橋本直 / 第70話

第65話 珍銃と実戦銃

「値段が安いといいことなんですか?どこもかしこも予算、予算ってもううんざりですよ。世の中に出るってことは常にお金の話をする事なんですかね?お金があれば何でもできるって地球圏の話だけじゃないんですか?あそこはお金を払えばどんな悪いことをしても許されるとか聞いているんで、まあ、あの人殺しと金のことばかり考えている人間だらけの地球圏ならそうでしょうけど、ここは遼州圏でも遼州人の国の東和共和国ですよ?そんなところでもお金の話ばかり聞かされるなんてどうかしてますよ」  誠の問いにかなめはあきれ果てたという表情を浮かべる。  予算の制約は軍の現実だ。装備の選択は常に性能と費用の綱引きで決まる。誠はそこでの合理性を学ぶ必要がある。 「そういうが世の中そんなもんなんだ。それに金が世の中のすべてっていうルールを作ったのは19世紀の地球人だ。そういった文句ならアタシじゃなくってそいつ等に言え。それに戦争なんて言うものは武器は数を揃えてなんぼなんだ。当時、メインの市場だったアメリカは景気が悪くて田舎の警察なんかは銃を新調する余裕が無かったんだ。元々、その安いのが売りのグロックすら買えない貧乏警察はこの東欧製のこいつに白羽の矢を立てたって訳だ。ちょうどそのアメリカの銃器メーカースプリングフィールド社が当時死に体ですぐに潰れた老舗銃器メーカーコルトの二の舞を舞うまいとまさにバーゲンセールの価格だったからな。同じく名門なだけが取り柄ってことじゃあ生きていけねえのが厳しい競争社会の地球圏なんだ。今日生きていたかと思えば明日は死んでいる。でも金さえあれば生きられる。それは地球人の価値観の根本的なもんなんだ。アタシが生まれた甲武も元地球人の国だから似たようなもんだがな」  かなめの言葉を聞きながら誠は自分のG44とかなめのXDM40を見比べた。  道具の背景を知ると、誠の所有物がただの形ではなく歴史を背負っていることが分かる。彼の持つ22口径の小ささにも意味があるのだ。 「性能が同じなら安い方を選ぶんですね、警察も……確かに、僕も同じ性能なら安い方を買いますからね。まあ、東和ではどんなものを買っても性能も似たり寄ったりで値段もほとんど同じなんでそういう競争がまるで無いのが不思議なんですけどね」  かなめの言葉の重さを飲み込みきれないまま、誠は改めてXDM40を握り直した。  金の話も、殺し合いの話も、まだ遠い世界のことのように思える。だが、その重さは確かに手の中の鉄に宿っていた。 「そう、地球人がひたすら隠したがっている殺し合いを常に望んでいるという本能が表ざたになったユーゴスラビア内戦と言う地獄をくぐった銃だからな……人殺しの道具として最低限必要な機能だけを集めたらグロックと似たようなモデルになったってわけだ。つまり地球人は常に人殺しを望んでやまない人種と言う事実の何よりの証拠がここにあるってわけだ。地球人の血を引くここにいる女共には辛い話かもしれねえが、現物の銃と言う形としてその事実がそこに示されている以上、その事実は認めなきゃいけねえみたいだわ」  そう言ってかなめは静かに銃をホルスターに収めた。銃が『人を殺す』道具だという事実を改めて知り、誠は少し悲しい気分になった。  武器について語る場面では、いつも人の心に小さな影が落ちる。かなめの口調に、その影が見えた。 「見てろ、これが正しい銃の扱い方だ!オメエは下手なんだから目を反らすんじゃねえぞ!利き目だ、左利きだの言い訳は戦場じゃ誰も聞いてくれねえんだ!ただ、相手の致命傷の部分に最初に弾を当てた方が生き残るってのが戦場のただ一つの正義なんだからな!」  かなめは誠の手からXDM40を奪い取ると、すぐさまマガジンを叩きこんでスライドを引くとものすごい勢いで全弾発射した。  轟音が辺りに響いた後、誠が的を見ると的の中央のペンキが剥がれてすべての弾がそこに命中したことを示していた。  的に並ぶ弾痕は規律の証だ。かなめの掌の動きは厭世的に冷たくもあり、確固たる自信に満ちている。 「これが見本だ。生身のオメエにここまでは期待してねえが、うちの恥にはならねえでくれ。それに戦友に死なれるってのはそいつがどんなに嫌な奴だったとしてもいい気分がしねえもんだ。オメエが死ぬのはオメエ自身にはそれで終わりかも知れねえが、残されたアタシ等の気分を悪くする行為だということだけは覚えておけ。オメエは女にも弾にもまっすぐ向き合えねえのはよく分かったそっちの方は自分で何とかしろ」  かなめは銃を持ったまま固まっている誠に向けてそう言った。  その言葉の裏側には、『期待』よりも『責任』がある。かなめは誠にただ上手くなってほしいのではなく、部隊の一員として責任感を持ってほしいのだ。 「かなめちゃんの愛の熱血指導、ご苦労様。でも、そんなことはどうでもいいんじゃないの?殺し合いに最適な銃が最良の銃?そんなだったら今の地球の軍隊の使ってる拳銃なんてそもそも拳銃失格の代物ばかりじゃないの。その点……これは……そんな殺伐とした背景は無いのよね♪いわゆるドイツ的『技術的挑戦』が生み出した最高傑作って訳!」  アメリアが持ち出したのは奇妙な形の銃だった。どう見てもスライドが小さすぎてまるで小型拳銃ではないかと思えてしまうが、アメリアの大きな手に隠れている部分からして普通の拳銃の使う一般的な銃弾を使う銃であることは銃に詳しくない誠にも分かった。  見るからに細すぎるスライドとその割に太めのグリップ。アメリアはちらちらと自慢するように自分の銃をかなめに見せびらかす。 「出たよ……珍銃『|H&K《ヘッケラーあんどコッホ》 P7M13』オメエの銃のチョイスはオメエの頭と同じでどうかしてるな……」  明らかに嫌な顔をしながらかなめがアメリアの銃を見つめていた。  珍銃の話になると、射場はたちまち機械文化博物館に変わる。アメリアの好奇心とかなめの職人感が交錯する瞬間だ。  かなめが銃を『最後まで動く道具』として見ているのに対し、アメリアは銃を『持っているだけで語れる玩具』として見ていた。    同じ拳銃でも、二人の手にあるだけで、まるで別の生き物に見える。 「かなめちゃんの雑談は放っておいて、何と言ってもこのコンパクトなスライド!ガスディレードブローバック方式だからこんなにスライドがコンパクトで軽いし!」  得意げに語るアメリアもまた銃器を軽く扱うところがいかにもここが銃器を扱うことに慣れた『特殊部隊』なのだと誠は改めて思った。 「そんなの20世紀経済全盛期のドイツの警察特殊部隊じゃなきゃ買えない値段じゃねえか……そもそもあの会社の銃はどれもこれも値段が高くて作動方式がどうかしている銃ばっかりだな」  アメリアの売りをかなめが一刀両断に斬り捨てた。  火花のような口論は軽い戦闘になり、場は一瞬で和む。誠はそのやり取りに居心地の良さを感じる。ここでの仲間関係は訓練と同じくらい重要なのだ。 「いいじゃないの!中古なんだからコストの話は無し無し!それに売りは『スクイーズドコック』」  アメリアはそう言うと誠に両手に乗せて自分のP7M13を見せびらかした。 「『すくいーずどこっく』?なんです?それ」  誠は全く見たことが無いアメリアの珍しい銃を食い入るように見つめた。 「そう!このグリップに秘密があるのよ!」  そう言ってアメリアはグリップを指さして見せた。そこには握りこむような大型のレバーがあった。 「なんです?この握りの部分がやたら大きいのは」  誠の食いつきにアメリアは満足げな笑みを浮かべた。 「これはね、ここを握った量だけ撃針……まあ、カートリッジの後ろを叩いて発射する機能なんだけど、そこが握るとそれが後退していつでも引き金を引けば撃てるようになるのよ!だからこの部分をしっかり握らないと絶対に弾が出ない超安全機構なの!暴発なんて言う事故はまったくあり得ない革新的構造!私のアイディア精神にふさわしい銃だわ!つまり、普通の銃なら一つで済むところを、わざわざ三つも四つも理屈を足して、ようやく普通に撃てるようにした銃なのよ!最高でしょ?」  安全機構の話は、訓練場では常に神経を落ち着かせる話題だ。誠は銃の安全と危険を同時に学ぶ。   かなめが銃を『生き残る道具』として選ぶのに対し、アメリアは銃を『語って面白い小道具』として選んでいた。  どちらも二人の性格が目に見えて分かると誠は苦笑していた。 「最高じゃねえよ。銃は撃てりゃいいんだ。撃つまでに設計者の自己紹介を聞かされる銃なんざ、戦場じゃ邪魔だ」  アメリアがそう言うと、かなめは思わずそこにツッコんだ。  そんな不機嫌そうなかなめを押しのけてアメリアは変わった形の銃を手に射場に乱入した。 「でも……あの会社らしいひねくれたシステム導入ってことで、ガス圧利用式なんて動作を採用したおかげで連射するとスライドの中のシリンダーがガスの熱で熱せられて持てなくなるよな、それ……それで三弾倉も撃てばオメエの手は焦げてそのグリップから離れなくなるぞ」  陽気に話すアメリアにかなめが茶々を入れた。  技術的欠点をあげつらうその会話は、実務家たちの愛あるからかいだ。誠はそんな彼らを見て、自分もいつかそんな会話に混じりたいと漠然と思う。 「私は少佐!私は運航部長!私は艦長なの!私が銃を撃つようになったらうちの部隊はおしまい。だからワンマガジン分だけ撃てて、軽くて小さい銃がいいの!」  彼女の誇示は冗談だが、その背後には『役割を演じる楽しみ』がある。部隊内の役割分担は、互いのキャラを引き立て合う。 「自分が銃を撃ったらおしまいの立場だったらいっそのこと安いから二発装弾のデリンジャーでも持てよ……自決用に」  呆れたかなめの言葉を無視してアメリアはいつも通り明るく笑っていた。 「あの『GSG9』という二十世紀後半のドイツの誇る人質解放作戦専門の特殊部隊の制式拳銃よ!まさにうちのような正義を守る『特殊な部隊』の部長職にピッタリ!」  訳も分からず立っている誠をアメリアはその糸目で見つめた。 「……そうですか……よかったですね……」  銃にあまり興味のない誠はただそう言って笑うことしかできなかった。  アメリアは反応の薄い誠を無視して銃を構えた。  場の主導権を握るのはいつでも経験者だ。誠は観察者として多くを学ぼうと胸に決める。 「アメリアさんは銃は得意なんですか?」  誠の子供のような問いを聞いて明らかに落胆した表情を浮かべるとアメリアもまたすさまじい勢いで十三発の連射をやって見せた。  彼女の撃ち方は豪快で、リズムがある。弾幕が的を縫うように並ぶさまは一種の芸術のようにも見える。 「私は『|戦闘用人造人間《ラスト・バタリオン》』よ。銃の扱いぐらい『ロールアウト』時にはインプットされてるのよ」  アメリアはそう言って銃を腰のホルスターにしまう。  『ロールアウト』という言葉は、ここで生まれた特殊な存在たちの生産と教育の文脈を示す。誠はその外側にいる人間として、羨望と同時に距離を感じる。  誠はその手慣れた所作を見ながら自分が本当に『特殊部隊』の隊員になったことを自覚した。 「いいか神前。銃はアメリアみてえな蘊蓄で当たるもんじゃねえ。次は一発で当てろ」  誠はそんなかなめの言葉を聞いて再び銃を的に向けた。  かなめの指摘の通り銃の引き金の重さで銃口のブレが違うことは誠にも分かった。  そして大体の目測でサイトも見ずに勢いよく引き金を引いた。 『パン』  軽い発射音の後、弾丸は相変わらず的には当たらなかった。    当たらない。    それでも、近づいている。  誠はその事実だけを、今は信じることにした。

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