橋本直 / 第35話

第30話 学歴より機械

「話は仕事の話になるが……おい、神前……オメエは機械は好きか……」  不意にそれまでの砕けた口調の島田が真剣な表情を浮かべて誠を見つめてきた。そこには技術屋としての意地があるように誠にも見て取れた。 「これまでこうして酒を飲みながら少し話しただけだが、オメエの人柄は分かった。でもオメエは別に俺達のお友達になりにここに来たわけじゃねえんだよな?オメエはあくまでパイロットとしてうちに来たんだ。当然シュツルム・パンツァーという可動部品の塊の人型機動兵器を扱うパイロットだ。飛行戦車と違って、シュツルム・パンツァーは可動部品の塊だ。当然故障が多いのも、機械の分かるオメエにはわかるよな?故障が多いってことはそれなりに俺達が手を加えない限りは出撃する必要がある時何の役にも立たねえってことだ。その為に俺達が居るわけだが、そんな俺達の手が届かない戦闘中にオメエがその機能を理解せずに無茶な機動をすれば間違いなく壊れるような動作を取る可能性があるわけだ。そうなると俺達にはどうすることもできねえんだ。機体の特性とその限界性能を理解しろってのは当然パイロット教習課程で言われているはずだよな?でも、その教官の言葉が右から左に抜けてるってことも考えられる。機械が好きな人間ならその言葉を聞き逃す訳がねえ。どうだ?言ってみろ」    さっきまでただの飲んだくれにしか見えなかった男が、急に『現場の教師』の顔になる。その落差に、少しだけ背筋が伸びた。真面目な顔をした島田は自慢のバイクに手を伸ばし、そのピカピカのタンクを撫でる。金属の冷たさ、磨き上げた塗装の照り返し、細かい傷に込められた手入れの歴史。誠は幼い頃に触れた木の剣の感触とそれに手を添える誠に剣を教えた母の手の温度を思い出した。木刀と工具。モノは違えど同じ人が道具として作り出したもの。木刀は勝負に勝つためのもの、工具は何かを作るためのもの。その違いはあれど同じ道具としてしか今の誠には思えない。だがここにいる人間たちは、理屈を手に汗と油で還元していた。どちらも同じ『ものづくり』の両面なのだと、誠は漠然と理解する。 「嫌いじゃないですよ。メカニカルなものが好きなんで……趣味は戦車のプラモづくりですから。あの武骨な感じが何とも癖になるんですよ。それに最初は実機を見ると操縦時に起きる衝撃を想像して吐いてた僕ですが、練習機の性能とかはすぐ理解できましたし、一応理系なんで構造図を見せられれば壊れそうな部分とかは大体わかりますけど……」  とりあえず話題を合わせようと誠はそう言った。  事実ではあるので、その言葉に|疚《やま》しさは感じなかった。 「そうか!好きか!しかも戦車好きか?メカも派手な華奢で機動性重視の戦闘機じゃなくて戦車か!まさにうち向きだな!やっぱ良いわ、オメエ。ますます気に入った。うちのあの三人の女のパイロットでメカを理解しようとしているのは、あの偉大なるクバルカの姐御だけだからな。他の二人は駄目駄目だ。『兵器は動いてなんぼ』って頭しかねえから一回乗って降りたら仕事はお終いだと勘違いしてる。シュツルム・パンツァーは使い捨ての機械じゃねえんだよ!もし何度も出撃が必要な作戦だったらどうすんだよ?それにさっき言ったように無理をさせれば戦闘中だって行動不能になることくらい分かってねえのに何がパイロットだ!その時には俺達が回収して次の出撃の時までに俺達に前回と同じスペックを出すように調整しろって?そんなことできる訳ねえじゃねえか!どんな兵器にも消耗部品ってもんが有るんだ!その消耗部品を無限に運用艦の倉庫に用意しろってのか?無茶も大概にしろ!その消耗を最小限に抑えて最高の戦果を挙げて何度とない出撃でも同じ性能を引き出す戦いが出来てこそのエースだろ?クバルカの姐御はそこまで考えて操縦してる……まあ、あの二人にそんなこと期待するだけ無駄かもしれねえがな。その点オメエは違うみてえだな。機械が好きなら機械が消耗部品の塊だってことくらい理解できるだろ?」  急に機械の話になると島田は能弁になった。 「そうですね。飛行戦車は可動部品が少ないですからそうでも無いですけど、人型兵器のシュツルム・パンツァーは腕や足があるわけですから当然関節もあるわけで、そこが動けば当然その度に可動部分に負荷がかかって消耗するのは当たり前ですからね。当然その部分でのトラブルが発生する可能性がある。シュツルム・パンツァーが戦場に出現してからも地球圏の国のほとんどや遼州圏のゲルパルトではそのシュツルム・パンツァーの可動部品が多いことによる信頼性の低さから最低限の整備で確実に動く飛行戦車を優先して採用しているか、そもそもシュツルム・パンツァーの開発研究自体を行っていませんし。そんなことパイロットなら知ってて当然の話だと思うんですけど……」  誠は操縦は下手だが東和共和国では理系の単科大学では私学最高学府の呼び声の高い東都理科大理工学部を出たことくらいが自慢だったので座学でのシュツルム・パンツァーの兵器としての特性を学ぶ授業を受けるのは乗り物酔いでヘロヘロになる操縦訓練に比べてはるかに好きだった。 「オメエ、さすが理科大出てるだけあってシュツルム・パンツァーの短所がよく見えてるじゃねえか。シュツルム・パンツァーの手足がある事での運動性能や作戦に応じて火器を簡単に交換して使用できるというところ、そして何よりその格闘性能は飛行戦車じゃ不可能なのは誰でも分かることだがそこんところを基礎から理解できてるパイロットはこれまで来た野郎共には一人も居なかった。良いねえ、オメエさん機械や兵器の何たるかを分かってるよ。そしてなによりその機械が好きと来てる。好きか嫌いか。これって人生で結構大事なことなんだぜ……好きか……そうか、好きなんだな」  そう言って島田は満足げにうなずき、自分のバイクのシートをなでる。 「大学もそれで選んだんで。機械と化学、その両方を学べる学科に行きたかったんです。僕の学力で届くのが理科大だったんで。僕は文系科目がダメダメで……確かにそういう学科は東大や東工大にも有るんですけど国立大学は国語とか社会とか勉強しなきゃいけないんで僕には無理です」  確かにそれも事実だった。何かわからないが、何かを作りたい。その為に必要な機械、化学のことを学べる学科に入りたい。東都理科大にはそういう学科があったので、それなりに勉強して合格した。文系知識ゼロの誠にははなから共通一次試験で国語や誠の選択した日本史のある国立大学など夢のまた夢だった。  それもまた事実だった。 「そうか、オメエは理科大だったな……あそこは『自然科学のすべてが学べる総合科学大学』というのがコンセプトでいろいろ学科がそろってるからな。俺も入試の時にはあこがれて願書を買ったがあの偏差値じゃ俺にはとても手が出ねえ。そんな俺の入った電大は名前の通り電気系の学科は色々あるが、機械系となると……少ないんだ学科が。しかも俺が受けた授業は『とりあえず機械系の授業もやってますよ』くらいのやる気のなさっぷり。やっぱり技術と言ったら機械だろ!電気だってそれを通す銅線を通すのに工具を使うだろ?工具だって立派な機械だ。メカこそ理系の華なんだよ!そんな授業なんて出るのもばかばかしくて大学はほとんど行かずに喧嘩とナンパしかしてなかった」 『この人は、僕の知っている高校時代や大学時代に出会ったどの『優等生』とも種類が違う……『破天荒なヤンキー』って本当に実在するんだ。漫画の中だけじゃないんだな』  誠はそんなことを考えつつ島田を見つめた。だが、目の前のバイクの仕上げだけは、どの教授の理路整然とした授業内容よりも説得力があった。 「ああ、その目は俺の卒業は偽装だって疑ってる顔だな?東和の大学なんてどこでも悪知恵を使えばいくらでも卒業できるの!入学・卒業できたのは試験は替え玉を立てたからな。レポートも全部代筆だよ!それと卒業研究も教授と飲み会で漏らした弱みを使ってゆすったら単位をくれたから……オメエもその手を使えば全成績A判定の成績証明書が手に入るぞ」  上機嫌の島田は、自分では常識と思っているらしい大学時代を得意げに語った。瓶の『モヒート』の味は癖になるものだった。それ以上に島田の大学生活の異常性に誠はあっけに取られてまじまじと島田を見つめた。  その様子が気に食わなかったようで島田は顎をしゃくるようにして誠を見上げた。島田の目が急に殺気を帯びたものに変わった。 「今、少し俺のこと馬鹿にしてる?俺の方が偏差値高いとか思ってる?ろくでもない大学生なんか大卒を名乗る資格はねえとか思ってる?東都理科大……一流大学だもんな……その点俺の東都電大。一応、『中堅理系四大学』とか持ち上げられてるけど、要するに世の中は俺達電大生を見下してるんだろ。一流メーカーでは学歴フィルターで落とされる大学だからな、うちは。……確かに理科大出てればメーカーの技術部門なら履歴書で落とされることは絶対にねえし。機械商社の営業マンか大手メーカーの下請けの部品メーカーの技術部門が関の山とか思ってるだろ?」  島田は、誠の表情を読んだのではない。  読んだことにした。  そうすれば、自分が先に殴れるからだ。  ここがチャンスと見た島田が真顔で問い詰めてくる。  誠は咄嗟に首を振る。  誠の中にある人見知り体質がこういう場面で誤解されることを恐れていた。  島田にとって、学歴は負けた場所だった。  だが、ここは違う。  整備班で、機械の前で、酒を飲ませた相手の前では、自分が上でなければならない。  だが島田は、その理屈を自分でも半分分かっているようだった。  分かっていて、それでも譲れない。  彼はつなぎの後ろのポケットから小銭入れを取り出し、五円玉をぴかっと光らせて誠の掌に置いた。 「違います!そんな目してないです!僕だって就職が決まらずにここしか居場所がなかった口なんですから……まあ、それはどうやらこの隊の人全員の仕業らしいですけど」  瓶のモヒートを飲み終わった誠は、そう言いながら空いた缶を地面に置いた。誠はこの初めて飲む酒に島田なりの心が籠っているような気がしていた。  狼狽える誠に島田は手にした五円玉を手にして見せた。   「ほら、五円だ。ご縁ってやつだ。だがこれには意味があるんだ……その意味は……分からねえだろうな……今のオメエには」  そう言って手にした五円玉を弄びながら、島田はにやりと笑った。

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