備班長の島田君ってのがいるの。彼に挨拶してきなさい。あそこはここでは一番の大所帯なんだから優先して挨拶しておかないと後が怖いわよ……何せ彼は……おっと!人の個人情報に介入するのはうちではご法度だったわね♪ちゃんと自分で本人から聞いてきなさいな」  相変わらず能天気な笑みを浮かべながらアメリアはそう言い放った。 「島田さんですか?後が怖いって……そんなに怖い人なんですか?」 「島田君はそんなに怖い人じゃないわよ。ちょっと頭が悪くて暗算じゃ一桁の割り算が出来ないこともある気のいいアンちゃんよ」  誠は椅子から立ち上がった。  まだ答えは出ていない。  だが、自分がどこかへ向かわされていることだけは分かった。

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