橋本直 / 第103話
第98話 サムライが侍う国
遼州星系第二惑星外周に広がる宇宙空間。
太陽系で言えば金星にあたるこの遼州星系第二惑星は、この星系では『甲武星』と呼ばれてきた。
遼州圏で起きた地球からの移民たちの連続した独立国家建設競争のきっかけを作った当時の地球圏国家同盟宇宙軍司令・田安高家は、徳川御三卿の一つ、田安家の当主だった。
彼が理想としたのは、徳川期の幕藩体制である。
地球圏が失ったはずの『将軍の国』を、遼州星系で再建する。
それが、彼の夢だった。
彼は、遼帝国からの使者として訪れた伊予西園寺家の末裔を名乗る西園寺|基《もとい》の伝統文化に対する理解とそのまさに『舌で戦争をする』と評された弁舌の能力を高く買って地球圏との決別を決意し、遼州圏独立のきっかけの一つを作ることになった。
その西園寺基の高い教養と人柄を愛した田安は若い西園寺基を遼帝国から自国に取り込んだうえで、西園寺基の妻として自身の三女を嫁として自らの親族として認めて、日本伝統文化の再建を目指す建国の構想を託した。
田安家が徳川宗家として『征夷大将軍』として君臨し、西園寺家がそれを補佐する『関白太政大臣』として政治を行う公武合体の伝統的政治体制を理想として田安は地球圏から元日本国であるアメリカ信託領ジャパンやその他の地域から日本人の血を引いた移民を多数引き受けて甲武の国家体制を固め、再びその栄光を地球圏に見せつけるべく晩年は政務に専念した。
だが、高家が志半ばで世を去ると全権を握った『関白太政大臣』である西園寺基は高家の意に反して、手にした甲武の権力と軍事力で自らの理想を別の形で実現しようとした。
伊予西園寺家の末裔を名乗る西園寺基はあくまで、『公家による支配こそが真に伝統文化のあるべき国の形』と言う思想を持っており、高家の幕藩体制そのものを根本的に否定して『サムライは公家を支える言葉通り『|侍《さぶら》う』存在であるべき』との考えの持主であった。
西園寺基は高家の夢を継いだのではない。
乗っ取ったのだ。
『将軍の国』を、『公家の国』へ。
『サムライ』が主である国を、『サムライ』が『侍う』国へ。
関白家、西園寺家を中心としてそれに従う旧摂関家の一つである九条家を左大臣家として自らの補佐に据え、そして西園寺基の慈悲でなんとか『サムライ』の象徴である『征夷大将軍』を名乗ることを許されたものの右大臣と言う軍の人事を取り仕切る以外の発言権を封殺された田安家は甲武四大公家の第三位に甘んじることとなった。
そして西園寺基の次男が名乗った内大臣家嵯峨家が甲武四大公家の末席として君臨することで甲武は四大公家の合議制を中心とする公家政治の国として政治が行われる国となっていった。
経済的に遼州圏での支配権を確立しつつあった東和共和国の支援により建造された彼ら四大公家とそれに連なる公家貴族が荘園として支配するコロニーを東和の支援による開発を実際に指導監督にあたった『サムライ』である武家貴族から寄進される『荘園』を国家の基盤とする公家支配の貴族体制が甲武国に成立した。
その甲武国の町並みも『徳川幕府』という『サムライ』の政治を否定した明治維新を象徴するように再現され、その明治政府体制が絶頂期を迎えた『大正時代』を再現した世界だった。
その首都である鏡都には街路灯にはガス灯がともり、駅舎は鎖国を貫き後に同盟国となった遼帝国から取り寄せた甲武星では取れない木造建築の物が使われ、その軍装も、どこか大正期以前の『日本』を模していた。
当然主要都市以外には生命維持管理以外の電気も下級士族や平民の家庭には届けられることも無く、市民をコントロールする方法としては地球圏のようにAIを多用したネット環境を使うことは伝統に反するということでテレビはおろかラジオすら存在せず、国家の検閲を受けた映画が最新の娯楽であり、庶民の娯楽はもっぱら歌舞伎や文楽や寄席での落語や講談や浪曲と言うどこまでも『大正時代』を再現しようとしたその文化体系は20世紀末の日本を再現しようとした遼州人の国である同じく日本文化を模倣して生まれた東和共和国ですら、甲武の執着には薄気味悪さを覚えていた。
こうして建国の祖である田安高家はその早すぎる死によってその理想を完全に婿である西園寺基に乗っ取られ、西園寺家を頂点とする身分制を基礎とした公家による支配体制が確立した。
そして生み出された国はその貴族制と身分制を国家の根幹とし、その表面は東和共和国よりもはるかに貧しい平民の肉体労働の存在を前提とする歪んだ世界として続くことになった。
甲武国では軍部の大半を占める士族出身の『サムライ』達は政治の実権を握る西園寺家を頂点とした公家のまさにその語源通りにとなりに控える召使としての自覚を強要された。
『サムライ』達も、その富と権威の前に、公家やそれに与する有力武家貴族へ膝を屈し、それに逆らうことは長く禁止され、あくまで公家による支配制度が強化され続ける状態が続いた。
その身分制度により人を区別することを絶対的な正義と考える思想に歪んだ秩序を『正しき伝統』と信じる者たちが、『官派』を名乗った。
彼等は東和の遼州人たちが『今不便が無いのならそれ以上便利なものなど必要ではない』と言う遼州人の性質から発した進歩を拒否する姿とは別に、『自らの伝統を守り続ける姿こそが人としてあるべき姿なのである』と言う信念のもとにひたすら今の国の形を一切崩すことを許さないという信念のもとに政治を進めることとなった。
下級士族の三男に生まれて中佐の地位にまで上り詰めた男である近藤貴久もまた、その末端に連なる一人である。
軍や警察の職にありながら政治を牛耳る公家たちに逆らうことが出来ずにいる『サムライ』達の不満が時に公家たちは、『サムライ』達の不満は、軍人として活躍できる戦争を与えれば発散できると理解していた。
遼州圏内で公家たちもあまり快く思わない社会主義国との絶え間ない紛争に彼等が積極的に参加して『サムライ』の率いる軍部が自ら疲弊する様を笑っていた。
彼等は『サムライ』同士が手柄争いや派閥争いで消耗する様を、公家たちはただ静かに眺めていた。
自らは彼ら『サムライ』の納める税で贅沢の限りを尽くす暮らしが永遠に続くものだと信じ込んでいた。
また、『サムライ』達も数多くの小規模な遼州圏内の武力衝突で手柄を上げれば公家から運がよければ与えられる公家にしか許されないような高位の官位や新たな所領を求めてひたすら自領を守り続けるまさに『一所懸命』の生活を続けていた。
ただ、30年ほど前にその公家による『サムライ』の支配のバランスは崩れた。
好戦的な『サムライ』達が深くナチズムに傾倒する『ゲルパルト第四帝国』と同盟を結び、より軍部の権力を強めることを認める公家勢力を味方につけることで『サムライ』に対して支配的地位を占めていた四大公家筆頭の西園寺家が政権の中枢から外れることになると、それが国家の命運をかけるような地球圏との全面対決へと進む中で公家や公家たちを見捨てて勇ましい言葉で人口の大半を占める名字を名乗ることの許されない『平民』を味方につけるアジテーションで世の流れを戦争へと導いていった。
嵯峨惟基が陸軍大学校での生活においてあれほど軍部を嫌悪した理由は、ここにある。
彼は軍人が嫌いなのではない。
『正義』や『伝統』の名で、自分が利用されていることに気づかない軍人が嫌いなのだ。
高位の官位を盾に武家貴族や軍部を支配できると信じていた公家貴族の頂点である西園寺家は戦争に反対の姿勢を取り続けたが、軍事力と警察権力を握った『サムライ』達やそれに扇動された『平民』の暴走を公家たちは止めることができず、甲武は第二次遼州大戦へと突入した。
結果、誰の目から見ても分かっていた圧倒的な国力差で甲武国は敗北し、その公家の新星として現れた外務省の切れ者として知られた西園寺義基による敵対国家への効果的な停戦交渉により第二次遼州大戦は『サムライ』の指導する軍部の暴走による敗戦という形で終戦を迎える形になった。
そんな敗戦で困窮した甲武を支えたのは、東和共和国からの観光収入だった。
東和は、住民の見た目がほぼ全員『日本人にしか見えない』遼州人の国であり、遼州人である東和国民にとっては『異文化気分が味わえる割りに見た目で差別されることのない元地球人の国』として甲武は人気の観光国となった。
核戦争に明け暮れる地球圏を食い物にして経済大国にのし上がった東和共和国は、甲武を『今に続く大正ロマンの国』として売り出した……。
東和の旅行会社の観光パンフレットでは決まり文句のように『今に続く大正ロマンの国』を謳ってコンクリートに覆われた近代的町並みやどこまでも効率を求める会社員生活に疲れた東和の観光客の関心を集めていた。
だがその、浪漫の|帳《とばり》は薄い。星全体に張り巡らされた軍港と乾いた規律が、しばしば下地の鉄を覗かせた。
現宰相である四大公家筆頭の公家でありながらあくまで『公家』、『士族』『平民』『貴族』という物の完全否定をその政治の中心課題と据える西園寺義基が貴族の特権である『関白太政大臣』としての権威主義的独裁ではなく、下級士族の男子にまで認められた民主的選挙により政権を握り、甲武の全権を握る『宰相』の地位に就いたことは国家や主家の『公家』に忠誠を尽くすことを甲武の人間にだけ許された『伝統美』と認める貴族主義者の公家や士族によって組織された『官派』にとっては屈辱でしかなかった。
甲武海軍第六艦隊分遣艦隊旗艦『那珂』。
古戦場を見下ろす近藤貴久。
彼は漂う残骸を見ながら、自分達『サムライ』が公家に利用され、捨てられてきた歴史を思う。
その怒りの先に、西園寺家と嵯峨への憎悪がある。
近藤貴久にとって、西園寺家とは国家の頂点ではない。
『サムライ』から国家を奪った、最初の簒奪者の名だった。
だからこそ近藤は信じていた。
今度こそ、『サムライ』が国を取り戻すのだと。
照明を抑えた室内に、外の残骸が反射するわずかな光がさざ波のように揺れて、黒檀色の床に銀の斑点を落とした。