橋本直 / 第69話

第64話 かなめの選んだ銃

 射場の空気は金属の匂いと古いオイルの匂いが混じり、土嚢の影に小さな夏の風が抜けていく。的は幾度も弾痕を重ねて銀色の地肌を覗かせていた。  誠はそれからもかなめの指導の下、射撃練習を続けた。  マガジンを入れるのにやたらと時間がかかったり、何も知らずに銃口をかなめ達へ向けかけたりと、誠の銃の扱いはとても軍人とは思えないものだった。  射場では初歩のミスが笑い話では済まされないが、同時に先輩たちも新人の成長を見ることに陰の満足を覚える。かなめはその眼差しで誠の動きを追い、些細な癖を見逃さない。 「大丈夫よ。拳銃なんて所詮ハッタリだから。まあ、かなめちゃんがなんで誠ちゃんに『グロックG44』を選んだかは……想像がつくけど……誠ちゃんは左利きで、反動に弱くて、射撃が苦手で、でも手は大きい。そこまで見て選んであげたんでしょ? かなめちゃん、優しいわねえ」  アメリアの声は完全にからかいだったが、目だけは妙に鋭かった。  そんな冷やかすように言うアメリアをかなめは鋭い目つきでにらみつけた。    「黙れ!アメリア!そんなに射殺してほしいか?」    かなめの返事は早かった。    早すぎる時点で、誠にも少しだけ分かってしまった。  ただ、すごむかなめを目の前にしてもアメリアは余裕の表情で笑っていた。  アメリアの笑みは茶目っ気にあふれ、緊張をほぐす潤滑油のように場を和らげる。誠はその笑みに少し救われながらも、胸の中で小さな疑念を抱いていた……自分はここで何を成すのか。  かなめは無言で銃を構えるが、誠はどこか落ち着かない気分になった。  銃を構えるとかなめの顔にはいつもとは違う集中の皺が寄る。銃を介した静かな対話がそこに生まれるのだ。 「……そんなわけねえだろ……それにこいつが『モテない宇宙人』の血を引いてるのとアタシが同じ遼州人の血を引いてるのを一緒にするな。アタシは『モテないコンプレックス』を異性と手も結ばねえでその100年の生涯を閉じる70%の東和人ではなく、ちゃんと地球人の血を引いてほとんどの女が結婚できる甲武国の生まれだ。まあ、前の戦争では男がほとんど死んだから20年前は男一人に女10人という比率になって結婚できない女も結構いたらしいが。アタシの年ではこの『恋愛未経験者天国』の東和と同じで男女の比率はほぼ同じだ。この甲武だったらこの年で女の一人もいないことが奇跡に近い神前と一緒にされるのは迷惑だ」  そう言いつつも、弾を入れないドライファイアーを何度かした後かなめはほんの少しだけ誠を横目で見た。  その一瞥は単なる確認ではなく、測りかねた期待のようでもある。かなめは誠の可能性を試しているのだ。    誠は、かなめが怒っているのか照れているのか判断できなかった。    ただ一つ分かったのは、彼女が自分のために銃を選んだという話題から、必死に目を逸らそうとしていることだった。  アメリアは誠の銃の扱いに呆れつつ、意味ありげに笑っている。誠はその言葉の意味が理解できずにただ銃を持って呆然と立ち尽くしていた。  射場の端でカウラが静かに装備を点検している。彼女たちのやりとりは、外から見れば騒がしいだけの戯れに見えるかもしれないが、実はそれぞれが相手を試し、補い合うコミュニケーションである。 「何か意味があるんですか?僕が『グロックG44』で西園寺さんが使ってる『スプリングフィールドXDM40』とか言うのだと……それと甲武では僕の年だとみんな恋愛経験者なんですか?僕の同級生で彼女がいる人間なんて聞いたことが無いですよ……女性は……大学時代の『理科大クイーン』に選ばれた女子が卒業と同時に大企業の御曹司と結婚した話を聞いたことがありますけど」  誠は銃に詳しくなかったのでアメリアの言葉の意味が分からず聞き返した。そして地球人達はなぜそんなに恋愛をするのか遼州人で『モテない宇宙人』の誠には理解不能だった。 『……銃を選ぶって、単に『好きだから』じゃないんだな。職務とか体格とか、お金のことまで全部込みで決まる。西園寺さんがG44を選んだ理由も、本当はもっといろいろあるんだろうけど……今の僕にはまだ、そこまでは見えないよ』  かなめはアメリアの余計な話で話題がずれていることに苦虫をかみつぶしたような表情をした後、誠を押しのけて射場に入った。 「アメリアの話は無視してだ。このXDM40という銃はな……機構的には完全にグロックのコピーなんだわ。グロックは二十世紀初頭の拳銃のいくつかの忘れられた構造と、ポリマーフレームというプラスチック加工メーカーならではの強みを生かして作った傑作なんだ。それまで常識とされていたシステムを忘れられた作動方法によりプラスチック部品を多用できることで、性能を犠牲にせずに圧倒的にコストを落とした優秀な銃だった。そしてコストを落とす過程で部品を減らすという考え方が動作部品が少ないから信頼性が高いという良いサイクルを生んでベストセラーの銃となった。丁度、腕や足などの可動部分が多いから採用国が少ないシュツルム・パンツァーに対して、確かに車長・砲手・操縦手の三人の乗員が必要だが、その可動部分がほぼ砲身関係と駆動系しかない飛行戦車が現在の宇宙の主力兵器であるのと事情は同じだ。でもなあ……」  かなめは話しながら手際よく銃の装填を済ませる。口ぶりは熱を帯び、歴史への敬意と道具への愛着が混じる。銃器好きの語りはいつだってどこか宗教的だ。それをシュツルム・パンツァーパイロットの誠なら分かる飛行戦車との違いを語ることで誠にも分かるように説明してくれたかなめの気遣いはありがたかった。  そんな誠の視線を感じたかなめは頬を少し赤らめるとすさまじい速度で銃を連射した。  十二発爆音が響いた後、かなめの銃のスライドは弾を撃ち尽くしたことを示すようにスライドが開いたままで停止して煙を放っていた。  射場に残る銃煙がぽつりと消えていく。弾着は正確で、的の中央付近に連なっている。その見事さに誠は無意識に息を呑んだ。 「グロックはあまりに優秀だったから、どこも真似しようとしたんだよ。まあ、今のこの銀河でも飛行戦車ではすでに起きている話だ。ゲルパルトのⅤ号飛行戦車『パンサー』。あれは設計思想が当時のゲルパルトの兵器生産工場の最高技術に追いつかなかったから高性能だが信頼性が低いと戦場では散々の評価だったが、一度戦場に出てしまえば圧倒的な戦果を誇った。そして兵器生産工場の技術ではゲルパルトを圧倒する地球圏の国々はどう見てもこの『パンサー』を少しデザインを弄っただけの飛行戦車をどこの国でも作った。飛行戦車に特許はねえからな。アメリカの『M5』、フランスの『ハヌマーン』、ロシアの『T24』。見た目こそ違うが兵器の構造の分かる人間が見たら明らかに『パンサー』のコピーと分かる代物だ。同じようなことがグロックでも起きた」  しずかにマガジンに銃弾を込めながらかなめは話を続けた。誠は型番までは覚えきれないが、『パンサーを各国が真似した』という話だというのは分かった。 「だが、銃には特許があるから真似をしたとバレるとすぐに販売を裁判所から差し止められる。すでに十分な販路を得ていて価格決定力のあるグロックに対してコピーを作るメーカーにはそんな確定している販路があるわけではないから価格競争でもグロックの敵にすらならない。そうしてほとんどのメーカーが失敗したわけだ。まあ、後により技術が進むと生産工程の効率化とかグロックの特許を侵害しない作動方法でグロックの信頼性を確保することは出来たのが歴史の語る事なんだが……その20世紀末から21世紀初頭にかけて無双を誇ったグロックとの生存競争中で唯一生き残ったのがこのXDM40ってわけ」  かなめはそう言うとスライドを戻して銃を誠に手渡した。  右手にかなめのXDM40、左手にG44を持ちながら誠は両方を見比べた。  対照的なデザインの銃を手にした時、誠は道具によって人物の印象がどう変わるかをぼんやりと考えた。重心の取り方、グリップの角度、トリガーの戻り方……重心の取り方、グリップの角度、トリガーの戻り方……それらはすべて、訓練で向き合うべき相手だった。   「確かに見た目はそっくりですね……コピーと言われてもこれじゃあ反論できないですよ」  誠は自分の銃とかなめの銃を見比べてそうつぶやいた。 「そうだろ?でもこの二つの間には決定的な違いがあるんだ」  かなめはそう言うとにやりと笑った。  彼女の笑みはいつも一歩先を見ている。教える側の優位さを楽しむ余裕があるのだ。 「決定的な違い……この握りの部分が動くってところですか?」  誠はかなめのXDM40のグリップセフティーを指さしてそう言った。  細部に気づく誠の観察眼は誉められるべきものだ。だが、銃は細部の集合体であり、その細部の意味を知ることが次の段階である。 「そんなのは些末なことだ。グロックはオーストリア軍の新型正式拳銃コンペで生まれたいわゆる拳銃開発の王道から生まれた銃だが……このXDMシリーズは戦争の中で生まれた『殺し合いの道具』なんだ……人を撃つということに特化していった結果、そんな王道の銃と似通った形になった。オメエ、理系ならそう言う生命の進化について詳しいんじゃねえのか?見た目は似てるけど元々の先祖はまるで似ていない生き物が地球や遼州にもいっぱいいるのはアタシも知ってるぞ」  『殺し合いの道具』……かなめがあえてそう言ったことに、背筋が少しだけ冷たくなった。そんな誠の気持ちを思いやってであろうかなめは誠の理系知識に合わせるつもりで進化の過程で目的のために生物が似た形になりがちな|収斂《しゅうれん》進化の話をしようとしているらしかったが誠は生物学は専門ではなく一般教養課程で学んだ程度だったのでただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。 「戦争の中で?『殺し合いの道具』として?」  誠は歴史知識がほぼなかったので、二十世紀は半ばあたりに『第二次世界大戦』があったという程度の地球の歴史知識しかなかった。  かなめは言葉を慎重に選ぶ。武器の起源を語るとき、彼女の声にはいつも覚悟の色が差す。 「二十世紀末のバルカン半島。1989年。ベルリンの壁が崩壊し冷戦が終わった。しかし、それは新たな戦いの始まりだったんだ。そこでは、社会主義という共通の看板が外れた瞬間、押し込められていた民族の記憶と憎しみが一気に噴き出した。自由と民族自決というきれいな言葉の下で、隣人同士が敵になった」  歴史知識ゼロの誠にかなめは教え諭すようにそう語った。  かなめには、それが地球人という種族の一番嫌な部分に見えた。 「その百年後にはその自由を阻害してきた壁の代わりに『労働者階級の死滅』と言う現実が待ち構えている事なんか知らずにな。壊したドイツ人は喜んだろうが、そのドイツにかつて支配されたことがあるユーゴスラビアには戦争の終結ではなくそれから延々と続く戦争の始まりの合図だったんだ。そしてそれは地球圏の憎悪の歴史の始まりになった……今でも地球圏の指導者はその出来事を参考に戦争を始める時に国民を扇動するわけだ……遼州人は進化しねえと地球人は馬鹿にしているが、そこんところは五十歩百歩じゃねえか」  いつも自分を語る時のかなめの鈍い鉛色の瞳がそこにあった。かなめの地球の話は、教科書で習ったどんな『世界史』よりも生々しく感じられた。 「……つまりな、神前。綺麗事が全部剥がれた場所で最後に信用されるのは、引き金を引いた時に確実に弾が出る道具なんだ。それが戦場では最も重要なんだ……。当たるか、撃ちやすいか、安全かなんてことは二の次三の次。銃は弾が出なければ銃じゃねえ。そのことをこの銃は形で証明して見せた訳だ」  かなめはそう言うとテーブルの上の愛銃を手に取る。  そしてすぐに空きマガジンを落とすと弾の入ったマガジンに差し替えて十二連射を決めた。  彼女の所作は無駄がない。握って、差し替え、撃つ。その一連の流れが体に染みついている。誠の手つきとは遠く離れているのが見て取れた。 「当たらなくても弾が出ればいいだけの銃……凄い割り切り方ですね」  誠はかなめの銃知識に感心しながらそうつぶやいた。  彼女の説明は冷静で実務に即している。道具の生まれた背景を知ることは、扱う者に責任感を与える。 「なあに、こいつの前身のモデルは本当にどんな環境でも動くだけのひどい銃だったが、改良を加えられてそれなりに使えるグロックとガチンコ勝負して市場で勝てる銃になった。何よりグロックより安いからな。それとオメエの銃のトリガーの重さは簡単に調整できるからな。オメエは握力がありそうだから重めに調整しといたが、それが合わなかったからあんなに撃つまで時間がかかったんだ。今度は触れば落ちる程度の軽量トリガーに変えとくから」  かなめはそう言って銃のマガジンを刺し替えた。 「でもそれって危ないんじゃないですか……」  そんな誠の反論にかなめは冷たい視線を誠に投げた。 「オメエは重いトリガーだと迷うだけだ。いいか神前。銃は知識じゃ当たらねえ。次は身体で覚えろ」  かなめの声は相変わらず乱暴だった。    だが、誠の手に残るG44の軽さは、彼女が自分のために選んだ重さでもあった。

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