橋本直 / 第119話

第114話 『公家』と『サムライ』

「お父さんが政治家……もしかして、西園寺さんも貴族なんですか?あそこの政治家は全員貴族って聞いてるんで……あそこは未だに貴族と士族と平民できっちりとした身分制度が出来ている国だって社会常識のない僕でも知ってるんで……」  平然と政治家の娘と言ってのけるかなめのあまりの自然な様子に誠は恐る恐る残りのししとうに箸を伸ばす。小夏が苦笑いでマヨを横に置いた。優しさが心に染みた。 「神前。貴様の現代社会に対する社会常識の無さは致命的だな。西園寺の父親は元は貴族の頂点である関白太政大臣で甲武国宰相、|西園寺義基《さいおんじよしもと》。こいつは宰相令嬢ってわけだ。西園寺家は貴族制国家甲武国の最上位の貴族である『四大公家』の筆頭に当たる家だ。つまりその甲武一の貴族である西園寺家の現当主である西園寺は甲武国で一番のお姫様……いや、あの国では人間で一番偉いとされる人間は他に居ないから西園寺以上に身分の高い人間は甲武には存在しないんだ」  カウラは当たりを引いたらしく、ほんの少し眉間を寄せる。それでも淡々とグラスの氷を回し、話だけは寸分違えない。 「宰相令嬢? お姫様?国で一番偉い人? でも、なんでそんな偉い人が、うちみたいな『特殊な部隊』で女ガンマンなんてやってるんですか?お姫様だったらそんな危険なことさせられないでしょ?普通……それに最上位の貴族の頂点に立つ人が……なんでです?聞いた限りじゃ何かがあった時はかなりうちって命の危険のあるような仕事をさせられるみたいじゃないですか?そんなところに偉い人を置く甲武って国の人の神経は変じゃないですか?地球人はそんなに戦争が好きなんですか?まあ、僕でも甲武は『サムライ』の国で、『サムライ』は戦争が無いと生きられないって知ってるんで……西園寺さんも『サムライ』ですか?いつも銃を持って『射殺する』が口癖なんて『サムライ』かもしれませんね。東和だって大統領や総理大臣の周りには常に銃を持ったSPが居て守ってくれていますよ……甲武ではそれが普通じゃないんですか?」  思わず声が上ずる。春子さんがカウンター越しに『声、大きい』と小さく口パクで合図した。  そして同時にかなめの顔が誠の『サムライ』と言う言葉を聞いた途端にいかにも苦々しげなものに変わるのを誠は見逃さずに、今回は本当にかなめが銃を抜くかと身構えた。  先日の『仮想』とはいえ命の消えた表示が何度も点灯する画面を見たばかりだ。あの速度で、実戦に近い判断が求められる。そこへ宰相令嬢が……想像が追いつかない。 「神前……アタシの前で『サムライ』と言う言葉を口にするな。それはアタシの前ではNGワードだ。その言葉を口にしただけで射殺されても文句は言えねえ。アタシの西園寺家は『公家』だ。戦争以外に取り柄がねえ『サムライ』と一緒にするな。まあ、遼州同盟成立で親父が軍縮を進めてるからいずれ全『サムライ』は失業するんじゃねえの?でもアタシは『公家』だから関係ねえ。てめえは所詮、典型的なこの身分制度とは無縁の東和共和国の遼州人の庶民だな。高貴でその国を代表する身分にある血筋の人間……だからこそ……自分の娘だからこそ|死地《しち》に置かなきゃいけねえ。貴族の頂点に立つものだからこそ国民の思いもつかない危険な戦場に立たなきゃならねえ。それが『貴族主義国家』の『貴族精神』って奴だ。それにアタシはどうもお上品なのが苦手でね……陸軍省勤務の貴族出身武官のお高く留まったのとは距離を置きたいの!貴族の位に頼って本国で安全な座り心地のいい椅子に腰かけてるのは性に合わねえんだ。アタシは最前線にあってこそアタシなんだ。アタシはあくまでも戦う女なんだよ」  かなめの指には、高そうな葉巻。火をつける仕草はやけにこなれていて、ふっと吐く煙がライトにかかり薄く青い層になる。宰相令嬢に見える要素は、その所作と、躊躇の無さくらいだ。 「あのー西園寺さん。本当に偉い人の娘なんですか?でもそれならなんでサイボーグなんですか?サイボーグ化してまで戦いたいなんてそんな危険地帯で金を稼いだ傭兵の発想にしか見えませんけど……それに戦うのは『サムライ』の特権なんでしょ?公家と言うと僕でも知ってる人は藤原道長くらいですけど、藤原道長が戦争を指揮したなんて話は記憶に無いですよ」  空気が一瞬だけ引き締まる。源さんが焼き台の火加減を落とし、近くの席の笑い声が遠のく。 「馬鹿だなあオメエは。別にアタシは好きでサイボーグになったわけじゃねえんだよ。人をどんな戦闘狂だと思ってたんだ?オメエは。この身体になったのは大怪我して生身の身体が使い物にならなくなったからだよ。この東和共和国だってそれなりの数の大怪我を負ってサイボーグ化した人間が暮らしてるじゃねか。そのくらい分かれよ、神前。この東和共和国でも、サイボーグ化しなければ命に関わるような事故に遭えば保険で民生用の義体を支給されるけど、甲武国では人口が増えるから、そんな制度ねえんだよ。この身体はアタシの身銭を切って用意したの。まあ、東和の保険適応の量産型の顔と体なんかじゃなくてアタシの遺伝子を分析して25歳のアタシがなる姿で再現されてる特注品なんだ……まあ、見ての通りの誰からも見ても美人でどこかの小隊長さん違って胸があることには優越感しか感じねえけどな」  かなめは灰皿にそっと葉巻を置いてカウラに目をやってにんまりと笑った。誠は驚異の反射神経と圧倒的な力を持つサイボーグが羨ましい、なんて一瞬でも考えた自分が恥ずかしくなっていた。 「それは金持ち自慢のついでに私を|貶《けな》して楽しもうというのか?貴様が甲武一の貴族であるのは事実だが、それ以前に人間性に問題があるという認識も認めざるを得ないな。身分制を否定する宰相の娘とは思えない暴言だ。ここに甲武の新聞記者が居たのなら貴様の発言を一面記事として宰相批判の論陣を張っても一つもおかしいことはないな」  カウラは自分の平らな胸を触りながら鋭い視線をかなめに向けた。  一方、二人の漫才じみたやり取りよりも誠には甲武の残酷な医療システムが気になっていた。 「え!じゃあ、庶民が事故に逢ったらどうするんですか!甲武だってサイボーグ化が必要な怪我を負うような事故はたくさんあるんでしょ?それに20年前までは戦争してて街が爆撃されたとか聞いてますし、8年前だって内戦が起きてそれで巻き添えを食らって多数の市民が死傷したとか言うニュースをやってましたけど……その時、サイボーグ化しないと助からないような怪我をした人達はどうするんですか?」  思わず声が漏れた。シミュレータの“死亡表示”は電源を落とせば消えるが、現実の命は戻らない。 「金持ってねえと死ぬしかねえの!あの国は!地球圏だって、保険で義体が出るのは支配者である『超富裕層』と連中が利用価値があると認めた人間だけの特権なんだ。どんな世界でも東和共和国みたいに健康保険でどんな高度な医療も無料ってわけじゃねえんだよ。アタシがサイボーグなのはアタシが金持ちの貴族だからに決まってんだろ?アタシの身体は、最上位の貴族クラスでもなければ手に入らない、高級品質の軍用義体なんだ。それを私費で出してる。それはアタシが甲武国の貴族の頂点に君臨することの証だ!それともテメエはそんなにアタシが下品だと言いてえのか?隊長と言うことでアタシが顔を立ててやってるカウラがアタシをどうこう言うのは軍の秩序として我慢できるが、オメエのその発言は完全に上官を侮辱している発言だぞ!反省するか?それともこの場で死ぬか?」  右手がスプリングフィールドXDM40へすっと降りる。小夏が反射的にカウンターの下で非常ベルに触れかけ、春子さんが首を振って止める……店の連携は、実戦並み。要するにかなめが銃に手をかけるなどと言うことはここでは日常茶飯事の出来事だと意味していた。 「違いますよ!でもそんなにVIPだったら怪我なんてしないんじゃないですか?国一番の貴族なら周りに護衛が一杯いる生活を送っていたんでしょうし……」  言いかけたところで、かなめはかなめの為に出された葉巻専用の灰皿に灰を落とした後また葉巻を口にくわえて煙を吐いた。  撃たない選択。息を吐き、語りへと続いた。 「貴族だから周りに護衛が一杯いる?そんなのファンタジー世界の中世ヨーロッパをモデルにしたアニメの見過ぎだ。貴族が珍しいもんじゃねえ甲武じゃ普通に貴族も一人で歩き回ってんぞ。それにうちはな。代々有力政治家の家なんだよ……西園寺家は甲武を建国するときに多大な貢献をした名門だ。だから、甲武建国後も何十人となく宰相を輩出してきた家なんだ。アタシも軍人にならなかったら政治家になってた……親父はいまでもそうなることを望んでるがな。ただ、政治家向きならアタシの妹の方が向いている。アタシには政治家は出来ねえ。まあ、アタシの妹は変態だからそれがネックなんだがな。だからこの身体は、アタシが西園寺家の人間だって証でもあるし、あの国の腐った仕組みそのものでもあるんだよ」  春子さんがタイミングを見計らって盛り合わせを差し出す。串の影が、カウンターに等間隔の条線を作った。 「それは、25年前の第二次遼州戦争の最中のことだ。アタシの爺さん|西園寺重基《さいおんじしげもと》は戦争反対の論陣を張る前宰相……つまり政府の目の上のたんこぶだったんだ……当時は爺さんは貴族の最高位の関白太政大臣の地位を親父に譲り、『太閤』という地位にあったんだが、この地位を利用すればいつでも自軍に戦闘停止命令を書面上は出すことができる権限があった……まあ、甲武が戦闘を停止しても敵が攻撃をやめる事なんてあり得ないから爺さんもそんな無茶な命令は出さずに当時の内閣や軍人の悪口を自分の周りの中央政界から追われた上級貴族や軍人達に『俺が政権を握っていればこんな状況にはならなかった』とひとくさりやるわけだから、政府も軍も良い顔をしなかったが何しろ甲武一の貴族の『太閤殿下』に手を出す訳にもいかねえから政府や軍のお偉方は苦笑いをしていた訳だ……レバーやるわ」  俺の皿にレバーが滑り込む。鉄の匂い。かなめは続ける。 「その朝、爺さんとアタシ、それに叔父貴のかみさんとその娘はそれなりに伝統のある洋食店で戦時中の庶民には想像がつかないようないい店で朝食を食ってたんだ。まあ、戦時中にそんな贅沢していること自体あまり褒められたもんじゃねえが……爺さんも負け戦をひた隠しにしてばかりの軍部に対する嫌味のつもりでそんな暮らしを続けてたんだろうな……戦争なんて下らねえって言うことを軍部の連中に見せつけるために」  七輪の火が一段高くなった瞬間、店の外でバイクのエンジン音。かなめの視線は揺れない。 「そこで軍部の元々うちの家にうらみのある好戦的な連中が仕掛けた爆弾がドカン。それで終了だ。アタシは脳と脊髄以外の体の大半を失い、叔父貴のかみさんは……自分の娘とアタシをかばって死んだ。別にアタシはかばってくれなんて頼んじゃいなかった。こんな身体になってまで生き続けたいとは思ってはいなかったのによ……アタシはそんなことは一度も頼んだ覚えはねえ……そんなことは……」  葉巻の煙だけが、その時だけ少し曲がった。誰も箸を動かさない数秒。パーラが遠い席で、軽く胸に手を当てた。  叔父貴のかみさん。  つまり、嵯峨惟基の妻。  誠はそこでようやく、かなめの話が自分の知る隊長の過去に繋がっていることに気づいた。 「隊長がバツイチって……」  俺がようやく声を乗せると、かなめはネギまを齧り、わずかに口角を上げた。
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