橋本直 / 第62話

第57話 国道沿いの人工人間

「カウラちゃんの見た目が『人工的』ねえ……初対面の人はそう思うかもしれないけど……たぶん長く付き合えば嫌でも分かるけど私はそうは思わないわよ。特に経済的な意味で」  パーラはそう言って意味ありげな笑みを浮かべていた。誠は意味も分からず彼女の言葉に集中していた。 「あの娘、意外とパチンコが好きだったりするのよ。地球じゃ普通のAI搭載のアンドロイドがパチンコに全給料ツッコんで闇金からお金を借りたなんて話を聞いたことがある?だから、カウラちゃんはある意味私達の希望なのよ……あの子はロールアウトが一番遅かった調整が難しい『ラスト・バタリオン』だったわけだから。そんなカウラちゃんでさえ普通の『駄目な』遼州人と同じレベルで生きることができる……そう言えば、誠ちゃんはカウラちゃんにいきなり折りたたんだ書類を差し出して何も言わずにサインをするように言われなかった?」  そう言うパーラは少し心配そうな顔で誠を見つめてきた。 「いいえ……機動部隊の詰め所では西園寺さんの独壇場だったのでカウラさんは隣でそれを聞いているだけでした」  誠は昨日の能弁に語るかなめを思い出し、その間、カウラはそわそわしながら誠を見つめるだけで一切語りかけてくることが無かったことを思い出してそう言った。 「それは良かったわね。駄目よ、その時にその書類にサインをしちゃ……それ闇金の借用書だから。その書類にサインをした一週間後には誠ちゃんの携帯端末に怖いお兄さんからの怒鳴り声まじりの督促の電話が架かってくるから。うちの菰田君と整備班の数名の男子がもう犠牲者になってるんだから。まあ、その電話についてクバルカ中佐に相談したらすぐ止むから安心していいんだけどね」  ランがいなければそのまま誠にどんな運命が待っていたのか……。  思わず自分の血の気が引いていくのを誠は感じていた。 「じゃあ……クバルカ中佐がいなかったら?」  誠は恐る恐るパーラに向けてそう尋ねた。 「そのまま東都湾の港のコンクリ詰めコースだったかもね」  パーラはごく当たり前のようにさらりとそう言った。    あの三人の危ない女子の中で一番まともに見えたカウラが実は誠の命にかかわる可能性の一番高い女子であることが分かると、誠はカウラからサインを求められたときはランに相談することを心に決めた。 「まあ、カウラちゃんは経験値が少ないからそういうことを平気でしちゃうのよね……。その点、私は……どこまでも常識人でみんなから『ラスト・バタリオンから抜け出せない』とか言われてる……自分でも人間らしく生きようとは思ってるんだけどね……でも、カウラちゃんがさっき言った手口以外にも『お金を貸してくれ』と言ってきても聞いちゃだめよ。その時はクバルカ中佐に話をしなさい。間違いなく自分名義で闇金からお金を借りてその返済に行き詰ってにっちもさっちもいかない状態だから。闇金関係はクバルカ中佐の担当。どんなあくどい闇金も中佐に一睨みされたら貸した金のことは諦めるのがこれまでの私の経験上分かっていることだから。中佐はグレーな社会や闇社会では伝説の人物だから中佐の名前を出したらどんなあくどい人間も一気に手を引くから安心して良いわよ」  その言葉で、食堂の空気が一瞬和む。カウラ・ベルガー大尉がパチンコ皿を前に目を輝かせる姿……対照的で滑稽な光景が、誠の頭の中で滑りはじめる。 「パチンコ……ですか?それに闇金にまで手を出すほど|嵌《は》っているんですか?確かに『駄目な』遼州人と僕が認定していた大学の先輩はパチンコとマージャンは欠かせない要素でしたね……でも闇金にまでは手を出さずにせいぜいサラ金どまりでしたけど」  思わず声が裏返る。誠はあの氷のような表情でパチンコ屋の開店を待っている姿を思い描いて少し驚愕した。  冷静沈着なカウラが無表情でパチンコを打っている姿は誠には想像もつかなかった。 「まあ、うちに配属された当初はそれはもうかなりの依存症だったのよ。それこそ給料全部つぎ込んじゃうぐらいじゃ足りなくて毎週のように闇金に連絡入れて多額の借金を抱えちゃうくらいのひどいもの。だけど今はクバルカ中佐の『荒療治《あらりょうじ》』で、まあ週に1回程度に収まってるけど……そんなこんなで今では結構勝ってるみたいよ。この前も私とサラにプレゼントくれたし」  パーラの淡い笑みは、過去の荒波を映している。人は矛盾の器であり、強さはそこでどう均衡を取るかにある。誠はそのことを心の中でそっとメモする。  パーラは何気なく『依存症』などと言う言葉を口にした。 「そんなに……あの堅そうなベルガー大尉がパチンコ依存症だったなんて想像もつかないですけど……ギャンブル依存症は隊長だけで充分でしょ」  正直、誠にはあの真面目そうなカウラがそんな過去を持っていたなどとは想像もつかなかった。 「人は見かけによらないものよ。カウラちゃん『パチンコの無い生活は想像できない』とか言ってたわよね」  島田とじゃれあうのに飽きて振り向いてきたサラの言葉が誠のカウラ感の崩壊に追い打ちをかけた。  そして意外にもあの無表情なカウラにそんな一面があることを知って誠はなぜか親近感を覚えている自分を見つけた。 「そんな『パチンコの無い生活は想像できない』って言ってるんですよね。パチンコチェーンがあるんですか『ゲルパルト』には……パチンコって東和にしか無いと思ってました。甲武は『大正ロマンの国』が伝統だから大人の遊びは『飲む・打つ・買う』で、賭博は国営競馬と非合法のサイコロ賭博しかないって聞いてるんで」  好奇心に駆られて誠はそう言った。  パチンコ屋だらけのここ東和共和国ならいざ知らず、外惑星のドイツ文化圏のゲルパルト連邦共和国にパチンコ屋が存在するのが想像もつかなかった。 「ああ、私達の『製造プラント』は大戦末期に私達を製造した『ゲルパルト第四帝国』と敵対する『連合軍』に接収されたから。私もサラも、当然カウラちゃんも、前の戦争では中立だった『東和共和国』が『連合国』に無制限に引き受けを約束した戦時国債の前払いという名目でこの国の埼王県の能谷市にある施設で『ロールアウト』したのよ。『ロールアウト』なんて言うと分かりづらいわね、いわゆる社会に出たって言うこと。だから出身国や国籍は『東和共和国』よ。カウラちゃんも私たちが『ロールアウト』した施設と同じ施設の出身で、あの周りには当然のように国道沿いには『パチンコ屋』が軒を連ねてるから。あの子は後期覚醒体だから施設を出たら何もかも珍しかったんでしょ?そこにたまたまパチンコ屋があったら……それこそ生活を投げうってはまり込むのも無理は無いわよ」  パーラの説明は教科書とSFアニメの設定を混ぜたような話だったが、要するに……『この部隊の女子の九割は、戦場用に『作られた』人間だ』ということだけは、誠にも分かった。    それとパーラが言う『ロールアウト』の意味が『出荷』という意味らしいことも『ラスト・バタリオン』が自分を語る専門用語なのだと理解できた。  そして、カウラの出荷先がどうやら『パチンコ屋』の近くだったことは想像がついた。 「でもパーラさんはパチンコやらないですよね?」  ギャンブル依存症の気配の無さそうなパーラに誠はそう問いかけた。 「ギャンブルなんて胴元が儲かるようにできてるもの。そんなところで人生の有限な時間を無駄にするよりもっと楽しい場所が東和にも一杯あるじゃないの。私もサラもカウラちゃんに言わせると『埼王都民』らしくて、私が下野の『アフ横』や沼袋の話をしても埼王県からほとんど出たことが無かったカウラちゃんはまったくの無反応なのよ。ああ、誠ちゃんは下町生まれで『アフ横』は当然知ってるわよね?埼王県なんて遊ぶところがほとんど無いから社会適応施設の休みの時は私やサラは同期の『ロールアウト』した人間とよく出かけて映画を見たりメロンを食べたりケバブを食べたりしたものよ。そういうことができるように初期覚醒体の私やサラはそこら辺の教育はちゃんと受けてから『ロールアウト』したの。でも後期覚醒体のカウラがどんな教育を受けて『ロールアウト』したかは知らないし、今はカウラの唯一の趣味なんだから。邪魔しちゃだめよ」  人造人間の『失敗』として語られるものが、誠にはむしろ羨ましいほど人間らしく見えた。パーラの言葉は優しい。誠はその優しさを享受する。ここに来てからまだ二日めだが、彼はすでに何人かの顔を覚え、数少ない『屋台骨』が見え始めていた。常識人のありがたさを理解するのが遅くないのは、彼にとって救いだ。 「ゴールデンウィークの時にカウラちゃんに、私のとっておきを教えてあげるって言って沼袋に連れて行っても、『駐車場が狭い。埼王じゃ考えられない』としか感想言わなかったのよ。あそこのクレープ屋さんは都内でも有名……ああ、アメリアは知らなかったわね。あの子は都内で食事をすると言うと迷うことなくメイド喫茶でオムライスを頼むキャラだから」  パーラはあくまで常識人だ。誠の確信はさらに深まった。  そこでパーラは突如、目を潤ませて誠に寄り添ってくる。 「そんな過去や生まれを気にしては駄目よ。私だって好きで『ラスト・バタリオン』に生まれたわけじゃないんだから。それより……」  パーラはそこで一度だけ言葉を切った。  まるで、ずっと胸の奥に押し込めていたものが、今にも溢れそうになっているようだった。  その水色の瞳の『悲劇的な生まれの過去を持つ』女性。パーラ・ラビロフ中尉の心からの救済を求める視線を感じた。  パーラは一瞬何かを口にするのをためらった後、心を決めたように誠の瞳を見つめて口を開いた。 「神前君……一緒に逃げましょう……この『特殊な部隊』から……昨日一日で分かったでしょ……この部隊は変なのよ……少しでもまともでいたかったら逃げるしかないわ!神前君の前に来たまともな補充人員だってこの異常な部隊から脱出できたんだもの。諦めたらだめ!逃げるなら早い方が良いわ!どんな生まれの人間でもここの色に染まったらそれこそ他の部隊では使ってもらえなくなるどころか、一般社会からもつまはじきにされるわ……他の子がみんなこの『特殊な部隊』に染まっていく中で、せめて自分くらいはまともであろうとしてきたけど……もう無理。神前君の神経がまともなうちにうちから他所の部隊に転属願いでも出しましょう!」  パーラの提案は温かいが現実的でもある。誠は瞬間的に転属願いの手続きの煩雑さや、上層部の意向を思い浮かべる。誠には、その必死な誘いが、自分よりもまず『後から来た新人』を守ろうとする悲鳴のようにも聞こえた。  誠は思った。  5人の常識人が誠の座る椅子から去っていった。  ここは常識の通用する部隊ではなく『特殊な部隊』であることは、昨日の人事部の禿げ大尉の説明やランの『パワハラ・セクハラがまかり通る部隊』という言葉からも手に取るように分かる。  もし誠がこれまでの常識を持ち続けようとすれば、ここでパーラ抱きしめて一緒に逃避行をするべきなのだ。  正直に言えば、    誠も少しだけ逃げたかった。  まだ二日目なのに、    この部隊は常識が壊れる速度が速すぎた。    自分にはそれについて行けないだろうことを誠の第六感がそう告げていた。  彼女も誠と同じこの『特殊な部隊』の異常なノリの被害者である自覚があることがその何よりの証拠だった。 「パーラさん……」  感極まった誠。涙を浮かべるパーラ。見つめあう二人。 「でも、無理かも……私もこの『特殊な部隊』に染まってきちゃったし……もしこれが部隊創設当時なら……きっと……」 「パーラさん……」  二人の視線が交差する。逃げたい気持ちと、ここに残る義務感。どちらを選ぶかは簡単ではない。誠は静かに心の中で秤を動かす。遼州の美徳は「足るを知る」ことだが、足ることを見失うと自己が崩れる恐れもある。  同じ不幸な境遇を共有する二人が見つめあった瞬間だった。  このまま二人して遠くの町まで逃げる。これまでのこのイカレタ『特殊な部隊』での生活をすべて忘れて生き直す。それも悪くないような気持が誠の心に芽生え始めたときだった。 「神前。さっき俺が言った言葉を覚えてねえのか?オメエの学歴は詐称か?少しは考えろよ。世の中そう簡単には逃げられねえように出来てるんだよ……甘ちゃん。オメエにゃ常に俺の部下が監視についてるんだ。逃げようと思った瞬間に俺の所に連絡が入るようになってる。オメエは俺の『舎弟』なんだ。逃げたきゃ俺を上回る想像力を駆使してみな。理科大出てるんだろ?出来るだろ?」  島田の声は空気を切り裂くように響いた。彼のジョーク交じりの脅しが場の緊張を一瞬で別の種類の笑いに変える。誠は腹に鈍い痛みを感じた。言葉の裏にある監視の事実を、その若い顔でどこまで理解しているのか。  誠の腹部に激痛が走った。顔を見上げるとにやりと笑う島田の姿が見える。  島田の右ストレートが腹部に炸裂したのがその痛みの原因だった。  喧嘩半分の一撃だが、そこに『序列』を刻む意味がある。軍隊は時に粗暴で、大きな親しみの裏に抗いがたい力関係を内包する。誠は痛みに顔を歪めつつ、それを受け止める。遼州人としての彼は、痛みを誇ることなく、しかし逃げることもしない性向がある。 「神前君!」  パーラの叫びがむなしく響く。その隣では島田の暴力を『活躍』と認識して手を叩いてはしゃぐサラの姿があった。 「そうよ!今日も出勤!お仕事お仕事!」  さっきまでの逃避行寸前の空気が、    サラの一言で学食レベルの日常へ叩き落とされた。  元気にサラが立ち上がり、食べ残しのある朝食のプレートを食堂のカウンターに運んでいく。  日常に戻る力は強い。場の空気はすぐに切り替わり、非日常はいつもの朝食に溶け込む。誠はそのリズムに身を任せ、胸に湧く迷いをいったん棚上げすることにした。  そんな誠の本心を見切ったように吹っ切れた笑みのパーラが誠に笑いかけてきた。   「ごめんね、神前君……いいえ、誠ちゃん。さっきのは冗談よ。さっさとシャワーを浴びて準備してきなさい。私の車があるから乗せてあげる」  パーラはそう言って立ち上がった。  暖かい言葉が再び場に置かれる。誠は戸惑いながらも、彼女の申し出を受け入れる決意をする。逃げるか残るかは今日決めるものではない。小さな選択の積み重ねが、やがて道筋を作る。 「冗談ですか……」  誠がそう尋ねると、パーラは笑った。  けれど、その笑顔が本当に冗談の笑顔だったのか、    誠には最後まで分からなかった。  誠はころころと表情を変えるパーラを見て彼女もまた『特殊』なのだと理解して笑いながら立ち上がるとそのまま食堂を後にした。  まともな人ほど、この部隊では一番『特殊』なのかもしれない……と誠は思った。  階段を上ると、朝の光が窓から差し込み、床に幾何学的な影を描く。誠は制服を抱えながら、自分が今日どう振る舞うかをゆっくりと決めていった。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳